第31話 運

「信頼できる優秀な魔法少女にだけ話していることだ。聞いてくれるか?」

「はい。秘密は守ります」


 司令官さんは私に近づいてきた。真剣な眼差しで私の方を見る。


「私たちが戦う理由は分かるか?」

「世界の平和のため……、エンデ・シルバーを倒すためですか?」

「ああ。確かにその通りだ。だが、君をだましていたことをここで謝らなくてはならない」

「どういう……、ことですか?」

「私の……、生き別れの妹を探すという目的も兼ねているのだ」


 それを聞いた時、雷が落ちたような衝撃に襲われる。司令官さんにも辛い過去があったのだ。司令官さんはこう続けた。


「実は……、私の妹はエンデ・シルバーと何らかの関係があると考えている」

「どういうことです? 人質になってるとか……」

「……それは分からない」


 私は瞬きも忘れるほど驚いた。大切な妹を人質にとられているかもしれないなんて。


「だから私はエンデ・シルバーを倒すため、そして妹を探すため戦っているのだ。妹の居場所に確信があるわけではないが、きっとエンデ・シルバーを倒すことがてかがりになると信じている」

「そうだったんですね……」


 私は思った。司令官さんが自分の過去を話そうと思ったのは、私を信頼してくれた証だ。私も期待に応えなくてはならない。


「大変な事情があるなんて知らなかったです……。でも、それが私のやるべき事なら全力で支えます」


 司令官さんは頷き、再び席についた。そして腕を組んで肘を机の上に乗せ、言った。


「よろしく頼む。部屋は最高のものを用意しておこう」

「ありがとうございます」


 司令官さんの部屋から退室した私は、自分の部屋へと廊下を進んだ。ここの廊下はやはり人工的な光が照らしており、少し冷たさを感じる。だが、今日だけは少し穏やかで心地よさを感じた。

 部屋にはベッドと机、クローゼットが置いてある。置かれているものは最低限だが、ベッドはふかふかでクローゼットも大きく、私一人には十分すぎるほどの広さだ。私は服を脱ぎ捨てて、ベッドに倒れ込む。


「疲れたー……」


 ヴァイスは私の肩から飛び降りて机の上移った。そしてネコのようにうずくまる。


「ねえヴァイス。司令官さんのことなんだけど……」


 私は司令官さんから聞いた話をヴァイスに伝えた。ヴァイスは顔を上げて、耳を揺らした。


「司令官さんの妹ってどんな人なの?」

「それは司令官にしか分からないよ」

「そっか……」


 私は顔を天井に向けた。照明が煌々と部屋を照らしている。少し眩しいけど、明るさを感じられて好きだ。


「きっと悲しんでるよね、司令官さん」


 あの時は普通そうに、至って冷静に話していたが、心の奥底では悲しんでいるに違いない。私は司令官さんの支えになれるだろうか。


「ああ、きっとそうさ。司令官さんはみんなのリーダーだから、自分の事情で周りに心配かけたくないって思ってる。悲しくないふりをしてるのさ」

「そうだよね……」


 ヴァイスは机から飛び降りて、私の腹の上に乗って来た。私は両手でヴァイスを持ち上げる。


「司令官さんのためにも、街の平和のためにも、頑張るよ」

「君ならできるさ」


 私はヴァイスの背中を撫でた。もふもふ……。最高だ……。早くお風呂に入って寝るとするか……。


 ☆


 翌日。私は本部を出て神奈川に戻ってきた。今日は何もせずにボーっとしてたいな。陰キャあるある、すぐ疲れる。


「ああ、いつものだらけたダメダメな琴音だ。昨日はあんなにカッコつけてたのに」


 ヴァイスが私のおでこをペチペチ叩きながら、呆れた顔をした。


「仕方ないじゃん……。昨日は頑張りすぎたから、今日はダラダラしたいの」


 私はそぞろにゲームをプレイしていた。私の推しの魔法少女をガチャで出したい。たくさん貯めた石を今、解放する時!

 スマホの画面をタップする。キラキラとした画面が表示され、私は凝視する。


「お願いお願いお願いお願いお願いお願い!!!」


「ヤバいね、琴音って」


 ヴァイスの悪態にも耳を一切傾けず、一つ一つガチャの結果を見ていく。ノーマル、ノーマル……。

 最後の一つ。レアが確定している枠だ。そこでSSの、しかも私の推しが出るかどうかは分からない。


「お願い!!!」


 画面の中央で魔法少女がステッキを振り、魔法陣ができる。その色は……。虹色!


「あああああー! 来た来た来た!」


 SS来た! あとは推しがでることを祈るのみ。ソシャゲの神様、お願いします!


『この心が燃える限り、私は諦めない』

「あああああー! 推し来た! あああ! うあああ!」

「うるさいんだけど」

『私はみんなを照らす太陽になる』

「ああー! 最高!」


 もう語彙力なんてなくなった。推しがSSで来るのは嬉しいし、それにこのセリフもカッコいい! 声優も神!


「オタクってみんなこうなの?」

「ヴァイス、オタクはね、好きなものを活力にこんなに生き生きとしてるんだよ!」

「はいはい」


 私は一分ほど、推しの登場演出を眺めていた。とっても良かった……。経験値のアイテムを全て推しにつぎ込み、バトルを始めようとしたその時。通信装置にメッセージが入った。


『緊急事態発生! エンデ・シルバー幹部が近辺に出没しました!』


 こんな大事な時に! 私のオタ活を邪魔する奴は許さない! グルーンかゲルプか知らないけど、絶対に倒してやる!


「行くよ、ヴァイス!」

「いつもとやる気違くない? いいことだけど」

「早くワープ!」

「分かったよ。【ワープ】!」


 私たちは白い光に包まれ、強敵の待つ場所へと飛んでいった……。


 ☆


 私たちがやってきたのは、なんと私が通う高校の前。門の前には大きな帽子を被り、黄色のオーブが込められた杖を持った少女が佇んでいた。


「やはりあなたが来ると思いましたよ、セイントブラック」

「ゲルプ……」

「お久しぶりですね」


 彼女は穏やかな口調で私に語りかける。ゲルプは以前、魔法少女たちを人質にした憎い相手。私は落ち着いていられるはずはなかった。


「今回はここに来て……、どうするつもりなの!」

「組織の目的のため……。より具体的には、目的の邪魔になるあなたを始末するためですよ」

「私を……?」


 数ある魔法少女の中で私だけを狙って……? やはりゲルプの考えることは分からない。どんな手段もいとわないところがあるというのは前の戦いで理解していたが、自分が標的になると背筋が凍る。


「来てもらいましょう」


 突然そう言うと、私の足元に穴ができる。どこまでも真っ暗で底が見えない。声を上げる暇もなく私は落ちていった。どこまでもどこまでも暗い闇の中へ……。

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