第1話 魅了スキル

「この世界ってBLゲームなんで、同性愛ルートじゃなと成り立たない世界だと私は思っているんですよ。」


「今回の依頼先の神様、ゲーム世界の神様だったんだね。しかも君の好きなBLゲーム世界ときたか。ごめん全然気づかなかった。」


「神様いないですからねゲームの世界では。で、話を進めますとヒロインは男主人公でなければなりません。」


「そこにヒロイン強制能力っていうチート持った女が転生しちゃったらそりゃあ君も殺気立つか。」


「ってことで、殺してもいいですよね。」


「まぁ待て待て、まだ交渉カードを使ってない、気持ちはわかるが殺すというのは早計にも程がある。」


 あらすじをご覧になった皆様ごきげんようです。私は赤妻ミサキと言います。

 趣味は絵描き、好物はボーイズラブ、地雷は夢女子という生粋な腐女子です。訳あって死んだ私は赤妻ミサキとしての記憶を持ったまま、これまた『赤妻ミサキ』として当時トゥルーエンドまで10周くらいしたとあるBL学園ゲームの女子生徒に転生……いえ、転移進入中ですというべきですね。何せ私は転生を拒んだものなので。あ、ちなみにこの共学設定はオリジナルのゲームにもあったので私『達』が紛れてもセーフなんです。

 このゲームは教員が主人公、そして攻略対象も教員という生徒は完全モブのファンタジー世界線です。ということは魔法という概念ありで、主人公は魔法は持たないけれど魔獣に好かれるという特異体質を持った、魔獣学の先生という設定で、授業を受ける時に、相棒の先生を選んで好感度を上げていくというシステムです。一応、好感度を上げるアイテムとかもありましたがまあ除外しますそこは。

 ちなみに、主人公のデフォルトネームミツバなので、この世界ではミツバ先生となっています。そして攻略ヒーロー教員の名前はカズハ、フタバ、ヨツバ、となんともわかりやすい名前。クローバーがモチーフですね、誰かが欠けては幸運の意味がないという最高な解釈ができるゲームです。

 諸々語るべき点はありますが、とりあえず今は攻略対象も魔法使いで、各属性で最高最強の実力ありということと結構個性的な性格をしている、ということだけお伝えします。


 私達が転移した理由、問題が重大なものです。


 全くセーフじゃない力を持った汚物……違う、女がこの世界に紛れ込んでいるんです。命諸共この世界から強制退場したい存在しては行けない『女ヒロイン』とやらがいらっしゃるんです。原作ガチ勢としては黙ってられると思いますか?思いませんよね。自己紹介でも言いましたが私は夢女子地雷です。


「落ち着きましたところで先輩、授業サボるのは良くないことではないですか?」


「だってモブって目立っちゃいけないじゃん。」


「その気遣いはメインキャラたる教職員の逆鱗に触れすぎてまして、既に問題児としてマークされてます先輩。」


「なんてこったい逆に目立ってしまったか。」


 木の上で垂れてるふりをして全く反省してないこの人は、死ぬ前でも仲良くさせていただいており、今は私の協力者である久城ランさん、年上なので先輩と私は呼ばせてもらっています。この人も学生なので授業に出てターゲットの動向を見て欲しいのですが、この人は元来自由人なところがある上に、勉強が嫌いという転生先における大欠点がありまして、今サボり魔の能力を思いっきり発揮していてメインキャラによく説教されています……目立ちたくないと言いつつかなり目立っているこの矛盾。


「とにかく教室戻ってくださいよー先輩、ヨツバ先生の殺意顔本当に怖いんで。」


「いやだってさあ、みっちゃん、授業おサボりしてんの私だけじゃないからね。ほら、あそこにターゲット。」


「雌豚はどこですか?」


「みっちゃんみっちゃん、雌豚ってまだ決まってないから、目カッ開いて血走った憤怒の顔は女の子のするもんじゃないからやめなさい。」


 先輩が指差す方を見るために、私は木を登れるほど体力がないため魔力で翼を作り先輩と同じ位置まで登りました。

 フワフワ水色のロングヘアーに丸っこい緑の瞳。いかにもっ!!な風体の美少女が噴水でわざとらしくオドオドしながら出待ちしている。ああ!!これは私の嫌いなタイプのヒロインですね!!視界に入れたくない!!でも視界に入れないとわからないことがあるのが辛い!!


