第25話 過去
と言ったものの、本当に勝てるのだろうか。三人同時に動きを見切るのは不可能。それだけは明らかだった。
「どうだ! これで魔法少女もおしまいだ!」
ミラーマンは余裕の表情で語りかける。
分身たちが武器を構えてジリジリと迫ってくる。こちらもシュバルツを構えるが、手が震えている。自分が劣勢だということは分かっていた。打開策を考えなければ……。考えれば考えるほど不可能を悟る。こうなったら……。
「【暗黒視】」
一瞬時間が止まったような気がした。目を閉じ、再び開けると暗闇の中に一筋の光が見える。その光めがけてダッシュする。
分身が一斉に攻撃を仕掛けてきたが、光に従って進むだけでするすると避けられる。
まずは一人に突きを繰り出す。先端が直撃し、鏡が割れるようにしてバラバラに消滅した。残りの二人も飛びかかってくる。
「【パワースラッシュ】」
全力の一振り。二人まとめて撃退した。
「バカな! あれを避けるなど……」
ミラーマンは驚いて後退りをする。残りは彼のみ。
「これで終わり!」
「うがあああ!」
シュバルツを振りかざし、ミラーマンを斬りつける。銀色の光に包まれながら彼は消滅した。
私は疲れ果ててその場に座り込む。
「はあ……、疲れた……。頭痛い……」
気絶はせずに済んだが、身体中の疲れと頭痛が襲う。
「やっぱりその技は負担が大きいんだね」
ヴァイスがふわふわ飛んで戻ってきた。
「まあね……」
何とかヴァイスの方へ顔を上げる。太陽の光さえ眩しくて目を開けられない。体が動かなくて、ただ地面の上に倒れていた。
「琴音!」
お母さんの声? 倒れた私に気づいたらしい。ドタバタと私の体に近づく足音が聞こえる。
「カッコよかったわ! 琴音は最高の魔法少女よ!」
褒めるのはいいから家に入れて……。ベッドまで連れてって……。
「そんなところで寝っ転がってないでお家帰るわよ?」
ずるずると引きずられて家に入る。背中がコンクリートで擦れて痛い。
「もう、琴音ったら」
お母さんは私をベッドまで運び、布団をかぶせた。
「ありがとう……」
おぼつかない声で言ったと同時に私は眠りの世界へと落ちていった……。
☆
「ん……」
よく寝た……。そろそろ夕方かな。
「十時!?」
また一日中寝てしまった。人生を無駄にした感半端ない。
「おはよう、ねぼすけな琴音」
「うん、うるさい」
ヴァイスは私の上に乗っかって、ぺちぺちとおでこを叩いてくる。
「起きたところいきなり悪いんだけど、今日は司令部の定例会議だ」
「ええ……」
疲れたというのもあるが、外に出るということ自体が嫌なのだ。私は完全にインドア派。外は危険でいっぱいだから嫌なの!
