第34話 屋上

「【ウィンドスラッシュ】」


 ゲルプの杖から風の刃が放たれる。これは以前にも使っていた技だ。動きは素早いが、威力はあまり高くない。多少の被弾は覚悟で攻め込む。


「はっ!」


 私はゲルプに急接近し、そのままシュバルツを振り下ろす。だが、彼女も私の攻撃を予想していたようで魔法陣で防がれてしまった。


「ぐっ……!」


 この攻撃は読まれていたようだ。一旦距離を取るべきだろう。勢いをつけて後ろに飛び上がる。


「その動き、読み通りです」


 着地地点に魔法陣が! 今から避けることはできない。


「【ダークマター】」


 足元にできた闇の波動が私を包み込む。その衝撃に耐えきれず、私の体は吹き飛ばされてしまった。


「うっ……!」


 屋上を転がり、壁に激突して止まる。すぐに体勢を立て直すが、ゲルプは追撃を加えてきた。


「【ウィンドスラッシュ】」


 再び風の刃を放つ。咄嗟に体を動かすこともできず、さらに攻撃を喰らってしまう。


「うぐっ……」


 ゲルプが少しずつ歩いて近づいてくる。そして私にこう言い放つのだ。


「以前よりも弱くなりましたね。あなたは仲間がいないと何もできないのですか?」


 そうだ。私は一人で強敵を倒すことはできない。以前とゲルプと戦った時も先輩たちが一緒だった。今はゲルプが作り出した異空間。助けが来ることは絶対にない。


「私にだって……、できるってところを見せる!」

「威勢はいいようですね。面白いです」


 ゲルプは再び闇の波動を溜める。今度は地面を這うように広がり、床を侵食していった。一つずつ跳んで避けていく。ゲルプに近づいて一撃を喰らわせようとするが、動きが読まれたように無駄のない動きで避けられる。


「あなたのような単純な動きの相手には負けるはずがありません」


 ゲルプは私の攻撃の隙をついて杖で背中を殴った。


「うぐっ……!」


 痛みでうまく息ができない。それでも私はシュバルツを杖代わりにして立ち上がった。ゲルプは無表情のままこちらを見ている。早く負けを認めろとでも言いたげだ。

 どうやって倒せばいいんだ……。攻撃しても避けられ、相手の攻撃には誘導されっぱなし。ここで【暗黒視】を使うか? いや、ここで使っても倒し切れないだろう。もっと確実な方法を考えなければ。


「【地割れ】!」


 地面に突き刺したシュバルツからヒビが入っていき、ゲルプの足元まで伸びていく。これでどうだ!


「遅いです」


 軽々と避けられるが、これも想定内。床を蹴り、全速力で近づく。ゲルプがいる先になぎ払いを繰り出すのだ。

 動きを見切れなかったようで、表情には余裕がない。


「はっ!」


 渾身の一撃。ゲルプは体をそらして避けようとするが、わずかに避け切れない。腕に傷が入ったのを確認した。


「ぐっ……、小賢しいことです……。一度攻撃を通したところで……」


 ゲルプは杖をこちらに向ける。次が来るぞ!


「【ダークビーム】!」


 ゲルプの杖から黒い光線が放たれる。私めがけて一直線に飛んでくる。体を傾けて避けると、ビームは思いもよらない動きをした。

 異空間の穴へとビームが吸い込まれ、また別のところから現れたのだ。


「何、今の……!」


 油断した。避け切れずにビームは脚を掠めた。思わず膝をつく。


「【ダークビーム】!」


 ゲルプは再びビームを放つ。これに当たると今度こそまずい。痛みを我慢して立ち上がり、むしろ反撃してやろうと駆け出す。


「はあっ!」


 勢いよくシュバルツを振り下ろす。それも魔法陣によって防がれるが、それは問題ではない。

 先ほどのビームは異空間を通じて私の近くから現れた。急いでゲルプから離れる。すると、ビームはゲルプだけに当たったのだ。


「ぐっ……。私の攻撃を逆手に取るとは……。ますます憎いです!」


 ゲルプの攻撃の手が一気に弱まった! 倒すなら今しかない。


「こうなったら仕方がありません。奥の手です」


 ゲルプの足元に黄色の巨大な魔法陣が形成され、呪文を唱えるとともに光が増していく。その輝きに圧倒され、私は思わず後ずさりしてしまう。


「【スペルオブカタストロフィー】!」


 ゲルプの杖から凄まじい光が放たれ、あたりを包み込んでいった。あまりの衝撃に屋上の床は崩れ、学校は形を留めなくなっていった。

 今しかない!


「【暗黒視】」


 軽く目をつぶって精神統一。次に目を開けたときには私の頭は冴え渡っていた。次々に飛んでくる魔法の衝撃波も軽々と避けていく。

 シュバルツを構え、ゲルプに向かって突撃する。私はゲルプに肉薄し、勢いそのままに彼女にトドメの一撃を叩き込む。


「【パワースラッシュ】!」


 跳び上がって空中で一回転。勢いをつけてゲルプに大打撃を与えたのだ。

 倒されたゲルプはそのまま消滅し、銀色の光とともに姿がなくなっていた。


「勝ったの……?」


 勝利の余韻を味わうのも束の間、私は周囲の異変に気づく。


「え! 地面がなくなってる!」


 学校の建物だけでなく、地面までもが崩れてなくなっていく。私はそのまま落下して、闇の世界へと導かれてしまった。


 ☆


「あれ、ここ……」


 目が覚めると、学校の前に座り込んでいた。それもゲルプが作り出した世界ではなく、現実の。目の前に白い毛玉が近づいてきた。


「琴音! 目が覚めたんだね!」

「ん……、ヴァイス……」


 ずっと私が起きるのを待ってくれていたようだ。その頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。


「大丈夫?」

「うん……、なんとか」

「仲間との再会、随分と嬉しそうですね」


 後ろから突然声をかけられる。その声は……!


「ゲルプ……。倒したはずじゃ……」

「幻想世界とはいえ、私を倒すとはなかなかやりますね。現実世界でもあなたを倒す……、と言いたいところですが、魔力切れなので見逃して差し上げます」

「待って!」

「次に会うときこそ、あなたを消し去って見せます」


 そう言ってゲルプは魔法陣に囲まれ、ワープして消えていった。


「逃げられちゃった……」

「琴音が無事だったから、まあいいよ。ケガもあるみたいだから、一旦司令部に行こう」


 ヴァイスに促されて、私は重い腰を上げた。

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