第32話 異空間
「ここは……」
目が覚めると、見慣れた場所にいた。いつも登校している高校の門の前だ。先ほどまでと何も変わらないかのようだ。
ただ今一つ違うところに気づいた。誰もいないのだ。大通りにいる通行人も一人もいないし、車一台通らない。まるで最初から人など住んでいないかのようだ。あたりはやけに静まりかえっていて、不気味な空気が漂っている。
「なにこれ……、ねえヴァイス……」
怖くなってヴァイスを呼ぶ。まさにネコの手も借りたい状況だ。
「ヴァイス? あれ?」
いない。いつも私の頭や肩に乗っているはずなのに、その重みが全く感じられない。周りを見渡してもどこにもいないのだ。
「ヴァイス……」
ひとりぼっち。私はまた孤独になってしまった。とにかくここから出る方法を探さないと。学校を離れて家に戻ろうとすると……。
「通れない……。なんで……」
見えない壁のような物に阻まれて外には出られない。どうやら学校の中に入れということらしい。
私は嫌々学校の中に入ることにした。一体学校の中で何をするんだろう……。何かがあるとすれば、私が通ってる教室とかかな。
学校の中も外と変わらず静かだった。下駄箱には靴は一つも入っていないし、もちろん人はいない。まるで真夜中に来たかのようだ。玄関からは普通、直進と左右の三方向に別れているが、今は左側の道以外は机が積まれていて進めない。またしても誘導されている気分だ。
「行くしかないか……」
仕方がないので私は左側の道を選び、歩き始めた。道中の教室はどれも鍵がかかっていて入れない。だが、ある教室にだけ鍵がかかっていなかった。私はその教室を覗いてみる。
「ここは……、私のクラス?」
間違いなく私のクラスだ。「二年三組」と書かれている。不思議に思いながらも私は教室に入った。教室には普段通り机が並べられている。私の机の上には魔法少女のペンが置かれているし、黄田さんの席には華やかな柄の膝掛けがかかっている。この教室だけはいつも通りすぎて逆に恐怖を覚えた。恐る恐る自分の席に近づく。
「普通だ……」
何も変わりない。席についてみても特に攻撃されるようなことはない。ただ一つ、不思議なことが起こったのを除いては。
チョークがゆっくりと浮遊し始め、黒板に何やら書き始めた。
『外に出たければ、屋上まで来なさい』
私はその文字を見て驚いた。これはきっと……。私の考えを肯定するかのように、チョークは黒板に文字を刻み続ける。
『私の魔法でチョークを動かしています』
やはりゲルプの魔法だった。
「屋上まで来なさい……、か」
罠があるようにしか思えないが、行かなければ始まらないだろう。
私は教室を出て、再び廊下を歩き出した。この先は体育館に続いている。引っ張られるかのようにスムーズに体育館へ入っていく。……土足でいいのだろうか。ここは多分異空間だからいいか。私は靴を履いたまま体育館に足を踏み入れる。
向こうにあるドアは開いている。その先にはまた廊下が続いており、階段を登れば屋上に行けるということは知っている。問題は、この広い体育館を何もなく抜けられるかということだ。ゲルプのことだから、何かトラップがあるに違いない。警戒して歩く。
「この先に何があるんだろう」
そんなことを考えながら歩いていると、私の前をものすごい風が吹いた。いや、ボールが通ったのだ。
「うわっ!」
バスケットボールが私の前を通ったのだ。そのバスケットボールは壁に当たり、床に落ちた。その後も次々にボールが飛んでくる。魔力で動かされているようで、当たれば痛いでは済まなそうだ。私は、向かってくるバスケットボールを避けつつ、ときに斬りながらドアの方へと歩いていく。
「速すぎ! 避けられないよ!」
とは言いながらもようやくドアへとたどり着き、私は体育館をあとにする。背中には汗が伝っている。クラスで一番ボールを投げるのが得意な人でもあんなに早くは投げられないだろう。危なかった。
その先の廊下にも机が並べられていて、一本道となっていた。私はついに階段の前に立つ。一階はここで終わりのようだ。私は階段を登っていく。
二階。この階には音楽室や理科室がある。階段を登ってすぐの掲示板に、ゲルプが書いたらしい張り紙があった。
『音楽室と理科室から鍵を取り、三階の図書室に入りなさい。そこに屋上の鍵があります』
わざわざヒントを書くなんて……。まるでゲルプは私と戦いたがっているかのようだ。
「とりあえず音楽室から……」
私は鍵を取るべく、音楽室へと歩いていった。だが、その道中にゲルプが仕掛けたトラップが待ち構えていたのだ。それは、私の行く手を阻むようにして現れた。
「なにこれ……、ピアノ?」
音楽室には大きなグランドピアノがあった。黒光りしたそのピアノはひとりでに動き出す。
「何!?」
私はとっさにシュバルツを構え、ピアノに先を向ける。どんな攻撃が来るか分からない。
ピアノはその巨体を活かして突撃してきた。私はシュバルツを振り下ろし、それに対抗する。
「重っ……!」
ピアノの重さをその身で体験することとなった。その重さは、魔法少女に変身した私でも押し負けてしまうほどだった。私はなんとか弾き返すが、またすぐにピアノは攻撃してくる。
「もう……、しつこい!」
この巨体でこんな動きができるなんて……! やはりこれもゲルプの魔法だろうか。まともにやりあって勝てそうにはない。倒すのは諦めて鍵を探すことにした。
教室の奥にはいくつか楽器が置かれていて、それを抜けると棚がある。きっとその中に鍵があるはずだ。私は、ゆっくりとピアノの攻撃を凌ぎながら棚に向かう。しかし、考えが甘かったようだ。ピアノ以外の楽器も宙に浮き、次々襲いかかってくる。
「ちょっ……! これだけはずるい!」
私はシュバルツで攻撃を受け流しつつ、棚に向かう。幸い、楽器が飛び上がったことで棚への道は開けた。
「……異空間だから、いいよね」
いちいち棚を開けるのも面倒だし、その間に襲われる可能性があるので、シュバルツで棚を破壊することにした。一振りで真っ二つにする。
「よし……、あとは鍵だけ……」
楽器の嵐を受け流しつつ、棚から散らばった中身を探る。楽譜が辺りに広がっていて、鍵はすぐには見つからなかった。少しずつどかしながら探していくと、硬い金属が手に触れた。
「あった!」
間違いなく、これが例の鍵だ。あとはこれを持って外に逃げるだけ。私は素早く鍵を手に取り、扉に駆けよる。
「よし……!」
行手を阻む楽器を撃ち落としながらドアへと駆ける。そして、音楽室を出ようとした時。
「うわっ!」
真上からピアノが飛んできて出口を塞ぐ。意地でも通さないつもりだ。
「ここでも使えるかな……」
硬い学校の床でも有効かは分からないが、試してみる価値はありそうだ。
「【地割れ】!」
シュバルツを床に突き刺すと、教室内に激しい地震が起こった。床は大きくひび割れ、ピアノの真下にまで広がる。ピアノはバランスを崩し、隙間に落下してバラバラになった。
「なんとかなった……」
私は音楽室を出て、次の目的地、理科室へと歩いていった。
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