第20話 魔法使い

 私たちが転送されたのは東京の中心部。たくさんのビルが立ち並び、都会の繁栄を象徴する場所であった。だが今、そんな場所も破壊されており、原型を留めていない。以前の戦いと同様、激しい戦いを物語っていた。


「ひどい……」


 驚くべきはそこだけではない。目の前にいる敵、そして結界によって監禁された10人ほどの魔法少女たち。

 通りの中央には、黄色の服を着て紫のとんがり帽子を被った、魔法使いのような姿の人がいた。手にはステッキを持っていて、中央には黄色のオーブが埋め込まれている。そして、やはりグルーンと同じくブレスレットも装着していた。


「援軍ですか……。また厄介なのが来たものですね……」


 中央の黄色い宝石が怪しく光る。この人がエンデ・シルバーの幹部? グルーンと同じく私と歳の近い女の子だった。だが冷徹な眼差しは私たちを恐怖させるには十分なほどである。


「き……、君は誰?」


 敵にビビって弱々しく聞いてしまう。


「私はエンデ・シルバー幹部の一人、ゲルプ・マジック。以後お見知り置きを」


 金髪をなびかせ、エンデ・シルバーの幹部は名乗った。やはり幹部だけあって、その威厳は他の怪人の比ではない。ただ名前を聞いただけで緊張が走る。

 奥で監禁されている魔法少女たちが何か叫んでいることに気がつく。しかし、結界は強力なようで内側の声は全く聞こえない。


「この人たちを解放したいんでしょう?」


 ゲルプは不敵な笑みを浮かべる。まるで私たちにできることは何もないとでも言いたげだった。


「それなら、私を倒してみなさい」

「言われなくても分かってるよ……!」


 一番初めに踏み出したのは赤澤先輩。風を切って走り出すと熱風が起こった。


「【フレイムスラッシュ】!」


 赤澤先輩が振り下ろした炎の剣は燃え盛る闘志を表しているようだ。だがゲルプは軽々とその攻撃を魔法陣のバリアで受け止める。


「そんな攻撃では、私には勝てませんよ」


 余裕の表情で赤澤先輩の剣を弾く。赤澤先輩は後ろに飛ばされ、その勢いを殺すため必死に地面に踏ん張った。


「赤澤先輩……!」

「大丈夫、ただ飛ばされただけだから」


 穏やかな表情を私に向けて、赤澤先輩は再び剣を構え直した。


「あなたたちでは話になりません。せっかくですから面白いことをしましょう」


 ゲルプはポケットからタイマーを取り出す。大きく10:00と表示が。


「10分以内にこれを奪わなければ、人質の方達は全員爆発します」

「そんな……」


 あまりの残忍さに言葉を失う。彼女らの命を何だと思っているのか。心臓が握られたような感覚がするほどの恐怖、憤慨に襲われた。

 ゲルプがタイマーのボタンを押すと、カウントダウンが始まった。10人の魔法少女たちの命のカウントダウン。


「今度はこちらから攻撃しますよ!」


 ステッキから黄色に輝くビームが放たれる。それは私たちに向かうのではなく、落ちている瓦礫に当たった。驚いたことに、瓦礫はひとりでに動き出して怪人が生み出された。


「いかがです? 私の能力、【マリオネット】は」


 生成されたゴーレムは意志を持ったように動いている。硬い腕を振るって私たちに殴りかかってきた。


「はぁッ!」


 すかさず私はシュバルツをゴーレムに向けて振り上げる。屈強な腕はシュバルツの刃を通さず、激しいせめぎ合いになる。だが、腕の力は明らかに相手の方が上であり、じわじわと私の足は後ろへと下がっていく。


「琴音! 【ウォータービーム】!」


 青山先輩の魔法がゴーレムの腕に直撃。そのおかげで腕の力が弱まり、なんとか脱出できた。


「琴音、大丈夫?」

「はい、助かりました!」


 ゴーレムは一瞬よろけたものの、再び力を取り戻して攻撃を再開する。


「あっはっは! ゴーレム一体に苦戦してますねえ。そんな実力で私を倒そうなど片腹痛い!」


 ゲルプの高笑いが聞こえてくる。悔しいけど、確かに私たちの力は全く及んでいない。


「どうすれば……」


 考えているうちにもゴーレムは容赦なくこちらに向かってくる。速い動きではないが、力が強くてぶつかり合いになれば勝ち目はない。さて、ここからどうするか……。


「あれは……」


 ゴーレムの割れ目に気づく。あれも元は瓦礫の集まり。隙間を突けば破壊できるはずだ!


