第27話 月明かり
このスライム、グルーンが作ったの? だとしたら相当強いかも。でも、私には逃げるなんて選択肢はない。私は覚悟を決めて戦闘態勢に入る。
「行くよ!」
まずは普通に攻撃をしてみることにした。シュバルツをなぎ払ってスライムの体に切り込む。手応えは……ない。切りかかった部分が受け流され、私の攻撃は地面に突き刺さる。
「……やっぱりスライムか……」
こちらの物理攻撃は通りそうにない。
スライムが反撃してくる。伸縮する腕のようなものを振り下ろしてきた。
咄嗟に後ろに避ける。が、次々と攻撃が襲いかかってきて避けきれない。
「うっ!」
攻撃が私の体に当たる。その衝撃に思わず声が漏れた。触ったところは腐食などはしていないが、少ししびれるような痛みがある。
こちらの攻撃は通らず、相手の攻撃は素早い。さすがグルーンが誇るだけのことはある。しかし敵を褒めている場合ではない。なんとかして倒す方法を見つけなければ。
「【パワースラッシュ】!」
全力の一撃を相手に繰り出す。風を切ってスライムの体を抉るが、致命傷を与えるには至らない。
「そんな……」
私は飛び道具を持たない。魔法が使えないならこいつを倒す方法はないのでは……。自身の敗北という最悪の事態が頭をよぎる。
スライムは腕を伸ばして私を追い詰める。その度にシュバルツで防御する。防戦一方だ。何度も何度も攻撃を受け止めていくが、ついに限界が訪れた。
シュバルツが宙を舞う。手から落としてしまった。その衝撃で尻もちもついてしまった。
「しまっ……」
かなり遠くまで飛ばされてしまった。拾いに行かないと。急いで立ち上がって取りに行く。しかし、そんな余裕は与えてくれなかった。スライムは私に覆い被さるように飛びかかってきた。
上から緑色の巨大な生き物が襲いかかる。恐怖心から目を閉じ、うずくまる。だが、衝撃は来なかった。
見上げると、スライムは凍っている! さらに、凍りついたスライムは赤い炎とともに切り裂かれた。
「これって……」
私の予想は的中。軽快に青山先輩と赤澤先輩が降りてきた。
「間に合ったみたいだね」
青山先輩は爽やかな笑顔で私に言った。
「先輩……」
赤澤先輩はいつもの元気な笑顔を私に向けてこう言った。
「ここまでよく耐えた。後は私たちも一緒だ!」
頼もしい先輩二人の登場。これならいける!
「凍らせれば攻撃が通るみたいだ。私が主力で行くよ」
青山先輩が一人でスライムの方へ向かう。スライムが腕を伸ばして攻撃してくるが、それを華麗によけ、氷の魔法をかける。腕は氷漬けにされ、動かなくなった。
「琴音!」
「はい!」
私は指示通り腕に切りかかる。固体になったスライムの体はあっさりと切断された。
「やった!」
「油断しないで」
青山先輩が注意する。スライムはまた別の部分を伸ばし、再び襲いかかってきた。
私はそれを華麗に避け、腕に向かってシュバルツを振る。
「これなら……」
私はそのままスライムを真っ二つにした。切り落とされた部分は音を立ててバラバラになった。
「この調子でいこう」
先輩たちの助けもあり、順調にスライムの体を削っていく。
だが、スライムの再生力はかなりのものだった。ある程度小さくなったところで、すぐに元の大きさに再生した。
「これじゃキリがないよ……」
スライムの再生力を前にはただ切るだけではダメだ。こういうのはゲームだと弱点みたいなやつがあるんだけど……。
「見たところ弱点みたいなものは分からないぞ」
赤澤先輩の言う通り。ただ、全くないということはないはず。とにかくいろいろな場所を攻撃して弱点を探さないと。私は再びスライムに切りかかる。何度も突きを繰り出す。
「やあっ!」
その時、スライムが怯んだように見えた。効いてるかも。もう一度そこを攻撃する。するとスライムは抵抗するように腕を振り回してきた。
「琴音! 危ない!」
先輩二人が慌てて叫ぶ。その声で相手の動きに警戒するが、もう遅かった。吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「ううっ……」
