第12話 バイタラニー

 冥鋭護代めいえいごだいによって次々と墜とされていく帝国軍の大型艦を見ながら、バイタラニーが余裕の笑みを浮かべる。


「この調子なら他の皆さんにお任せしても大丈夫かしら? ……でも1隻ぐらいは墜とさないと示しがつかないわね…。ヨールにも嫌味を言われそうですし」


 ゆっくりと飛行を続けるバイタラニーの魔導騎馬まどうきばに向かって帝国の空戦部隊が近づいてくる。


「あらあら、見つかっちゃいましたか…」


 魔導騎馬を駆る騎士団と魔導挺を操る空挺師団。

 目の前にいるバイタラニーを見て、兵士たちの間に混乱と戸惑いの念が生まれる。


 そこには魔導騎馬に腰掛ける深紫色のドレスを着た貴婦人・・・がいた。

 まるで公園のベンチにでも腰掛けているようなその姿は、機銃と爆発の音が響く戦闘中の空とはあまりにもかけ離れた絵面だった。


 …冥府の住人は異形の者たち…、そう思って兵士たちはこの戦場に出てきてはいるが、バイタラニーのいるその風景は異形ではなく、異様・・であった。


 その貴婦人の両目を覆う眼帯と手に持った無数の棘のついた鞭が、その異様さを際立たせていた。


「うーん、囲まれると面倒ですわね…。でもこれで半分ぐらいは墜ちてくれればいいんですけど…」

 そう言って、バイタラニーは眼帯に手をかける。


 その動きを見た1人の兵士が声を上げた。


「撃てーっ! ぇーっ!」


 一瞬早くバイタラニーが眼帯を上げて、その両眼が露になった。

 その瞳の色は漆黒を思わせる黒……吸い込まれそうな暗闇の色をしていた。


 その瞳を見た兵士たちが次々と海に墜ちていく。

 ある者は全身を硬直させ、ある者は頭を抱え体を震わせて、制御を失ったふねが次々と海へと消えていった。


【精神干渉・恐慌】

 バイタラニーが使った特殊スキルの効果だった。

 LVの低い者、耐性の低い者はその言い知れぬ恐怖に体の自由を奪われ、次々と海へと墜ちていった。


 バイタラニーを囲んでいた空戦部隊の大半が海の中へと消え、バイタラニーが手に持った鞭を垂らした。


「残りはこれで墜ちてもらいましょうか?」


 バイタラニーが鞭を振るうと、鞭がまるで生き物のように周りの空戦部隊に襲いかかり、バイタラニーの精神攻撃を何とか耐えた兵士たちのふねを次々と切り裂いていく。


 バイタラニーを囲んでいた一団が1騎残らず海に消えると、バイタラニーは大型艦が自分に近づいてきていたことに気付いた。


「あら。そちらから来てくれたのね。それは好都合ね」


 バイタラニーは大型艦に向けて鞭を振った!


「伸びなさい!【牙乱鞭ガラム】!」


 バイタラニーの持つ鞭が、あり得ないほど伸びていき、その大型艦の胴体部分に何周も巻き付いていった。

 鞭の長さは数千メートルにもなっているだろう。


 そしてバイタラニーが鞭を引くと、【牙乱鞭】と呼ばれた鞭が大型艦に食い込んでいく。

 バキバキと船体が折れる音が響き、だんだんとふね全体が‘くの字’に折れ曲がっていく。

 するとその大型艦から帝国の兵士が、逃げるように次々と海に飛び込んでいくのが見える。


「あらあら…。この高さで海に飛び込んでも死んでしまいますよ? あ、運が良ければ助かるかもしれませんけど」


 更に鞭を引き絞っていくと、大型艦が完全に真っ二つに引き裂かれ、大きな爆発とともに海へと墜ちていった。


「さて…。これでヨールに嫌味を言われる事はなさそうですね」


 バイタラニーは【牙乱鞭】を自分の手元に引き寄せると、魔導騎馬の向きを変えた。


「ルセネール王妃が心配ですね…。どちらにいらっしゃるのかしら?」


 バイタラニーは帝国の艦隊郡に背を向けて、魔導騎馬を進め出した。



 ルセネールはガーロンの後ろから、冥鋭護代が大型艦を墜としていくのを見て、安堵した。


 ーアヘロンタスがあんなにも余裕があったのが納得の強さね。これなら他の艦は冥鋭護代に任せて、私はあの最後方にいる旗艦きかんにだけ挨拶させてもらいましょうか。


「ガーロンさん。あの最後方にいる旗艦に向かっていただけますか?」


「王妃。誠に申し上げにくいのですが、首席からは前に出過ぎるなとの指示を賜っております。ですので、こちらに待機したままでは…」


「あら、ガーロンさんは律儀でお堅いのですね。分かりました」


(アヘロンタス。聞こえますか?)


(はい。聞こえております。ルセネール王妃。何かございましたか?)


(ちょっとこの艦隊の旗艦にご挨拶に行きたいのですが、よろしいですか?)


(あ、挨拶…ですか)


(ええ、そうです。挨拶です。お願いします、アヘロンタス)


 念話でもアヘロンタスのタメ息が聞こえた。


(分かりました。ですが、バイタラニーにも王妃の護衛に回ってもらいますので、バイタラニーと合流してから向かっていただけますか?)


(分かりました。ありがと☆ アヘロンタス)


(いえ、くれぐれもお気をつけて)


(はい☆)


 念話を切ると、ルセネールは前にいるガーロンの肩に後ろから両手を乗せて、いたずらっぽく話しかける。


「さあ、ガーロンさん! 聞いた通りです。よろしくお願いしますね」


 ちょっと顔を赤くしたガーロンが、前を向いたまま答える。


「はっ! 仰せままに!」


 すると、バイタラニーがその2人に近付いてきて、声をかける。


「王妃。バイタラニー、参りました」


「ご苦労様。それでは行きましょうか」


 ガーロンの駆る魔導騎馬のスピードが上がり、そのあとにバイタラニーが続いていった。

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