「あの場所は……本来のヒロインであるミツバ先生がペガサスと鬼ごっこして噴水に落っこちるシーンで使われている場所。もしやあの女、わざとペガサスに突撃して噴水に落っこちてヒーローと接触を図ろうとしているつもりでしょうか?」


「ペガサスに激突して噴水落下で済むんかね。」


「普通は大怪我負いますが本ヒロインのミツバ先生は動物に愛される体質を持っているという設定ですので力加減が完璧だった説があります……ですがあの女の持つ力の、ヒロイン強制能力とやらがどの程度働くかにもよりますね……って、そういえばヨツバ先生はラン先輩を探せと言いましたが、あの女のことは言及してないですね!?」


「そうなの?同じクラスでよく媚び売りに行ってた子なのにねぇ。私より授業出ているから普通はいないことに心配するんじゃね?」 


「そうですよ……授業欠席の報せなどは無かったはずですし、これは……何かありますね。好感度、とか。」


 乙女ゲームBLゲーム限らず嗜む方は存じているかと思いますが、攻略キャラクターに対する好感度は当ゲームにも存在していました。

 ですが我々、ミツバ先生がどれほど攻略キャラクターと親交を深めているかとか、一切わからないのです。好感度可視化という便利なスキルがない。


「うぐぐすぐ始末できない己が力が憎い……手探りを選んだのは我々ですからね……あっ!!」


 ズドドドド……と言う音と共にペガサスが走ってきました。あれ、原作では一頭だけだったのに何で群れで走ってんの????


「ふぇええええええ待ってえええええ!!!!」


「お、ヒロインきた。」


「やったああああ真正面で拝む涙目の推し可愛いいいいいい!!!!」


 ペガサスの奥に見えたエメラルドの瞳を涙目でうるうるさせた美青年つまり推しかつ我がヒロインがきました!!見てくださいこのさらっさらなチョコレート色の美味しそうな髪に丁寧に研磨されたエメラルドの宝石みたいな目、男性の骨格を残しながらもすらっとした手足高身長180cm!!でも魔法が使えないのに愛され総受という完璧主人公な我がヒロインを!!仕草ひとつ声一つに本作のヒロインの輝きを感じます流石推し!!


「あ、女がペガサスの頭突き喰らってフライアウェイした。」


「ああっ!!推しが小石にけつまづいて噴水ダイブしたあああああ!!原作にない仕様ですが全身びしょ濡れの推し可愛いいいいい!!!!」


「女、学園外に放り出されたな。んでみっちゃん憤怒と歓喜と驚きでモザイク必須になってるからちょっと治して。」


 ……えー、ペガサスの大群の奥、涙目で追いかけている我が推しの愛らしい顔面と仕草ばかりに目が行ってしまい、失礼しました。汚物……女を全くみてなかったのですが、どうやらラン先輩がしっかりみてくれたようでありがたいです。持つべきものは相棒です。


「ペガサスにはヒロインの強制力が効かないとは分かった。あと本作ヒロインのミツバ先生にも効いてない様子。」


「すみませんありがとうございます……というか、ペガサスの様子ばかり気にしているあたり、女自体見えてなかった様子ですね。」


「ペガサス10頭くらいいるよね?原作そんな脱走してたって聞いてないんだけど。」


 それを聞いて、私も肯定の意を込めて頷きました。明らかに原作と違うことが起こっている、つまり、あの女がどこかしらで異変を起こしていると言うことが明白なのです。


「ミツバっちゃん〜。」


「ミツバさん!!」


 噴水の周りに2人ほど影が集まりました、攻略キャラのカズハ先生に、ヨツバ先生ですね。


「ミツバっちゃん派手にやってんねー。」


 1人目はケラケラと笑い、噴水からふわりと風で起こしたのはカズハ先生、一人称が「おいら」で寝ることと芸術魔法というオリジナル魔法が趣味という、攻略キャラクターの中でも最難関かつ実は裏がある人。深い海をそのまま移した青色の目と、黒い髪が特徴的です。


