第36話 潜入
驚いた。連日テレビで報道されるエンデ・シルバーの快進撃。あっという間に埼玉と千葉は組織の手に落ちた。東京でも攻撃が激しくなり、手が離せない状況だという。
司令官さんの緊急招集。私たちは会議室に集まっていた。画面には司令官さんの険しい顔が映っている。
「大変な事態だ」
司令官さんの声が暗くどんよりしている。完全に疲れ切っている様子だった。
「君たちも知っている通り、エンデ・シルバーの勢力が爆発的に拡大している。埼玉と千葉は陥落し、政府も東京から大阪に移転した」
まさかここまで組織が大きくなってるだなんて。私が心配なのは占領地の人たちのことだけど……。
「あの、埼玉や千葉の人たちはどうなるんですか……?」
「……残念だが、助けに行くことはできない。どうなっているか知ることすらできないだろう」
「そんな……」
司令官さんはそれ以上聞くなというような表情で私の方を見た。一番心を痛めているのは司令官さんだと私だって分かってる。それを知っては、話し続ける気にはならなかった。
「我々も悠長なことはしていられない。というわけで、君たち三人に特別任務を課す」
先輩たちが息を飲む。私も同じように緊張していた。少しの間を経て、司令官さんが話し始める。
「ここ数週間かけて赤澤に調査をさせていた。そして数日前、エンデ・シルバー幹部、グルーン・サイエンスの基地を見つけたのだ」
赤澤先輩、いつの間に!? 赤澤先輩の方を見やると、てへぺろっと舌を出していた。全く可愛くないし……。いや、可愛い。
「今からその基地に潜入してもらう」
「潜入任務ですか……」
と青山先輩。
「ああ、幹部との戦闘実績の多い君たちが最適だろう?」
正直、行きたくない。私なんてたまたま生き残っただけなのに! 幹部相手に活躍なんて全然してないのに! そんな駄々をこねたとしても通用しそうにないので、せめてもの抵抗として顔をしかめるだけにしておく。
「琴音、お腹痛いのか?」
「それでは今からそこに転送する」
赤澤先輩の天然はスルーされ、私たちはグルーンの基地へと転送された。
☆
やってきたのは、ボロボロの廃工場の前。草が生い茂った道を抜けた先にあるし、工場は何十年も前に閉鎖されたので、誰も近寄らない場所だ。ここがアジトになっているなんて誰も気づかないのも納得だ。
赤澤先輩が先陣を切る。
「琴音、瑠夏。きっとこれがグルーンとの最後の戦いになる。覚悟はできたか?」
「覚悟……」
先輩の重々しい一言に、私は何も言えなくなる。裾をぎゅっと握り締め、下を向いていた。
「私は余裕だよ。琴音もそうだよね?」
そんな青山先輩の言葉は、私に安心を与えてくれる。ただ楽観的なのではなくて、確かな信頼感があるのだ。
「はい、もちろん!」
苦手な笑顔を作りつつ、先輩たちに心配させないよう強く答えた。
「よーし! その意気だ!」
そう言って赤澤先輩が工場の扉を開ける。私たちもそれに続いて中に入る。
廃工場の中は、想像していたよりも清潔だった。外観はボロボロだけど、根城にしているだけあって内装は綺麗だ。壁は金属の冷たさが伝わるけど、今でも稼働しているかのように手入れされている。壁側の机にはフラスコなどが置かれていて、実験でもしているかのような雰囲気だ。
「グルーンはどこにいるんだ?」
「やっぱり一番奥で待ち構えているんでしょうか……」
ダンジョンの一番奥にいるボス。ゲームでは定番だが、今回はどうだろう。私たちは工場の先へと進んでいく。途中にトラップなどはなく、スイスイ進めた。
「ここの部屋、何だろ」
青山先輩が道中にある扉の一つを指差した。
「実験室って書いてありますよ」
見えにくいが、部屋の上部に看板が取り付けられていた。
「瑠夏、あんまり寄り道するなよー」
「いいじゃん、ちょっと見るくらいなら」
青山先輩が勝手に部屋のドアに手をかけた。さっきの安心感はどこへ。やっぱりちょっと変な人だ。
「ああ! バカ瑠夏!」
バカ。瑠夏。語呂がいい……。なんて考えている場合ではない。青山先輩が余計なことしてる! さすがに止めないと……。
ドアを開けた先は、黒い机にフラスコとガスバーナーが置かれ、何やら実験中のようだった。そして、グルーンがフラスコに白い粉を注いだ。
グルーンは私たちを見て驚いた。
「あんたたち! なんでここに!?」
青山先輩が前に出る。
「ふっふっふ、お前の居場所はお見通しだ!」
たまたまでしょ……。とにかく、早く見つけられたのは好都合。今ここで最終決戦が始まる。
「ぐっ……、見つかったなら仕方ないわ……」
私たちはそれぞれ武器を構える。グルーンは指をパチンと鳴らした。その瞬間、エレベーターのように床が降りていき、地下の広い部屋へと移された。この広いフィールドで戦うようだ。
「私を追い詰めたつもりのようだけど、ここは私の基地。追い詰められたのはむしろあんたたちよ!」
グルーンはそう言うと、以前同様フラスコを取り出して掲げた。
「【ポイズンフィールド】」
フラスコから緑の液体が吹き出し、床の一部を毒で埋め尽くした。この毒でこちらの動きを制限してくるのがグルーンの強み。だが、これに苦戦した以前の私ではない。
「【ムーンショット】!」
シュバルツを振り上げて紫の衝撃波を飛ばす。遠距離攻撃なら毒の床も無意味だ。グルーンに直撃したかと思いきや、鋼鉄のアームで防がれている。
「あら、前よりはできることも増えたようね。私の方が格上であることには変わらないけど!」
ブーツに搭載されたジェットを使って高速で移動し、そのアームで私に打撃を与えようとしてきた。速い。これは避けきれない。一か八か受け止める!
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