「昨日のワープで疲れたから、今日は電車で行くよ」
「はあ……」
そんなわけで電車を乗り継ぎ、司令部までやってきた。エレベーターを降り、会議室まで駆けていく。部屋には既に赤澤先輩と青山先輩が待っていた。
「琴音ー、今日も遅いなー」
「もぐもぐ」
青山先輩はポテチを食べながら私を見ている。青山先輩の周りだけお菓子の袋やら粉やらで散らかっていた。
「それじゃあ始めようか」
赤澤先輩の一声で会議が始まる。
「って、東京から帰ってきてから特になにもないよね」
青山先輩の言う通り、報告することなどない。ゲルプを退けてからそれほど経っていないのだから。
「じゃあ、これで終わりかな」
会議はたったの一分で終了。来た意味あるの? 机の上をふと見ると驚きの光景が広がる。
「先輩、お菓子食べすぎじゃないですか?」
私は青山先輩のポテチ袋を指す。もう何袋か空になっているのだ。
「いや〜、いくら食べてもお腹が空くんだよね。それより、会議も終わったからお昼ご飯行こう。ラーメンラーメン!」
そう言って会議室から瞬足で出ていってしまった。
「瑠夏は本当食いしん坊だなー」
いや、そういうレベルじゃないと思います、赤澤先輩。
「まだお昼ご飯には早いですね」
「そうだなー」
私と赤澤先輩は会議室でしばらく残ることにした。
……会話が続かない。赤澤先輩って何が好きなんだろう? 熱血そうだから私なんかと趣味は合わなそう。きっと学校にはたくさん友達がいて、毎日一緒に遊んでるんだ。
「琴音はさ、なんで魔法少女になったの?」
「えっと、抽選で当たっちゃいました……」
「抽選かー。 私はね、自分で応募したんだよ」
赤澤先輩は自ら志願したの!? 理由を聞かないと……。心臓が激しく高鳴る。今こそ勇気を出すんだ。
「あの、どうして魔法少女になろうと思ったんですか?」
「……どうしようかな。言おうかな」
赤澤先輩は私の目を見ずに小さな声で言った。きっと、言いにくいことなんだろう。尋ねてしまったことを少し後悔した。
「ごめんなさい……」
「いや、謝ることじゃないよ。琴音には言ってもいいかなって思ってさ」
「はい……」
魂のこもらない曖昧な返事しかできなかった。椅子や机から冷たさが伝わってくる。
「私の住んでた街が怪人に襲われてさ」
「えっ……」
「私の家族はみんな無事だったよ? だけど知り合いは何人も行方不明になって、街も跡形もなくなって……」
こんな顔をする赤澤先輩は初めてだ。私の方を向いているけど、どこか遠くを見ている。以前の平和な世界を思い出しているようだ。
「それで、私は魔法少女に志願した」
「そう……、だったんですね」
「他の人が同じ思いをしないようにね」
赤澤先輩は無理に笑顔を作ろうとする。だけどその笑顔はいつもとは違うように見えた。辛さと悲しさが入り交じったような、そんな表情をしている。
「あっ、ごめんね。こんな話しちゃってさ」
「いえ……、私こそ」
私はなんて声をかけていいのか分からずに黙り込んでしまった。赤澤先輩の辛い過去を聞いてしまったことへの罪悪感と、自分の不甲斐なさが混ざりあって、心がざわつく。
「……ご飯にする?」
こんな状態で食べられるわけがない。赤澤先輩とまた二人きりだと気まずいままだ。
「あっ、えっと、あの、ちょっと用事があるので……。お先に失礼します!」
私は逃げるようにして会議室を出た。そして一人廊下を駆けていく。
やっぱり赤澤先輩は強い人なんだ。過去を乗り越えて未来を見ている。今の自分を守るだけで精一杯な私とは違う。走って走って、司令部の隅にある倉庫みたいな、誰も来ないところに来た。
「赤澤先輩……」
なんで泣いてるんだろう。赤澤先輩の方がよっぽど辛いはずなのに。私は膝を抱えて倉庫の隅に座り込んだ。ぎゅっと自分を抱きしめるようにして、なるべく小さくなろうとする。一体、誰のために泣いているのか自分にも分からなかった。
「琴音!」
突然呼びかけられ、ハッとして顔を上げる。顔を上げるとそこには心配そうなヴァイスの顔があった。
「うわっ! なんでここに!?」
私は慌てて涙を拭った。ヴァイスにかっこ悪い姿を見せるのは悔しかった。
「琴音はやっぱり強いよ」
ヴァイスは突然そんなことを言い出す。慰めているつもりだろうか。
「これのどこが……」
「誰よりも強い正義の心を持っている。奈々美のためにこんなに泣いて共感できるなんて、琴音しかいないよ」
ヴァイスは小さな手で私の頭を撫でた。
「でも、私は……」
「琴音ならできる。だって君は最高の魔法少女なんだから」
ヴァイスは私の目を見て言った。その言葉は不思議と心に響いた。
「ありがとう、ヴァイス」
私は涙を拭いて立ち上がる。もう涙は流れない。赤澤先輩のように強くなるために、そして自分の過去と向き合うためにも、私は戦うんだ。
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