「どうせあんたのことですからペガサスのお願い聞こえたって言って、お散歩を同時にやろうとしたんでしょ?いくら動物誑かし体質だからって、テンション上がったペガサスの制御なんて1人じゃ無理なんだから人呼べって何回も言っているでしょうが。」


 2人目はお小言を言いつつ、ペガサスを杖先から魔法で出しただろう金色の鎖で繋いでいるヨツバ先生、我が担任で攻略対象。一番得意な魔法は死霊支配、ミツバ先生とは幼馴染で、好感度が最初から高いキャラクター。私も最初のプレイはこの人を攻略しました。ええ。


「そうそう、おいら今日暇してたんだからミツバっちゃんが声かけてくれれば喜んで手伝ったんだぞ。」


「カズハ先生の言う通りですけど、俺だって言ってくれれば時間作ってました。ペガサスに怪我はありませんが、貴方に怪我はないですか?」


「あうう、ごめんなさい……俺は大丈夫、怪我はないよ。」


 2人に乾かしてもらい、ミツバ先生は嬉しそうに微笑んで、ありがとうと2人に礼を言う……何ていいアングルで尊い会話イベントを聞いているんだ私は……転生の醍醐味ってこれだと思うんですけど私が間違ってますかね????


「みっちゃん。」


「はあ……ミツバ先生マジ天使……カズハ先生とヨツバ先生がいるってことはこの2人との好感度は相当高いと見えます。このイベント好感度が高いキャラが真っ先に助けに来る仕様ですからね……それにしても2人が揃ってくるとかしかもカズハ先生が駆けつけるとかマジ最高のアングル……。」


「フタバ先生がいないことに関しては問題ないの?」


「ああ……ん?」


「フタバ先生も普通にゲーム進めたら好感度相当上がってヨツバ先生と双璧なすんだよって言ってなかった?」


「それを言われたら……。」


 ペガサスと共にお説教されているミツバ先生を網膜に焼き付けんとしている場合じゃなかった。


「このイベント、中盤に起こるイベントなんですよ。一番最初に駆けつけたキャラが一番好感度高いってことが分かるんです。3人同時スチルもあるので、ルート確定にはまだ入らないんですが……。」


「じゃあ、2人揃ってきた中で、フタバ先生が来ないことは……。」


「有り得ないことはないんです。フタバ先生を徹底的に避ける選択肢を起こさない限りは……。」


「ゲームの世界だけど、誰かのプレイデータの中ではないんだよね、ここは。」


 ラン先輩に言われてハッとする。


「観察してきて思ったけど、ミツバ先生の性格上、特定の誰かを意図的に排除するようには見えない。」


「ええ、実際そう言う性格でもなかったです。だからこのゲーム、好感度が上がることはあっても、マイナスになるシステムはなかったんです。」


 ミツバ先生、と言うキャラクターの性格を活かすためなのか、好感度が下がるシステムはありませんでした。代わりにルート攻略向けに好感度リセット機能はあったのですが。


「さて、説教をする人物は後もう2人、いるようですね。」


 フタバ先生不在の謎をあれこれ言っていたら、がさ、と言う音がして、私達の真下にニッコリ笑って器用に青筋立てたヨツバ先生の姿が……。


 忘れていました。今、私達、授業を受けている学生の身であることを。


「お二人とも、ちょっと懺悔室まで来いや。」


 ヨツバ先生は怒ると丁寧な言葉遣いが消えるという設定です。でもここでそんな威圧感知りたくありませんでした。


「……さて、反省文も及第点もらえたし。」


「先輩はどうして問題行動を起こすのが大好きなんですか。」


「夜の寮抜けは学園ゲーム定番じゃん、フタバ先生と例の女の子の同行を探るにもうってつけだしさ。」


 現在、見事授業まるまる一個サボり抜いた私達は懺悔室という反省部屋に放り込まれ、何で授業をサボったか、サボった分をどう挽回するかを文章にしたため先生に提出した直後の夜です。

