第37話 決戦・科学

 アームによる強烈な一撃。それを受け止めることには成功したが、衝撃は予想以上に大きいものだった。以前よりもさらに増しているようだ。


「うぐぐ……」


 腕が折れそうなほどだ。両腕が熱くなって、今にも決着がつきそうだ。

 横から水弾が飛んでくる。それが当たってグルーンは攻撃の手を緩める。


「琴音、援護は私に任せて」

「青山先輩……」


 先輩の助けによって一時的に攻撃から解放された。


「はああっ!」


 グルーンの隙を突いて赤澤先輩の斬撃が炸裂。そう、私たちは一人じゃない。三人なら、強敵も倒せる!


「ふんっ。数では分が悪いようね。それなら私も……。【スライム】!」


 グルーンが持つフラスコからドロドロとした緑色の液体が溢れ出て、二体のスライムが形成された。それぞれが独立して動き出す。スライムの体を触手のようにして突き出してきた。


「ぐっ……」


 咄嗟に防ごうとするが、粘り気のあるスライムに絡め取られるだけだった。


「琴音!」


 赤澤先輩がスライムを斬ろうとするも、剣が受け流されて全く効き目がない。むしろ剣が取り込まれそうだ。


「このっ……」

「離れろ!」


 私はスライムに飲まれないよう踏ん張っているが、少しずつ体が引き摺られていく。これはまずい……。


「【アイスフィールド】!」


 青山先輩の足元に魔法陣が広がり、そこから地面が凍りついていった。氷に触れたスライムは凍りつき、私たちの武器で簡単に壊せるようになった。


「スライムは私に任せて」

「ありがとうございます!」


 スライムは青山先輩に任せて、ここから反撃開始だ! 床に展開された毒に気を配りつつ、赤澤先輩と二人で近づいていく。


「【パワースラッシュ】!」


 グルーンに本気の一撃を繰り出す。その攻撃は鋼鉄のアームによって防がれた。だが、これも無駄ではない。


「【フレイムスラッシュ】!」


 炎をまとった斬撃が、赤澤先輩の剣から放たれる。


「ぐはっ……」


 不意を突かれたグルーンは、その攻撃に吹き飛ばされた。


「やった!」

「気を抜くな、琴音。こいつはこのくらいじゃ倒れない」


 赤澤先輩が言うようにグルーンはまだ戦闘可能だった。すぐに立ち上がって新たな手を打とうとしている。


「少しはやるわね……」


 グルーンは左手のフラスコを光線銃に持ち替える。光線銃からビームを放つ。その狙う先は青山先輩。スライムの処理に集中していたようで、すぐに反応できず被弾してしまった。


「うぐっ……」

「青山先輩!」

「味方の心配をしている場合かしら?」


 グルーンはそのままビームを乱射。ビームは部屋を飛び交い、助けに行くのも難しい。青山先輩は力を振り絞って立ち上がる。


「【アイスウォール】」


 巨大な氷の壁がそびえ立ち、青山先輩をビームの雨から守った。氷でできているにもかかわらず、ヒビ一つ入らない。


「青山先輩!」

「大丈夫。ちょっと当たっただけだから。それより、奈々美の手助けに行っておいで」

「分かりました。でも、無理しないでくださいね」


 私は先輩を気遣いつつもグルーンに近づいていく。赤澤先輩は私より一足早くグルーンに迫る。私もスライムと毒床を踏まないように後に続く。


「【フレイムスラッシュ】!」


 炎をまとった斬撃。グルーンは鋼鉄アームで受け止めるが、全く怯む様子はない。それどころか、力で赤澤先輩を押し返す力まで持っていた。


「甘いわ!」


 グルーンが拳にさらに力を込め、赤澤先輩が飛ばされる……! 床に叩きつけられるかと思ったが、赤澤先輩の方が一枚上手だった。しっかりと床を踏み、その勢いのままグルーンに飛びかかった。


「【フレイムスラッシュ】!」


 グルーンに反撃を加えた。私も見ているだけではいけない。すかさず追撃の突きを繰り出す。


「うっぐ……。やるわね……。こちらも本気を出すしかないわ!」


 グルーンがそう宣言すると、右腕のアームが変形していく。上部に緑の時計の文字盤が設置され、その瞬間強烈な光を放つ。その輝きは、繁栄を謳歌する大都市の夜景のようだった。