「琴音! 大丈夫!?」
「先輩……」
青山先輩が駆け寄ってくる。だが、スライムはそんな時間を与えてはくれなかった。再び私たちを叩き潰そうとしてくる。
「【アイスウォール】」
巨大な氷の壁が現れ、スライムの攻撃を防ぐ。
「琴音、今の……」
「青山先輩、きっとあれが弱点です。小さくてよく見えなかったけど……」
近づいた時に、よく見ると小さなコアのような物があった。それは少しずつ動いていて、決まった場所にはないようだ。そのことを先輩たちに話す。
「うーん……、あんなに小さくて動いてるやつは狙えないな……」
赤澤先輩も頭を抱える。コアは不規則にスライムの中を動き回り、とても狙えるものではない。
「【ダイヤモンドダスト】で凍らせようか?」
「溜めに時間がかかるけど、時間稼げるかな……」
赤澤先輩の言う通り。魔力を溜めている間青山先輩を守り続けるのは難しい。そうしている間にもスライムは攻撃の手を緩めない。地面や壁を壊しながら私たちに近づいてくる。
「防ぎきれない……」
「赤澤先輩!」
赤澤先輩がスライムに飲み込まれた。私は思わず叫ぶ。このままでは息が続かない。優秀な先輩がやられるなんて……。私は体がすくんでしまいそうだった。
「うぐっ……、足が……」
前衛の赤澤先輩が退いたことで青山先輩にも攻撃が届くようになってしまった。足を取られた青山先輩もスライムに飲み込まれる。
「先輩……」
一人で戦うなんて……。私は自分の無力さを呪った。とにかく助けないと。そう思っても体が動かない。目の前にスライムが迫る。一人ではこいつに傷一つ付けられなかったのに。
私もやられてしまうの?
スライムが私を飲み込む。全身がぬめぬめとした感触に包まれる。このまま全身を溶かされてしまうのだろうか。その恐怖から抜け出そうと必死に暴れる。
ここで動けるのは私しかいない。血眼になってコアを探す。息が続く間に見つけないと。スライムの中を泳いでコアを追いかける。
なんとなくだが、近くを通るような気がした。目で追いかけるのは難しい。感覚だけを頼りにシュバルツを突き出す。
私の攻撃は命中し、コア自体は抵抗せず、一瞬で貫かれた。するとスライムはぐちゃぐちゃと音を立てて崩れていったのだった。
「はあっ……、はぁ……」
私はなんとか助かったようだ。まだ体の震えが止まらない。
「そうだ、先輩たちは!」
後ろを振り返ると先輩たちが倒れていた。息は……、なんとかしているようだった。
「赤澤先輩! 青山先輩!」
すぐに駆け寄り、声をかける。そして思い切り揺さぶった。
「うぅ……、ん?」
赤澤先輩がゆっくりと目を開けた。ほっとして少し力が抜けるが、気を緩めずに赤澤先輩に寄り添う。
「勝ったの……?」
「はい……」
赤澤先輩はまだぼーっとしている。とりあえずしばらく休んでもらおう。今度は青山先輩の方に向き直った。
「青山先輩、大丈夫ですか?」
青山先輩は苦笑いを浮かべた。
「息止めるのは得意だから。水泳の経験が生きたよ」
「そうですか……」
水泳してたのか……。そのタフさはそこから来ているのかも。とりあえず青山先輩は大丈夫そう。
ふと振り返ると、赤澤先輩がゆっくりと歩いてきていた。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ああ、なんとか。……今回は琴音に助けられちゃったな」
赤澤先輩は少し悔しそう。むしろ今までは私が助けられてばかり。今回のは恩返しみたいなもの。私は首を横に振る。
「先輩たちがいなかったら勝てませんでした。ありがとうございました」
「……帰ろうか。夜も遅いし」
赤澤先輩が手で目元を拭いながら立ち上がる。月明かりが優しく私たちを照らし、戦いの終わりを告げていた。
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