 ちなみに反省文書きながらこのゲームの攻略ルートを思い出していて反省してないのは秘密です。


「まあ……そもそも私ら、それ目的でこの世界にいるわけですしね……。」


「フタバ先生って正統派イケメンってことしか覚えていないんだけど、みっちゃん的にはどうなの。」



「その認識で間違いなしです。フタバ先生ルートは乙女ゲームでも通用するような王道ルートですし、容姿もそれに合わせて王道イケメンです。」


 ちなみに両親も国を治める官僚で、頭もいいし炎の魔法も超強い、真面目熱血漢エリート教師という盛り込みすぎな設定をしていて、そして普通に過ごしていても好感度が上がる、ある意味別ルートに進みたい人間にとっては邪魔になるキャラでもある。後の私も後者の感情を抱きましたとも、えぇ。


「と言うか先輩、フタバ先生の顔覚えてます?」


「いんやまったく。女の子の方は覚えてるけど。」


「先輩って百合趣味じゃないですよね。」


「可愛い女の子は好きだけどいかにも可愛いを狙った女の子はノーセンキュー。」


 つまりあのめすぶ……女は後者ということですねわかりました。


「女の方を当たる理由としては白か黒かをはっきりさせたい。そして白だった場合は早々に説得してお帰り願う。」


「……黒だった場合は?」


「一応話をしてから、死んでもらう。」


 あ、今ですね、足音を立てずにラン先輩は木々を移動、私は羽を生やして飛んでいます。女はどうやら部屋から出ているとラン先輩は踏んでいるようです。


「みっちゃんの話からして、多分フタバ先生の寮室行けるかなと思って……お、灯ついてんじゃん。」


「えっ、あ、フタバ先生の部屋ですね。」


「みっちゃん。」


 窓から確認した二つの影に、ラン先輩と頷きあう、私の出番ですねわかりました。

 右手に光を集中させる。真紅のクリスタルが下がったペンデュラムが現れる。

 今から使うもの、使う力は私が使うことを赦されたものです。


「ガーネット・ジャッジ……真実を示せ。」


 クリスタル……ガーネットが淡く光りました。炎が燃え上がるが如く、光は強くなります。

 ガーネットが下した判決は、彼女がチート能力を持つ者であることでした。


「……女の子でチートって言えば、魔力無限とか?」


「聖女って説も濃厚です。」


「聖女っつったってこの世界治癒スキル持ちゴロゴロいるやん。」


「そうなんですよねー。」


 私は右手でガーネットを消して、ペンデュラムの宝石を型作る。

 藍色にところどころ差し色が入った石、ラピスラズリが現れた。


「ラピス・ジャッジ、能力を見出せ。」


 ぼうっと淡い光を保ったペンデュラムが、窓に一本光を繋いで、丸く何かを模った。


「部屋の様子だ。」


 ラン先輩の言う通り、ラピスラズリが窓に差し込んだ光で映したのはフタバ先生の部屋の中だった。

 会話までは聞こえないが、ファンタジー水色髪の女が、フタバ先生に異常なまでに密着して、微笑みかけている。


「おお、色仕掛けってことは、魅了かな?」


「ヒロイン強制力と思っていましたが、違ってて安心しました。」


「強制力は強制力で戦いでがあるからいいんだけどね。」


 密着されているフタバ先生の顔が僅かに見えたところで、その能力の真髄を見た私は安堵、ラン先輩残念そうな顔をする。

 彼女のチート能力は『魅了』だ。

 魅了はチートに入るのか?というところがまず疑問点になりうるだろうが、言葉を『愛され体質』と置き換えればチートと聞こえる。彼女はそれに当てはまる。


「至るところにチートを撒き散らすかと思っていましたが、フタバ先生のみに絞ったみたいですね。思っている以上にあっちは魅了の力を熟知しているようです。」


「あの子このゲーム知ってるかもしれないってこと?」


「いや……知らないでしょう。でなければ、まず攻略すべきはミツバ先生だと思い至るはずですから。」


 そう、ここはBLゲームとはいえ主人公は男。そしてヒロインになりたいのであれば、その主人公には退場してもらわないとならないって考えるはずだ。


「なのに、わかりやすく顔のいいフタバ先生に絞って魅了をかけたのは、彼がメインヒーローと誤解しているわけです。」


「まあ間違っちゃいないけど……原作的にはまずいっちゃまずいか。」


「ラスボス戦にはフタバ先生の力が不可欠ですからね。この世界のミツバ先生が誰と結ばれるかはわかりませんが、どのルートにしたって、フタバ先生の助力と、ミツバ先生の力を合わせないといけないです。」


 ここで恐ろしいのは魅了もとい愛され体質がいること。恐らくミツバ先生を邪魔と思ったら、フタバ先生を使って排除するなんて想像に難くない。


「じゃあみっちゃん。能力がわかったところで迅速に済ませるかい?」


 ラン先輩の問いかけに、私は頷いた。


「決着つけましょ、万事手遅れになる前に。」


 ……水色の髪を靡かせて、そっと扉を閉める。

 顔のいいイケメンでも、特に好みだった先生に抱きついて目を見るだけで、先生は贔屓してくれる。


 ああ、神様からもらったチートって、本当に最高!!

 魔力無限とかそういうのも考えたけどぶっちゃけ戦いとか駆り出されそうだから断った。血生臭いところに行きたくないのよね。

 それなら、私の取り巻きを作って安全地帯にいたい。『何の力も持たず突然異世界に放り出されたふり』をして、イケメンにチヤホヤされたい。この世界はどうやら魔法が使えない人種って、珍しいみたいだしね?魅了以外何もせず、目立たない格好をして実はメイクアップすれば美人だった、なんて繰り返せば、男はみんな私の言いなりになる。

