第35話 ラーメンとパワー
ヴァイスのワープを使って司令部の中に入った。今回のケガは軽いものばかりだったから、休憩室にある絆創膏で十分だろう。ドアノブに手をかけて中に入ると、青山先輩がお菓子を貪っていた。今日はチョコクッキーだ。ほんのりとカカオの香りが漂う。
「琴音、突然消えたって聞いたから心配したよ」
「ええ、まあ、なんとか……」
ちょっと恥ずかしい。自分が話題の中心に上がるとどんなことであれ、緊張してしまう。
「琴音、これ食べる?」
青山先輩がクッキーが乗った皿を差し出す。青山先輩はいつもお菓子を恵んでくれて優しいな。いつも筋トレで私を苦しめる赤澤先輩とは大違い……。いやいや、赤澤先輩だって私のためにトレーニングについてくれるのに! 青山先輩ばかりに甘えちゃダメだ!
「ありがとうございます」
まあ、クッキーはありがたくいただくんだけどね。
「また幹部と戦ったの?」
「そうです。ゲルプに異空間に連れて行かれて……」
私があの場所で体験したことを話すと、先輩はうんうんと頷いて聞いてくれた。
「大変だったね。じゃあ、疲れただろうから今からお昼ご飯行かない?」
「えっと……、赤澤先輩は……」
「奈々美は別の仕事で遅れるから、今日は一緒に食べられないって」
「そうですか……」
ちょっと残念。できるだけ大勢で食べたいのに。
「おすすめのラーメン屋があるから、そこ行かない?」
青山先輩のおすすめのラーメン屋……。ラーメン好きな先輩の選ぶ店に間違いはないだろう。
「行きます!」
「よしきた」
青山先輩となぜかハイタッチをして部屋を飛び出た。
☆
私と青山先輩は司令部を出てラーメン屋に向かった。歩いて行ける距離にあるようだ。先輩の話によると、トンコツラーメンが特においしいとのこと。想像するだけでお腹が空いてくる。
「ここだよ」
大通りから少し外れた、いかにも穴場なラーメン屋といった感じの店だ。その立地からか人はあまり多くなく、並ぶ必要はなかった。のれんをくぐる。
「らっしゃい!」
店主のお姉さんの威勢のいい声で迎えられる。私たちはカウンター席に座り、メニューを吟味した。
「私はトンコツラーメンとギョーザにしようかな」
「私も同じの」
先輩が注文を済ませると、厨房からトンコツの香りが漂ってくる。先輩の言う通りおいしそう! 頭にバンダナを巻いたお姉さんが手際よくラーメンを作っていくのが見える。
「はい、どうぞ」
運ばれてきたのは琥珀色のスープとたっぷりの白髪ねぎ、分厚いチャーシューが二枚も入ったトンコツラーメン。
「おいしそう……」
思わず声が漏れる。
まずはスープを一口。濃厚でコクのあるスープ……。次は麺。太めの麺が濃厚なスープと絡み合う。チャーシューは味に深みを与え、白髪ねぎのシャキシャキした食感も楽しめる。
「おいしいです……」
「でしょ?」
先輩は満足げに言った。
ラーメンの感想もそこそこに、私たちは何気ない会話をし始める。
「青山先輩って、いつも私にお菓子とか分けてくれて優しいですよね」
「私はただ、みんなに幸せになってほしいだけだよ。魔法少女の活動もそれに繋がってるといいな」
青山先輩は穏やかに微笑んだ。その笑みは先輩の強さを表しているようで、私を優しく包み込んでくれる。
「大変なことも多いけど、やっぱり私はこの仕事が好き。みんなの笑顔を見ると、やってよかったって思えるんだ」
先輩……。私も先輩の力になれるよう頑張ります! と思ったのを少し後悔するようなことを青山先輩は言った。
「じゃあ、食べ終わったら腹ごなしに特訓でも行こうか」
「え……? いや、ちょっと今日は疲れているので……」
青山先輩は私の言い訳など聞かずに勝手に決めてしまった。青山先輩から特訓のお誘いだなんて珍しい。きっとこれから戦いは激しくなる。それに備えてのことなのだろうけど、やっぱりやだな……。
隣から先輩がラーメンをすする音が響く。
「早く食べちゃいな」
どうも食べる手が進まない。十分お腹は空かせてきたのにな……。おかしいな……。いや、特訓に行きたくないんだろう。うん。食べ終わったら行かないといけないから。青山先輩が爆速で食べていくのが恐ろしい……。
☆
ラーメンを食べ終わった後、私は青山先輩に連れられて街の外れにある広場にやってきた。ここなら人に迷惑をかけずに特訓できるので、先輩はいつもここでしているのだそう。
「琴音に足りないものはなんだと思う?」
「足りないもの……?」
私は首を傾げて考える。メンタル……、うん、メンタルだよな……。私なんて豆腐メンタルだから……。豆腐メンタルってなんかおいしそう。
「琴音は飛び道具を持っていない!」
「飛び道具……」
なるほど。先輩たちは二人とも使えるな。特に、青山先輩は飛び道具主体だ。私は基本的に近距離で戦うので、危険な目に遭うことも多かった。ビビリな私には遠距離攻撃は最適だ。
「さあ、武器を構えて魔力を込めるんだ!」
「はい!」
言われた通り、シュバルツを構える。全力で魔力を込めればうまくいくかな……。本当にこれで合ってる? はたから見たら変な人に見えない?
「うーん、雑念がある」
バレてる!? 集中しないと。
って、そう言われても、難しいですよ。先端からビームが出るようなイメージ?
「はあっ!」
私は勢いよくシュバルツを振った。しかし何も出ない。小さな白い鳥が通り過ぎ、それを見てなんだか虚しくなった。
「私のお手本を見てみて。【ウォータービーム】!」
青山先輩の周りに魔法陣ができ、水弾が向こうの壁に飛んでいく。
「すごいです。私なんて……」
「最初はみんなそんなものだよ。大丈夫」
青山先輩……。やっぱり先輩は優しいな。
私は再びシュバルツを構える。今度はもっと集中して、魔力を込めるのだ!
「技名とかは好きなのにしていいよ」
技名……。ちょっと中二病すぎるくらいが私に合うかも。精神を研ぎ澄ませ、遠くで落ちる水の音も聞こえるくらい集中する。
「【ムーンショット】!」
シュバルツを思いっきり振り上げる。その軌跡に紫色の光が集まり、光線となって近くの壁に向かっていった。
「やった!」
ムーンショットが壁にぶつかると、当たった部分から切断されて壁は崩壊した。
「やるじゃん!」
青山先輩は親指を立ててウィンクした。
私も親指を立てて返す。
「さすが琴音。私の後輩」
「あっ、先輩のおかげです!」
これで私も飛び道具使いの仲間入り。戦いを優位に進められることだろう。私は心の中でガッツポーズをし、喜びを噛み締めたのだった。
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