第28話 護衛

 夜中の激戦から数週間。神奈川では特に大きな出来事もないまま日々が過ぎていった。そんなある日のこと。今日の会議ではビデオ通話で司令官さんも加わっていた。


『……というわけで今日のところはここまでだ。解散。ああ、黒井は残っていてくれ』


 先輩たちは会議室から出ていく。残されたのは私とヴァイスと、画面に映る司令官さん。


『すまない、わざわざ残ってもらって』

「いえ、全然」

『さてと……、話をしよう』


 司令官さんは神妙な面持ちで話し始める。私も息を飲んで司令官さんの方を見た。


『君に重要任務を与える。東京に来て総理大臣の警護をしてほしい』

「はい。……え?」


 いきなり過ぎて混乱した。そうりだいじん? それってあの総理大臣?


『海外で会談があるそうなのだ。それで空港まで送ってもらいたい。今の東京はいつ敵が現れるか分からないからな』

「って重要な任務じゃないですか! そんな私なんかでいいのですか?」

『黒井の実力を信じてのことだ。それに、一人だけだというわけではない。東京の魔法少女も動員する』


 なるほど。それなら行ってもいいかな。……なんてならない! 嫌だ! そんな重大任務に私が出るなんて無理無理無理! 絶対辞退してやる!


『来てくれるか?』

「はい、もちろんです(絶対行かない!)」


 ああああああー!!! 言っちゃった……。私はどうしてこんなに権威に弱いの? 横を見るとヴァイスがくすくす笑っている。ムカつく。


『君ならそう言ってくれると思ったよ。では、東京で会おう』

「はい……」


 私はそのまま司令官さんとの通話を切る。はぁぁ……、もう後戻りできない。こうなったら腹を括ろう。私は自分に言い聞かせた。


「大変なことになったね」


 ヴァイスは他人事のように笑う。私はムッとしてヴァイスに言った。


「もー! 黙ってないで断ってよ!」

「自分で断ればいいのに」


 反論できない。だって本当のことだから。


「うぐっ……」

「でも、行くんでしょ?」

「……うん」


 決まってしまったものは仕方ない。もう後には引けない。覚悟を決めよう。

 私はもう一度深く深呼吸をして会議室を出た。


「やだな……」


 冷たい風が私に吹きつけた。


 ☆


 待たない月日は早い。その任務の日はあっという間に来てしまった。私は電車で本部まで移動し、司令官さんと会った。


「黒井、よく来てくれたな」

「……はい」


 少しひきつった笑顔で司令官さんに応える。


「この近くのビルで総理がお待ちだ。早速行こう」

「はい」


 ほんとにその時が来ちゃった。帰りたい。ただの戦いではなくて、警護なんて初めて。ちゃんとできるのかな……。

 司令官さんについてエレベーターに乗る。

 近くのビルにはたくさんの警察官や魔法少女がついていて、ことの重大さが分かる。

 司令官さんが通ると魔法少女たちが整列し、頭を下げる。


「魔法少女たち、集合」


 司令官さんの言葉に、魔法少女たちも整列し、私もその人たちの中に混ざる。


「これで全員揃ったか。今日の任務は総理の警護だ。怪人がいつ現れても対処できるように怠るな」

「はい!」


 魔法少女たちは声を揃えて返事をする。


「は、はいっ」


 私も遅れて声を出した。

 総理大臣さんって、時々テレビにも出るし顔もよく知ってるけど、当然ながら直接会うのは初めてだ。緊張するなぁ。と、考えながらそわそわしていると、いよいよ総理大臣さんが出てきた。黒いスーツを身にまとい、堂々とした面持ちで歩いてくる。


「こんにちは、魔法少女のみなさん。私は内閣総理大臣、紫苑和子しおんかずこです」


 総理大臣さんが名乗って頭を下げた。私も反射的にお辞儀する。本物! 近くで見てみると大人の女性って感じがしてカッコいいな。……見た目がロリな司令官さんと対比されて余計に。


「今日はよろしくお願いします。魔法少女のみなさん」


 そう言って優しく微笑んだ。なんというかもう、こんなに素晴らしい人っているんだ。きっと総理大臣になったからには仕事もできて、芯があって……。思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「では参りましょう」


 総理大臣さんは黒の車に乗り込み、ゆっくりと進み出した。空港まで怪人が現れないか監視するのが私たちの役目。私たちは車を取り囲むようにして配置につき、辺りを警戒する。あまりスピードは出ていない。司令官さんが言うには、怪人と出くわした時、素早く対処するためだそうだ。


「琴音ちゃん、琴音ちゃん」


 声を聞いて振り返る。ここで私のことを知ってる人なんていたっけ。顔を見ればその疑問は吹き飛んだ。


「やっほー、琴音ちゃん。私だよ」


 ゲルプを倒した時に助けたピンクの魔法少女。手を振りながら私の方に近づいてくる。


「元気してた?」

「あっ、はい」

「相変わらず堅苦しいなー」


 そう言って魔法少女は太陽みたいに明るく笑う。この子は本当に魔法少女って感じ。明るくて優しくてピンク。アニメに出るような魔法少女だ。


「そういえば自己紹介まだだったね。私は桃井ももいさくら! 君が黒井琴音ちゃんっていうのは知ってるよ」

「あっ、はい」


 今はそれどころじゃないと思う。と、言い返すコミュ力は私にはなかった。顔だけはしっかり周りを見渡し、暗にそのことを桃井さんに示す。伝わりますように。


「さて、私も配置につくよ」


 桃井さんは手を振るとすぐに走っていった。彼女はどんな能力を持っているのだろう。気になって彼女の方をチラチラ見ていると、向こうも気付いたようだ。微笑んで手を振ってきた。違う、そんなアイドルみたいなことはいいから!


