第19話 放浪
翌日。忙しい昨日と一転、今日は特に予定も何もない日。太陽は優しく私たちの街を照らし、鳥たちは平和に空を飛んでいる。最近は怪人の数も大きく減少し、東京の方でさえあまり荒れているとは聞かない。
「おはよー、ヴァイス……」
眠い目を擦りながら、私はベッドから起き上がる。
「やあ、おはよう」
ヴァイスは私よりも早く起きていたようで、元気にふわふわと浮遊していた。そして私の膝の上に降りる。
「今日はいい天気だねー」
「ほんとそうだねー」
などと平和ボケした会話をしながら私は身支度をする。
実際、昨日を除いて怪人は現れることはあまりなくなっていた。自分たちの活動のおかげ? 残念ながら根拠なく思い込めるほどポジティブではない。きっとエンデ・シルバー側は反撃の準備をしているのだと思えて仕方ない。
「ねえヴァイス、こんな時こそパトロールにでも行ってみない?」
「いい心構えだ。どうせ琴音は休みの日でもゴロゴロして勉強も運動もせずに過ごすだけだからね」
「一言余計だよ!」
思わず漫才のようにヴァイスをビシッと叩いてから、私は部屋を出る。靴を履き替え、玄関の扉を出るとそよ風が私たちに優しく触れる。今日もいい一日になりそうだ。
「まずはどこから行く?」
「まあ、適当にぶらぶらしてたらいいんじゃない?」
適当にぶらつくのも案外悪くない。夏の暑さも和らぎ過ごしやすくなってきた。目的もなく歩くにはちょうどいい。
しばらく街を歩いていると、見覚えのある人が道端でネコと戯れていた。青山先輩だった。
「よーしよしよし」
変な言葉をネコにかけながらもふもふしている。青山先輩はネコ派なのか。
「あ、おはよう琴音」
「おはようございます。先輩ってネコ好きなんですか?」
「さっきここで見つけたんだよ。琴音も触ってみて」
青山先輩が私の方にネコを差し出す。私はゆっくり手を伸ばし、頭を撫でてみる。
「か……、可愛い……!」
もふもふ最高ー! ネコは触られるたびに目を細め、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。何よりヴァイスと違い、何も文句を言わない。同じネコでも大違いだった。
私たちは十分もふもふを堪能した後、ネコに別れを告げてその場を去った。
「やっぱりネコっていいねー」
青山先輩は猫を撫でている時と同じ表情だった。
「ところで琴音、朝から何してたの?」
「街のパトロールです」
「へぇー、感心感心」
軽く手を叩いて青山先輩は言った。やる気があるのかないのかよく分からない。
「よし、私も一緒に行こう」
「えっ、本当ですか?」
私は思わず聞き返した。青山先輩は私の目を見て頷く。
「じゃあ……、よろしくお願いします!」
こうして青山先輩もパトロールに加わった。休みの日なのになんだかいつもと変わらない感じ。でも、青山先輩と二人だから退屈はしない。
「むむっ、ここにおいしそうなラーメン屋があるなんて。琴音、行こう!」
今はまだ九時。昼ごはんにしてはあまりに早すぎる。私は青山先輩のように大食いではないので、さすがに食べられない。
「瑠夏、朝ごはん食べてきたよね?」
「ええー……」
青山先輩は残念そうな目でヴァイスを見る。なんだかいたたまれない……。だがそうも言っていられない。今ここで食べたらきっと後悔する。ラーメンはお腹が空いた時にこそおいしい。今はその時でない。
「また今度にしましょう。ね?」
「絶対だよ?」
なんとか引き止めることに成功した。青山先輩はしょんぼりしているが仕方ない。私たちはまた歩き出した。
街には様々な人がいる。私たちのようにゆっくり歩いている人もいるが、ランニングをしている人もいた。ああいう人たちはなぜ毎日走るのだろう。暑い日も、寒い日も、雨が降っても必ず走る。運動が苦手な私には理解できない。
今もまた前から走ってくる人がいる。その影には見覚えがあった。短めの茶髪を揺らしながら走ってくる。
「あっ、琴音! 瑠夏! ヴァイス!」
「赤澤先輩……」
赤澤先輩が手を挙げてこちらに近づいてくる。涼しそうなジャージを着ていた。
「何してるんですか?」
「見ての通りだよ。毎日走ってるんだ」
「すごいですね……。私は絶対無理です」
と私は苦笑いする。その間も赤澤先輩はその場で足踏みをしていた。どのくらい走ってきたのかは分からないが、まだ息切れしていない。さすがの体力。私なら50メートル走でさえ息切れする。
「奈々美、今は街のパトロールをしてるところなんだ。一緒に来てくれない?」
ヴァイスが赤澤先輩の肩に飛び乗って話しかける。
「おおー! みんなすごいやる気だ! じゃあ私もついて行くね!」
赤澤先輩は張り切っていた。こういう現場活動好きそうだもんな……。また一人、列の人数が増えた。
☆
どれだけ歩いてもやはり事件が起こることなどなく、昼ごはんを食べてそろそろ帰ろうという時間になった。
「今日は何も出なかったなー」
と赤澤先輩が言った。そうは言っても平和が一番なので私は嬉しかった。何もないことを安堵しつつ、やっぱり少しだけ活動したい気持ちもあったけれど。
「何も出ないほうがいいよー」
ヴァイスもそう言う。私だって同感だ。
と思ったその時。通信装置の音が鳴る。司令官さんからだった。画面の向こうで司令官さんが焦っているようだった。
『今すぐ東京に来てくれ! エンデ・シルバー幹部が現れた!』
「え、エンデ・シルバー幹部ですか?」
『現地の魔法少女を派遣したが……、全員と連絡が途絶えた……』
私は言葉を失った。もしかしたら彼女らは……。敵は一体どんな力を持っているのだろう……。嫌な予感がする。もうすぐにでも戦いが始まるだろう。
『今すぐ転送する。必ず勝ってくれ』
私たちは無言で視線を交わす。二人とも、顔に決意が現れている。
「行きましょう」
平和な神奈川の昼下がり。その裏で東京では激しい戦いが行われていたのだった。
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