「【クロノ・クラッシュ】!」


 どのような技がくるのか、身構える。どこから、どんな風に、どのくらいの速さでくるのか分からない。

 神経を研ぎ澄ませ、全てを感じ取ろうとしていたのにだ。気が付けば後ろから衝撃を受け、私は宙を舞っていた。壁に激突するまで吹き飛び続け、ようやく勢いが収まった。


「ううっ……」


 痛い……。体が動かない。何が起こったの? 私はグルーンを目で追っているつもりだった。一瞬たりとも油断しなかった。なのに、いつの間にか背後に回られていて攻撃されていたのだ。

 グルーンは勝ち誇ったように高笑いしている。


「ふふっ、さっきのは効果抜群だったようね」


 よく見ると、口では勝ち気ながらも大技を放った右腕のアームから煙が上がり、熱そうだった。やはり強い技ほど反動が大きい。そのリスクを負うほどの技を私にぶつけたということだ。


「琴音!」


 赤澤先輩が私を心配して駆け寄ってくる。


「大丈夫か!?」

「な……、なんとか……」


 私はこれでも一度グルーンのパンチを受けたことがある。その時よりわずかに威力が高いに過ぎなかったので、今回は耐えることができた。しかし、見ることすらできないあのスピードは一体……。


「驚いたようね。無理もないわ。【クロノ・クラッシュ】……。それは時間を止める技! 私の科学の集大成よ!」

「時間を止める……!?」


 そんなことができるなんて……。信じられないが、実際に体験したことだ。信じざるを得ない。私はまたグルーンに出し抜かれてしまったわけだ。だが、絶望に陥っている暇などない。


「そうか……」


 赤澤先輩がそう呟くと、遠くで氷の壁の後ろに待機する青山先輩と目だけで会話する。二人は何か心得たようで、赤澤先輩は私に向き直る。


「グルーン本体は私が攻撃する。琴音は瑠夏を守って」

「先輩……」

「大丈夫、絶対勝つから」


 確信に満ちた表情でそう言うと、グルーンに向かって歩いていく。私は指示通り青山先輩の方に向かうが……。


「おっと、あなたの相手は私よ」


 突然の声に驚いた。グルーンがすぐさま回り込み、私の前にやってきたのだ。


「まずはあんたから消してやるわ。あんたはなんだか気に入らないの。努力も知らなそうなその顔が……。初めて会ったその時からね!」

「わ、私が……?」


 何かグルーンの怒りを買うようなことをしただろうか。全く身に覚えがない。どう考えても八つ当たりだった。


「気に入らないものは消す……! それの何が間違ってるのかしら!?」


 銃口を私の方に向け、私だけを狙って打ち続ける。


「はあっ!」


 なんとか一太刀を浴びせようと近づくが、それも許さない。技に対する反応が非常に速く、すぐにアームで受け止められる。


「【ウォータービーム】!」

「【トリプルスラッシュ】!」


 私に攻撃しつつも、赤澤先輩と青山先輩の技も避けていく。勝利のための冷静さは失っていなかった。

 青山先輩を守る氷の壁も、グルーンによる連続の打撃によって限界に近づいていた。攻撃を受けて消耗した青山先輩を守る壁がなくなるとまずい。


「琴音、こっちへ」


 青山先輩が私を手招きする。私は迷わず先輩の所へ駆ける。


「武器出して!」

「え……」


 訳がわからないままシュバルツを取り出し、先輩の方に向ける。すると、青山先輩は先端に氷の魔法をかけ、氷の槍が出来上がった。


「これでスライムを倒せる。私は【ダイヤモンドダスト】でグルーンを怯ませるから、奈々美と時間を稼いで!」

「はい! ……あの、これって」

「説明は後で。もう始めるからね!」


 そう言って魔力を溜め始め、足元には青色の魔法陣が広がる。

 こうなってはやるしかない。先輩の努力を無駄にするわけにはいかないから、責任重大だ。赤澤先輩と並んでグルーンに立ちはだかる。


「行くぞ、琴音!」

「はい!」


 グルーンはフラスコを掲げ、次の一手を繰り出そうとしている。


「あんたたちなんて、跡形もなく消してあげるわ!」

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