 前の世界では味わえなかった高揚感、足にも出ていたらしくて、無意識にステップを刻んで自分の部屋に戻ろうとしていた。


「ストップだぜ、そこの独り言ダダ漏れな自称ヒロインさん。」


「!!?」


「私を覚えてないかな。まあ女に興味なさそうだから覚えてないか、同じクラスのランって言うんだけど、君、魅了の力持っている転生者だよね。」


 月明かりで見えない相手、ランと言った女の言葉に『何故か』まずいと感じた。

 だから私の取った行動は正しいと思う。


「ねぇランさん、今のは内緒にして?」


 彼女の手を両手で捕まえて、その暗がりで見えない顔から割り出した瞳を、しっかりと見つめる。


「お願い、私、ただ平穏な生活がしたいだけなの……ね?」


 彼女の瞳にぼんやりとピンク色の光が宿ったのが見えて、思わず笑みを浮かべた。

 転生ものの魅了は、男にしか使っていないけれど、女に使えないなんて描写はなかった。

 つまり、女にだって使えるのだ。


「ね……?私のこと、信じて?」


「っ、ふ。」


 目の光が消えた、そして女は私の手を握り返すと。


「あっっはははははははははは!!!!」


 廊下であるにも関わらず、響く程笑い始めた。


「あっはははは!!あはははははは!!いっやーこんなにも呆気なく回収できるとは思っても見なかったわー!!」


「は……?」


「いやぁ悪いねぇ。私らは君の持つ能力を回収しに来たんだ。」


 理解ができなかった。私ら、と言う言葉、そして回収という言葉。


 女が私の手を離して、握っていた左手になかったはずの小瓶を見せつけてくる。中身はピンク色の光が入っていて、それは、この世界に来る前に見たことある光、で……。


「カクテル・サーブ『スクリュードライバー』。形状変形に融通効くし、女殺しの異名故に女限定絶対チート回収能力さ。」


「お見事です先輩。」


 音もなくゆらりと姿を現したのは、ランって女の頭ひとつ分くらい背の低い女。こいつも、見た事がある……のが、饒舌に喋り始めた。


「私、このゲームのファンでしてね、貴女の魂胆がフタバ先生を中心に他のイケメンに囲われてお姫様したいって言う理想が地雷なんですよ。しかもチート能力携えて原作崩壊一歩手前やらかしてくれやがって私堪忍袋の尾が消し飛んでます、ご退場お願いいたします切実に。えぇ本当本気ですよ。」


「何、言ってるの……。」


「このゲームはBL、つまり男が男に恋愛するゲームです。女はお呼びじゃないんですよ他所に行けってことです理解してください。」


「は!?何その気持ち悪いゲーム!!こんなに可愛く転生したのに男にしか興味湧かないとか、気色悪い!!女と男が恋愛する方が正しいじゃない!!」


「は?」


 小柄な女から。地を這った凍りつくような疑問符が飛んだ。


「正しい?男と女が恋愛することが生産性あるのは確かですが関係ないんですよ。この世界において、貴女がしたことは世界の存亡が関わる事案なんです。世界の存亡に関わる重要キャラクターに手を出した。貴女のお花畑ファンタジーが世界滅亡招きそうだったから、私達が派遣されたんですよ。」