『黒井、集中しろ』


 司令官さんに無線で注意された。


「す、すみませんでした!」


 私は恥ずかしくなって縮こまった。やっちゃった……。いや、総理大臣さんの命がかかってるんだから当然だ。車はゆっくり走る。それについていきながら怪人に警戒する。


『近くに戦闘員が来ているぞ。警戒しろ』


 また無線が入る。レーダーを見ると30人ほどの戦闘員の群れが表示されている。ここの曲がり角だ。


「琴音ちゃん、私たちでいこうよ」


 桃井さんが私の手を引く。


「え、でも」

「琴音ちゃんと一緒がいいもん!」


 本当に呑気だな……。まあ、彼女の能力が見れるからいいか。私は武器を構えて戦闘員のいるところに切り込んでいく。


「ふんっ!」


 剣を持った戦闘員や素手の戦闘員はリーチの差があり、余裕だ。今までそのような戦闘員しか見たことがない。

 だが、奥にレーザー銃を持った戦闘員の姿が見える。新型なの……? 相手も改良を重ねているようだ。今の状況はと言うと手前にいる戦闘員に手がいっぱいでそちらには対応できない。敵が引き金を引き、私の方にレーザー飛ばしてきた。


「琴音ちゃん! 【フローラルシールド】!」


 桃井さんの詠唱に合わせて私の前に魔法陣ができる。華やかなピンクのシールドが展開され、攻撃は防がれた。


「あっ、ありがとう……」

「えっへん!」


 防御系の魔法……。今回のような護衛任務には向いていそうだ。


「さあ、やっつけるよ!」


 桃井さんの合図で再び攻撃を仕掛ける。地面を強く蹴り、銃を持った戦闘員のいるところまで一気に走り込む。

 シュバルツが敵の体を貫いた。


「いいねぇ。琴音ちゃんはやっぱりカッコいいよ」


 桃井さんに褒められ、顔が熱くなる。


「いや、私なんて全然……」

「ほんとは嬉しいって顔に出てるよ」


 桃井さんがそう言ってニヤニヤする。そろそろ爆発しそうなくらいに恥ずかしくなってきた。


「そ、それはいいから行くよ!」

「おー、琴音ちゃんにしては積極的だなー」


 総理大臣さんが乗った車はゆっくりと道を進み、私たちはそれについていく。そんな気の遠くなりそうな任務をこなしていくのだった。


 ☆


『空港が見えてきたな。だが最後まで油断するな』


 司令官さんの無線を聞きながら私たちは車を取り囲む。結局、それほどの強敵は現れずに空港の前までやってきた。戦闘員に苦労しなかった訳ではないが、幹部と出くわすようなことはなかったのでまだ良かった。

 見えてきた空港は大きな海を臨み、空も晴れやかで美しく輝いて見えた。


「何もなくて良かった……」

「でも、せっかくだから一回くらいは強敵が現れたら面白いのにね、琴音ちゃん」

「そんなフラグやめてよ……」


 桃井さんは能天気だ。だからこそこの仕事も上手くこなせるのかな。そのポジティブさは少し羨ましくもある。


『……大きな魔力の反応があるぞ!』


 え、本当に怪人出るの? 桃井さんのフラグが原因? 私たち魔法少女一同は車を囲い込み、敵の襲来に備える。どこから来る……。


「あそこ!」


 あれは……。海からうねうねと赤い触手が伸びてきている。空港にいる人たちも心配だ。

 その触手の中央で仁王立ちしている奴が怪人か。


「我輩はタコ男。この触手で貴様らを縛り付けるのだ!」


 相変わらず名前はダサいが、見るからに攻撃範囲が広くて強そうだ。この八本の触手を自由自在に動かされては総理大臣さんを守るのは難しい。


『黒井、総理を降ろせ。車ごと破壊される可能性がある』


 私は指示通り車に向かい、総理大臣さんに声をかける。


「そ、総理大臣さん。車の中は危ないのでこちらに……」

「はい。分かりました」


 私はすっと手を差し伸べて車から出るのを手伝った。


「私が怪人と戦うので、他の魔法少女に守ってもらってください」

「お一人で大丈夫ですか? とても心配です」

「……」


 総理大臣さんの心配に言葉が詰まった。私一人で本当に勝てるのかというのは痛いところだった。


「それは……」


 後ろから肩を叩かれる。振り返ると、桃井さんが私の肩に手を置いていた。


「大丈夫だって琴音ちゃん。琴音ちゃんは一人じゃない。総理大臣さんは私が守るし、怪人と戦うのは他の子たちと頑張ってね!」


 桃井さんが指さす先には、ここまで一緒にやってきた魔法少女たち。そうだ、私は一人じゃない。

 桃井さんと入れ替わって車の外に立つ。私の役目は、みんなと一緒に戦って勝つこと。


「よしっ!」


 私は気合を入れると怪人の方に駆けていった。

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