第4話 冥鋭護代

 ーサージキア邸ー


 ディーベンの回復魔法で回復したムンディルが目の前のテーブルをサーベルで叩き斬りながら叫んだ。


「何が冥界の妃じゃっ! 調子に乗りおって!」


「どうするんですか? 父上。我がサージキア家に〈冥府の住人〉がいたと知られれば…」


「分かっとるわ! じゃが、ヤツは名前を捨てたと言っておったな…。自分からサージキアの名前は出さんじゃろ…」


「そんなの、どこでバレるか分からないじゃないっ! 何でもっと早く確実に消しておかなかったのよ!」


「まさかセロンまで〈冥府の住人〉だったとはな…」


「どうするのよ? パパ! もし帝国軍にバレたら、私達全員除隊になるかも…」


「大丈夫だ、エウーリ。こんな事ぐらいで除隊になったりはしない」


「そんなの分からないじゃないっ! せっかく軍で婚約者も見つかったのに、あの醜女しこめのせいでっ!」


「落ち着けっ! エウーリ!」


「うるさいっ! 貴方達には任せられないっ! 私が何とかする!」


「おいっ! エウーリ! 何処へ行くんだ!」


 エウーリはそう叫び、ディーベンの制止を無視して食卓の部屋を出ていった。


「ディーベン! 放っておけ! 先走ったことをせんようにあとで手回しをしておく」


「しかし、父上。帝国への報告はどうされますか?」


「ふむ。スミラド基地が〈冥府の大地〉の監視をしとったな?」


「ええ。そうです」


「ならばスミラド基地の駐屯兵士が、〈冥府の大地〉の異常を発見して奴らの王妃が復活したのを確認した、ということにして皇帝陛下に報告を入れる」


「王妃が復活したことを皇帝に報告するのですか?」


「仕方ないじゃろう。そこは上手く我々の事は伏せて報告する。どちらにしても領土拡大を進める上で、ゆくゆくあの王妃ルセネールと〈冥府の大地〉は、必ず大きな障害になってくる」


「そうですね…」


「ディーベン。儂は明日、皇宮に報告に行く。お前はエウーリが勝手に動かんよう誰かに見張らせて、スミラド基地へ行け」


「分かりました。父上」


 ◇ ◇ ◇


 ーエレーボス城ー

 玉座の間にて〈冥鋭護代めいえいごだい〉が一同に揃っていた。


 首席 最高執務官アヘロンタス

 ジョブ:モンク 戦闘LV:95 属性:闇


 第二席 バイタラニー

 ジョブ:テイマー 戦闘LV:90 属性:無


 第三席 ヨール

 ジョブ:重戦士 戦闘LV:88 属性:火


 第四席 ギョヌ

 ジョブ:銃戦士 戦闘LV:83 属性:風


 第五席 レーテーリ

 ジョブ:ネクロマンサー 戦闘LV:90 属性:土


 第六席 ヒイアカ

 ジョブ:スライム 戦闘LV:80 属性:水


 第七席 ケルブヌス

 ジョブ:狂戦士 戦闘LV:81 属性:雷


 第八席 ガーロン

 ジョブ:双剣戦士 戦闘LV:82 属性:闇


 不在の第五席のレーテーリ以外の7人が広間に跪いている。


「冥王ヘイデス様。ルセネール王妃。〈冥鋭護代〉揃いました。ご命令を…」


 玉座の後ろに映るヘイデスが話し始める。


「まず、ジルド=オール帝国が我々に対して侵攻する意思があるのか確かめねばならん。いい機会だ。ルセネール、帝国に挨拶してきてみてはどうか? それで奴らを牽制してみるか」


