第26話 再・科学

 涙を拭って会議室に戻る。赤澤先輩はいなかった。用事があると言って出たのだから当然だ。だけど、誰もいなくなった会議室には切なさが漂っていて居心地が悪かった。

 私はすぐに司令部を後にして近くのハンバーガー屋に駆け込んだ。心は落ち着かないまま注文を終わらせて二階の席に着く。外は太陽がまぶしいくらい輝いていた。


「お待たせしましたー」


 早い。さっき注文したばかりなのに。まあ今日は空いてるしね。

 私の大好きなフィッシュバーガー。これで少しは気持ちが和らぐといいんだけど。


「いただきます」


 私は小さく言った。そして一口食べようとしたその時、意外な人物が目に入る。ポニーテールを揺らしながら可愛い女の子が歩いてきた。私の姿を見て笑顔でやってくる。


「琴音ちゃん! 奇遇ですね!」


 こんなところで黄田さんと遭遇するなんて。この辺にはよく来るのかな。しかも一人で来るなんて珍しい。いつも友達といるイメージだ。


「あっ、黄田さん」


 ぼっちあるある、会話の初めに「あっ」ってつける。声が裏返らないように発声練習という説が有力である。


「フィッシュバーガーですか〜。私はテリヤキバーガーです!」


 黄田さんはリボンをふわりと翻して私の前に座った。そしてテリヤキバーガーをもぐもぐと食べ始める。


「黄田さんはどうしてここに?」

「ちょうどお昼ご飯ですから。ここのハンバーガー、おいしいでしょ?」


 黄田さんは満面の笑みで答えた。まぶしい、笑顔がまぶしすぎる。体から火が出そうなくらいまぶしい!


「琴音ちゃん?」


 私の様子がおかしいことに気づいたのか、黄田さんは心配そうにこちらを見つめる。私は慌てて視線を逸らした。


「あっ、いやなんでも」

「そうですかー」


 気持ちをごまかそうとポテトを次々食べまくる。


「そんなに早く食べると体に良くないですよー」


 黄田さんは微笑んで言った。


「そ、そうだね」


 気まずい。私のコミュ障は最強レベルである。何かいい話題を振ってくれれば……(他力本願)。


「琴音ちゃんは普段この辺によく来るんですか?」

「今日はたまたま……」


 私はフィッシュバーガーをパクつきながら答える。


「もしかして、ショッピングモールですか?」

「あっ、うん」


 買い物に来たんじゃなくて魔法少女活動なんだけど、それは言えない。


「あそこのショッピングモールで何か買うんですか?」


 質問の連続。キツい。ずっと答え続けるのはプレッシャーになる。


「えっと……」


 ごまかし方が思いつかない。昼ごはんとか服とかを言うべきなのかな? あまり沈黙が長いと変に思われるかも……。


「買い物以外で用事が?」


 そうそう、と言わんばかりに私は激しく首を縦に振る。


「ふーん……。気になりますね……」


 黄田さんはいつかのような遠い目をした。なんだか怖いような、悲しいような、そんな目。私はそれから何かを察することができるほど対人経験はなかった。

 ちょうどハンバーガーもポテトも食べ終わり、席を立つのにいい区切りになった。


「じゃあ、私はこれで」


 黄田さんも同じく食べ終わり、私たちはハンバーガー屋を後にした。背中は汗でびしょびしょ。暑いのかな? もう秋なのに。

 ああ、私は人と話すとこんなにも緊張するのか。二匹並んで飛ぶ赤トンボを横目に駅へと歩いていった。


 ☆


 空はすっかり暗くなり、星が光り始めていた。日が沈むのもすっかり早くなった。

 私は寝る時間に備え、部屋でまったりしていた。具体的にはヴァイスをもふもふしたり、ぬいぐるみをもふもふしたり、って、私もふもふ好きすぎない?


「琴音ー、もふりすぎじゃない?」

「いいじゃん」


 ヴァイスは口うるさいけどもふもふ感は最高〜。ずっともふもふしていたい。

 と、そんなわけにはいかないようだ。突然通信装置が鳴り響く。嫌な予感。


『黒井! エンデ・シルバー幹部が現れた! しかも東京ではない。黒井の家からかなり近い公園だ』


 やっぱり嫌な予感的中。司令官さんが大声で私に伝えている。幹部が神奈川に現れるのは初めてだ。ここまで勢力を伸ばしているとは。


「はい、すぐに向かいます」


 私は通信を切り、急いで準備をする。夜だからと文句は言ってられない。変身し、通信装置の示す公園へと飛び出した。

 そこは私の学校からも近い公園。もう既に午後九時を過ぎており、外は真っ暗だ。暗い公園の奥の方に人影が見える。


「またあなたね……。セイントブラック」


 そう言った少女は白衣を着て、緑色のツインテールをぶら下げている。忘れもしない、グルーン・サイエンスだ。私が以前、逃げ出した相手。私はそれを思い出し、武器を向ける。


「この前はよくもやってくれたわね。今日は逃がさないわ」


 グルーンは不敵に笑う。


「まあ、今日は私が直接手を下すつもりはないわ」


 そう言ってポケットからガラスの容器を取り出す。中には緑色の液体のようなものが入っている。


「私の研究の成果、見せてあげるわ。スライムちゃん! 魔法少女を倒しなさい!」


 グルーンはその容器を地面に叩きつけた。すると、中に入っていた液体は一気に広がり、私の身長の何倍もあるスライムに変形した。


「あなたに倒せるかしら? 頑張りなさいよね!」

「待って!」


 グルーンはすぐさま逃げてしまった。取り残されたのは私と巨大スライム。こいつが街で暴れる前に止めないと!

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