第7話 迎撃準備

 ルセネールとアヘロンタスがエレーボス城に帰還し、広間に冥鋭護代めいえいごだいが集められ、先ほどのジルド=オール帝国の皇宮殿での出来事がアヘロンタスから伝えられる。


 まず口を開いたのはヨールだった。

「奴ら……、アタイらの姫様に何してくれてんだ…。ぶっ殺す!」


「落ち着きなさい、脳筋女。ルセネール王妃。いかがなされますか? もし、帝国に攻めるのでしたら是非、わたくしバイタラニーに命令くださいまし」


「おいっ! ずりぃぞ! バイタラニー! 姫様! その役目ならアタイに、このヨールに命じてください!」


 ケルブヌスが口を挟む。

「ダメだよぉぅ! 2人とも! それなら是非ボクにさせてください、姫チャマ! ボクならあの宮殿ごと更地にしてきますよっ☆」


「「黙れっ! 犬っころ!」」


 バイタラニーとヨールの声が揃った。

 そしてアヘロンタスが3人をたしなめる。


「落ち着け。ここに居る者は皆同じ気持ちだ。まずルセネール王妃の声を聞け」


 ルセネールはゆっくりと皆の顔を見ながら話し出す。

「ありがとうございます。アヘロンタス。帝国軍ですが、おそらく近日中にこの〈冥府の大地〉に攻めいってくるでしょう。私達はそれを迎え撃ちます」


 バイタラニーが意外そうな顔で尋ねる。

「お言葉ですが、ルセネール王妃。こちらから攻めずに待つとおっしゃるのですか?」


「ええ。皆の今すぐに帝国に行って暴れたいという気持ちは分かりますが、準備も整っていない帝国軍に勝ったところで価値はありません。向こうが万全の状態で攻めてきて、それを叩き潰す方が我々の力を知らしめる事が出来るというものです。いかがですか?」


「確かに、帝国軍は先ほどの会談でも3人の総大将を列席させておりましたし、攻めてくるのであれば最大戦力を傾けてくるでしょう。妙案だと思います、ルセネール王妃」


「ありがとう。アヘロンタス。皆はどうかしら?」


「はい。素晴らしいと思いますわ。わたくしバイタラニー、ルセネール王妃の前で慢心した帝国軍の連中を叩き潰す所存にございます」


「はい! アタイも姫様の前で暴れさせてもらいますっ!」


 皆、ルセネールの案に賛成の意志を口にする。

 そしてアヘロンタスが号令を出す。


「では、我ら〈冥府の大地〉はこの地にて帝国軍を迎え撃つ為の戦闘準備に入る! ガーロン!」


「はっ!」


「お前の部下達は隠密が得意だったな?」


「はい。左様でございます」


「これより帝国軍の動きの監視を任せる。そして逐一、私とルセネール王妃に報告せよ」


「はっ! 仰せのままに」


「他の者はそれぞれの部下の配置、準備に取りかかれ。戦闘時は私とルセネール王妃の指揮の元、帝国軍を迎え撃つ!」


 アヘロンタス以外の冥鋭護代の6人は広間を出ていき、広間にはルセネールとアヘロンタスだけになった。

 そしてルセネールがアヘロンタスに話しかける。


「アヘロンタス。お願いがあるのだけど、いいかしら?」


「はい。何でもお申し付けください」


「私も戦闘の練習がしたいので、場所と相手を用意してくださる?」


「王妃が戦闘ですか?」


「ええ。この杖から力が注がれてきているのは感じるのですが、まだ体がその行使にどのくらい耐えられるのか分かっておりません。ですので、今のうちに一通り試しておきたいのです」


「左様でございますか。解りました。この城の中に闘技場がございます。そちらで魔獣などを召喚いたしますので、存分にお試しください」


「ありがとう。では、案内してくださる?」


「はっ!」


 ◇ ◇


 ルセネールはアヘロンタスに案内されて、城の闘技場で召喚された魔獣相手に何度も戦闘を行った。


【完全障壁】は既に使いこなせていたが、他の高階域の魔法や、【冥王妃の杖】を使った直接戦闘など一通り試していった。


 ーやっぱり思った通り、ルセネール王妃の力はかなり防御に特化した力のようね。

 杖から出せる刃は攻撃力も高いし、魔法も10階域まで使えるけど、それ以上に防御系スキルの効果がすごいわね…。


 ルセネールは目の前の魔獣を次から次に倒しながら、自分の能力を確認していった。

 そしてその中で【冥王妃の杖】が剣に変形させられることを知った。


 しばらく魔獣相手に剣だけで戦っていると、いつの間にかバイタラニーとヨールが、闘技場でルセネールと魔獣の戦闘を見ているアヘロンタスの横に来ていた。

 そしてヨールが2人に話しかける。


「へえ。姫様は剣でも戦えるんだな…」


「当然ですわ、ヨール。王妃に出来ない事などございませんわ」


「けど、前は剣なんて使ってなかったじゃんよ」


「確かにそうですわね。今の体には剣が合うのかしら?」


 ーくぅ~! やっぱり剣でバッタバッタ倒していくって気持ちいいな~!

 これなら私、冒険者やってもそこそこ出来るかも? なんてね!


 ルセネールはサージキア家で幽閉されていた時、好んで英雄の冒険譚などの書物を読んでおり、剣士に強い憧れを持っていた。

 その憧れはサージキア家から自分が解放された折には、本気で剣士として冒険者になろうと決めていたぐらいだった。


 そのリタースとして過ごした16年間の記憶とルセネール王妃としての力が融合して、剣士に強い憧れを持つ今のルセネール王妃が出来上がりつつあった。


 気持ちよさそうに剣を振るっているルセネールを見ながらヨールがボソッと呟く。

「まさか姫様…。自分も前線に出て戦おうとしてない?」


 アヘロンタスは少し驚いた顔をしてヨールの方に振り返ると、ボソッと呟いた。

「…そんなわけないでしょう…」


 しかし依然、嬉々として魔獣相手に剣を振り続けているルセネールを見て、3人は苦笑いしながら、顔を見合せた。


「「「まさか……」」」

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