「そうですね。皇帝様に一度お会いしてみようかしら?」


「うむ、アヘロンタス。帝国に使者を送り、ルセネールとの会談の約束を取り付けろ」


「はっ、仰せのままに。使者の選別はどうされますか?」


「お前に一任するが、この場にいる者で希望する者はおるか?」


 一人の男が手を上げた。

 第四席ギョヌだ。

 濃灰色の軍服のような出で立ちだ。


「自分が行かせていただいてもよろしいでしょうか? 冥王ヘイデス様。ルセネール王妃」


 アヘロンタスが頷きながら話す。

「ギョヌであれば適任です。王妃。彼は礼儀を弁えている男ですので安心です」


「そうですわね。ギョヌさんなら安心ですわ。どこかの脳筋女に行かせるとその場で戦争が起きますもの」


「あんだと? バイタラニー? それはアタイのことか?」


「あら? ヨールさんはやっぱり頭の中が筋肉で出来ていることは自覚してらっしゃるんですのね」


「ヨール、野蛮だしガサツだもん。使者とか絶対無理プーだよ☆ ねー? むーたん、ひーたん」


 ケルブヌスの首に巻かれているマフラーの両端が狼犬の頭部に変化して、その2匹が声を出した。


「ヨール! ノウキンッ! シシャ、ムリ!」

「ヨール! ガサツ! マッチョオンナッ!」


「うるせえ! バカ犬ども! 喰っちまうぞっ!」


「「ヒィィィ!」」


 2匹の頭が引っ込んで、マフラーに戻った。


 アヘロンタスが手を叩き、辺りが静かになる。

「静粛にしろ、お前達。ではジルド=メサイアへの使者はギョヌに行ってもらう。よろしいでしょうか? 冥王様。ルセネール王妃」


「うむ、よろしく頼むぞ。ギョヌ」


「はい。冥王様、ルセネール王妃。仰せのままに」


 ◇ ◇


 ルセネールはアヘロンタスに案内された自室でゆっくりしていた。

 時間はもうとっくに深夜なので疲れはあるのだが、全く眠くならない。


 この『冥府の住人』達は〈冥府の大地〉の結界内にいる間は、溢れ出る魔力を吸収していっているので、睡眠をあまり必要としない。


 ー今日は激動の1日だったな…。

 でも、不思議と目の前で起きていることを全て受け止められてるのは、やっぱりこの杖から私に流れてきている‘何か’のせいなんだろうな…。


 でも、冥王妃ルセネールとして記憶は、全然戻る気配がない。

 杖を持ってから強く感じているのは、人間への嫌悪感だ。

 最初はサージキア家の人間に対してだけと思ってたけど、どうやら違うみたいだ。

 冥王様が帝国の話をしている時に、人間に対するものすごい嫌悪感に襲われた。


 たぶんこの異形の〈冥府の住人〉達を守ってきた人だったんだろうな…、前のルセネールさんは。


 冥府の住人って故郷で迫害や差別を受けて、ここに流れ着いた人達ばっかりだもんね。

 なんで、人間は自分と見た目が違うと虐めるんだろうね…。


(聞こえるか? ルセネール)


 ーえっ!? 冥王様っ?


(は、はい! 聞こえております! ど、どうされましたか?)


  (休んでおったか、すまんな。急に話しかけて)


  (いえ、とんでもございません!)


(お前に一つ謝っておかねばと…。記憶が戻らずに混乱していると思うが、転生先が帝国軍人の家になってしまい、申し訳なかったな。そこで不当な迫害を受けていたとアヘロンタスから聞いていたのでな…)


(そのことですか。いえ、全くお気になさらないでください。こうしてここで皆に歓迎されて、私は幸せでございます)


(ほうか。そう言ってくれると、私も少し気が軽くなる)


(むしろ住人の皆と同じ迫害された気持ちが解りましたので、何の躊躇もなく人間達と渡り合うことが出来ます)


(頼もしいことだ。住人は皆、お前のことを愛している。その思いに応えてやってくれ)


(ありがとうございます。冥王様と皆のご期待に応えられるよう、全身全霊でこの〈冥府の大地〉を守っていく所存でございますので、ご安心ください)


(うむ。頼りにしているぞ。何かあればいつでも私を頼るがよい)


(はい。冥王様もお気をつけて)


(愛しておるぞ。ルセネール……)


(……私もです。冥王様……)


 冥王からの通信が切れ、ルセネールの耳には再び沈黙が戻った。


 ーきゃーっ! 愛しているだって!

 冥王様って、意外と情熱的な方なのねっ!


 ルセネールは自室のベッドで体をクネクネさせながら悶えて、夜が更けていった。

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