第3話 筋トレ

「それじゃあ後輩ちゃん! トレーニングルーム行くぞ!」


 赤澤先輩は私の手を引っ張って強制的にトレーニングルームへと向かわせた。


「ちょっと、赤澤先輩!」

「奈々美でいいって! それか、なーちゃん」


 それはちょっと嫌だな。初対面の人をあだ名で呼ぶなんて無理。人生で一度もない。

 それより、トレーニングってなんだろう? 魔法の練習とか? 考えているうちにトレーニングルームに着いた。


「よし、後輩ちゃん、って、自己紹介がまだだったな。名前教えて!」

「えっと、黒井琴音です」

「琴音ちゃんか! 可愛い名前だな!」


 こんな会話をしながらトレーニングルームの扉が開かれた。部屋の中は広くて、さながらジムのよう。腹筋をする器具や、ダンベル、サンドバッグなどが置かれている。


「魔法少女には体力が必要だ! 今から筋トレ!」


 私は運動は何よりも苦手。思い出す。中学生の時、体育の授業で……。


『おい、黒井! 真面目にやれ!』


 体育の先生が発した言葉。私はめちゃくちゃ真面目なのに、下手なだけなのに……。嫌なことを思い出して気分が下がったところで、トレーニングに取り掛かる。


「まずは腕を鍛えるんだ! このダンベルを使って!」

「持ってきたよー」


 赤澤先輩がうるさすぎて、すっかり影が薄くなったヴァイスがダンベルを運ぶ。


「まずは10回! いくぞー!」


 早速トレーニングが始まった。


「1、2、3……」


 10回の回数をこなすと腕がぷるぷると震える。筋トレなんて人生で一度もしたことないから、すぐに腕が上がらなくなる。これが私の限界か……。


「琴音、もう疲れたのか? そんなのじゃエンデ・シルバーの怪人を倒せないぞ!」


「えっと……」


 聞き慣れない単語に戸惑う。えんで?


「ん? エンデ・シルバーのこと? ヴァイスや司令官さんから何も聞いてないの?」

「はい……。ねえ、ヴァイス」

「ああ、教えようかなって思ったんだけど、忘れちゃってたよ。てへぺろ」


 可愛くない使い魔だなあ……。その尻尾を引っ張りたくなる気持ちを抑えて赤澤さんの話を聞く。


「エンデ・シルバーは、世界征服を企む悪の組織だ。最近、東京に現れて街を荒らしてるのは知ってる?」

「ああ……、ときどきニュースに出てるので」

「それがエンデ・シルバーの怪人だ。それを倒すために、私たち魔法少女がいるんだ!」


 赤澤先輩は大きな身振り手振りで説明する。ここまでくると少しうっとうしい。

 それにしても、怪人が現れるなんてアニメの世界だけだと思ってたのに、現実のものになるなんて思ってもみなかった。怪人がニュースで取り上げられるようになったのはかなり最近、私が高校二年生になったあたりか。


「最近はここ神奈川にも現れるようになってきたらしいから、私たちも頑張るぞ! トレーニング再開!」

「はい……」


 そして、トレーニングは続く。怪人について知ったことでやる気も湧いてきた……、ような気がする。


「腹筋100回!」

「はい!」

「スクワット100回!」

「はい!」


 こうして私がたどり着いた先が……。


 ☆


 はい、全身筋肉痛で動けませーん。翌日は学校を休み、家のベッドで一日中過ごした。


「ヴァイス……、助けて……」

「ええ!? 大丈夫?」

「ダメ。動けない」


 筋肉痛の苦しみに悶えることしかできない。全身痛くてベッドから起き上がれない。これでは歩くこともできないだろう。


「はあ……、もう魔法少女辞める……」


 もう嫌だ。この先やっていける自信がない。そう弱音を吐くとヴァイスは言った。


「辞める方法は二つ。エンデ・シルバーを滅ぼして世界を平和にする。それか、琴音が死……」

「やめて!」


 自分の死なんて考えたくない。


「ううっ……。ヴァイスの鬼……。赤澤先輩だって、運動苦手な私をバカにしたいだけなんだ……、どうせ……」

「魔法少女なんて、そんなものだよ。命を懸けて戦わないと仕事にならないさ」


 そうだ、私はみんなの笑顔を守る魔法少女になりたいんだ。始まりは強制的だったけど、その気持ちだけは本物なのだ。


「大丈夫、まだ時間がある。これから鍛えていけばなんとかなるさ」


 ヴァイスの励ましを受け、少しだけ心が軽くなった。とりあえず赤澤先輩と特訓だけは頑張ろう……。そう決めたのであった。

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