「これでどうだ!」


 隙間をめがけてシュバルツを突き出す。ゴーレムは咄嗟に対応できず、腕を真っ二つに切り裂かれた。


「やった!」


 私は思わず歓喜の声を上げる。ついに敵に一撃与えることができたのだ。このまま攻撃を続けていけば……。


「倒したつもりですか?」


 せっかく切り落とした部分が、すぐに浮かび上がって元に戻ってしまった。


「そんな……」


 チャンスだと思っても、また振り出しに戻ってしまった。

 奥では赤澤先輩がゲルプに突撃している。放たれる魔法をかいくぐりながら少しずつ近づく。


「くらえ! 【フレイムスラッシュ】!」


 渾身の一撃。だがそれもバリアで無力化されてしまう。


「ぐっ……!」

「このバリアがある限り、攻撃は通りませんよ」


 攻撃した勢いがそのまま跳ね返される。赤澤先輩は勢いよく吹き飛ばされ、ビルの壁に激突した。


「赤澤先輩!」


 青山先輩は赤澤先輩に駆け寄って護衛に回った。私はゴーレムを食い止めるのに精一杯だった。

 特に成果のないまま三分経過。ただ消耗するだけで時間が過ぎてしまった。ゲルプは余裕な表情でこちらを見つめている。


「もう終わりですか? なら、彼女たちの命はないということで……」

「まだ……、諦めてない!」


 私の口から自然と言葉が出た。自分でも驚くほどだった。


「私は……、絶対に諦めない!」


 ゲルプの顔からはさっきまでの余裕は消え、一瞬驚いたような表情をした。だがすぐに不敵な笑みへと戻る。


「口だけは威勢がいいですねぇ。私に一回でも攻撃を通してからにしてはどうですか!」


 再び魔法の嵐とゴーレムの猛攻が始まる。まずはこのゴーレムをなんとかしないと。


「琴音!」


 後ろから青山先輩が私を呼んでいる。大きく手を振って私を呼んでいるようだった。


「どうしたんですか?」

「あいつに対抗できそうな技がある。だけど発動に時間がかかりそうだから、しばらく守ってくれない?」

「分かりました」


 何か強力な技を披露してくれるのだろう。そのためにも目の前の強敵と命を懸けて戦わなければ。ゴーレムはうめき声を上げて私を叩き潰そうとしてくる。青山先輩はステッキを構え、魔法の力をチャージしている。足元には青色の巨大な魔法陣。その大きさが魔法の強さを予感させる。

 ゴーレムを相手にひたすら逃げ回っていると体力を消耗してきた。息が切れ、足もおぼつかない。きっともう少しだ。

 ついに魔力をチャージし終わり、青山先輩が目を見開いて叫ぶ。


「【ダイヤモンドダスト】!」


 上空に無数の魔法陣が形成され、氷の粒が落ちてくる。それは広範囲で降り注ぎ、地上を凍らせていく。ゴーレムは凍って身動きが取れなくなった。


「今だ! 琴音!」

「はい!」


 凍りついたゴーレムに向かって走り出す。シュバルツを大きく振りかぶって、力の限り叩きつける。


「【パワースラッシュ】!」


 氷ごと粉砕する。切りつけられるたびに氷の結晶が飛び散って美しく舞う。ゴーレムは光となって消え、復活することはなかった。


「ど……、どうだ!」


 少し強気になってゲルプに言ってみる。するとゲルプは血相を変えて怒りをあらわにし始めた。先ほどと様子が違いすぎて、狂気すら感じる。


「やってくれましたね……」


 ゲルプは怒りをぶつけるようにしてステッキを地面に打ち付ける。


「調子に乗るのもいい加減にしなさい! 私の恐ろしさを思い知れ!」


 私と青山先輩がゲルプとの戦いに加わる。本気を出したゲルプの気迫は凄まじい。

 残り時間は5分。刻一刻と破滅の時間が近づいていた。

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