 小柄な女が持っていた天秤を、掲げた。


「先輩、力を。」


「あいよ……やっぱりかける気かね、裁判。」


「当たり前です。この女私の推しゲー根本から批判したのでギルティ確定演出で行かせていただきます。」


 ……先輩から受け取ったチートの力を、私のバックに現れた巨大な天秤の左側にかける。


「ああそうそう、私とみっちゃん、貴女と同じクラスメートのみさきちゃんは転生者の適性のある人間だ。」


 ざら、ざら、ととある宝石がチートの能力の重さと釣り合うようにキラキラと降り注ぐ。


「だけど転生はしていない。各神々の依頼を受けて、その地で反映したチート能力を回収する便利屋さんみたいな仕事をしているんだ。」


「は……?転生者じゃないのに人間の姿で変な力持って異世界にいるとか、おかしいじゃない!?」


「変な力っていうのは……さっき私が披露したチート能力を回収する力のことを言っているかな?まあ君らにとっちゃ変だし都合の悪い力だろう。」


 私の行動を悟らせないようになのか、先輩は焦ったい喋り方で脳内ハーレム……失礼ヒロイン候補だった女に私達のことを喋っていた。


「君のようなチート能力持ちの転生者が増えたことで、昨今転生元の神の衰退が早まっている。元の神様が力弱まったら世界の存続なんて不可能。どうにか均衡を戻すにはチートを回収あるいは弱めないと難しい。で、私らは人間として異世界転生したくない、という利害が一致してね。生きていた頃よりちょっと美化してもらって、チート能力を回収する力?権力?みたいなものをもらったわけだ。私はね。」


「私はね……?」


「もう1人のみっちゃんの方は、チート能力者の行末を定める力をもらったんだ。」


「い、意味わかんない……。」


「わかるように話すとー……。」


 ざら、がごん、二つの音が鳴り止んで。

 天秤はチート能力が重いと結論づけた。


「『そのチートで罪を作った分命で償え』って転生先を決められちゃう神様裁判ができるわけだ。」


「先輩大分物騒です。違いますから!!」


 思わずツッコミをいれてしまった。いや、私の能力をそうも説明されたらツッコミの一つくらい言いたくもなる。


「私の能力はチートの有無の確認と、そのチートで行った罪の裁定、そして、チート持ち転生者の次の転生先を決めることです!!あ、大分あってましたすみません、先輩。」


「おう、みっちゃんが口にするともっとエグいな。」


「まあ言っておきますが万能じゃないんですよこれ。だってチート能力で犯罪級のことしてなければ裁きもクソもない、ですが……。」


 チート能力のピンクは濃く光っている。


「……貴女はこの能力で主要キャラクターの意思を操った。それだけじゃありませんね、物は試しと他の人間にも使用し、家族……特に父親へ重ねてかけ、精神崩壊まで追い込んだ模様ですね。」


「な、んで、何でパパに使ったって知ってるの?!」


「私の天秤にチート能力をかければ、使用用途が自動的に情報として流れ込むようになっているんです。ていうか、魔法が使えようが、人が笑ったり泣いたり、握手をすればその温度がわかる、生きている、現実世界ですよここ。何やってくれてんですか。」


 馬鹿にでもわかるように一句区切りながら説明してあげながらため息をついた。自分という自我があるなら他人にだってあるってどうして考えないのだろう?転生すると倫理観が欠如する呪いでもかかっているのだろうか?


「貴女のお父様、多大に魅了をかけられたせいで貴女なしでは生きられない廃人になってしまってますよ。人形のような生活をしているようですね。」


「おお、人の人生壊してる。最悪やん。」


「本当でしたら、領地を平穏に収める名領主として名を馳せていた未来があったらしいですが、彼女のせいでおじゃんです。人1人の人生を台無しにしている時点でもう大罪確定でした。」


 私が手心加えなくてもよかった。と安堵する。思う存分裁く大義名分が出来る上に、彼女は原作の崩壊を招く危険因子でもあると判断されている。これは告げる必要もない。今世での父親の人生を潰した、これだけでも大きいショックだろう。

 案の定、父親の様子を告げれば女は真っ青になって嘘だと繰り返している。


「さて、そんな有罪確定な貴女はですね。まずこの世界から死んで出ていってもらいます。」


「……し!?」


「当然ですよ。人1人の人生を修正しないとなりませんんから、人1人の命がないと釣り合い取れないんです。では開きましょうか『ジュエル・マジック』。」


 尤も私の好きなゲームを貶した女とこれ以上は話をする気はない。

 軌道修正を行うために、指をパチンと鳴らす。天秤で重さを測っていた藍色の宝石が弾けて、門を模れば光り輝き、女の体を勝手に引き寄せていく。


「『ゲート・タンザナイト』、転生先はチート能力のないところです。日本とかその辺じゃないですか?」


「いやよそれって逆戻りじゃない!!いや、嫌よ!!私は神様にご褒美って言われて愛される生活を送りなさいって言われたんだから!!やめて、いや、やめてよおお!!」


「愛されたいからって何で魅了使わないといけないって発想になるんですかね、それで手に入れた愛で満足するんですか。」


「あんたらにはわからないでしょ!!彼氏も作ったことない、好きな人には振り向いてもらえない!!そんな気持ちが!!」


「知りませんね、少なくとも父親を壊すまで魅了の実験台にして、イケメンハーレム作ろうとする人間の神経は理解不能です。」


「私もわからないなー。愛されたいと思ったことないからねぇ。」

 

 かぶりを振り、泣き喚き、しかし歩みは止まらない女。門を潜る背中を見送る。

 美人に造られた身体が光に溶けたのを見送ると、宝石の門は粉々に砕けて消えた。


「さて、任務完了っと。魅了の能力は神様に戻しますとして……みっちゃん帰るよ。」


「……あの、今ならミツバ先生の生寝顔をスケブに残すくらいなら怒られないのでは……。」


「戻るよみっちゃん。そういう契約なんだから。」


「……はい。」


 チート能力を回収したら、その地からは即撤収。これが異世界の神々と交わした契約となっています。なのでこの時点で我々はもうこの世界とおさらばです。


 ああ、チート能力回収しても、ちょっと滞在期間伸ばしてもらうよう交渉すればよかったと思う私でした。

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