第3話 冥王の妃③
ルセネールとアヘロンタスは修道院に戻って来ていた。
ルセネールが修道院のマァリロアに別れを告げたいと言ったからだ。
2人が修道院に入って奥へ進むと、2人の男女とマァリロアが横たわっている賊の死体の横にいた。
マァリロアがルセネール達に気付くと、声を上げる。
「リタースさんっ!」
「マァリロアさん。申し訳ございません。来て早々ですが、修道院を出なければならなくなりました」
ルセネールが話しかけると、マァリロアの側にいる2人の男女が身構えた。
「こちらのお二人は?」
「ああ。この盗人の亡骸を片付けをお願いしていたのです」
若い2人はルセネールを見ると、女の方があっ!と声を上げた。
「リタちゃん?」
ーえっ? 私の事を知ってる?
「ほらっ! ミークス! 昔、あのお屋敷の庭で一緒遊んだリタちゃんだよ!」
ミークスと呼ばれた男がルセネールの顔を覗き込み、あっ!と声を上げる。
「おおー! 仮面着けてるから分からなかったわ! あの痣のあった子か!」
ー思い出した! この2人は昔、ウチの庭で何度か一緒に遊んだ近所の兄妹だ。
確か、何度目かにそれが父のムンディルにバレて、子供に侵入を許すとは何事かと怒って、サージキア邸の結界と警備が強化されたんだった。
迷惑を掛けてはいけないから、思い出せないことにしておこう…。
「すいません。思い出せなくて…。それとマァリロアさん。私は冥府の住人だったようです。すぐに冥府の大地に行きますので、失礼させていただきます」
「そ、そう。冥府の住人だったのね…。分かりました。また更なる苦難があるやも知れませんが、お元気で」
「リタちゃん…。冥府の住人だったの…」
「ええ。そうです。あと、私は今はルセネールと名乗っています。そのリタースという名前は捨てましたので…」
「ルセネール…」
「その亡骸は私達で処分します。アヘロンタス」
アヘロンタスが指を鳴らすと、目の前の亡骸が黒い炎と共に一瞬にして消えた。
「あちらの部屋の死骸も燃やしておきました」
「ご苦労様。それでは私達はここで失礼します…」
ルセネール達が転移しようとすると、その女性が話しかける。
「リ…、ルセネールは〈冥府の大地〉にいるのね?」
「ええ。そこに今の私の家があります」
ルセネールとアヘロンタスが転移魔法で消えた後、女性がミークスに話しかける。
「ルセネール……。私達に協力してくれないかな?」
「それは難しいだろうな。でも一度、リーダーに相談してみてもいいかもな」
「うん。そうだね」
◇ ◇ ◇
〈冥府の大地〉
このロウデニア大陸の北端。
その少し先に見える黒雲に包まれた島。
それが〈冥府の大地〉と呼ばれている。
ここには人間よりも遥かに高い身体能力と魔力を有した、異形の姿をした『冥府の住人』と呼ばれる者だけが住んでいる。
〈冥府の大地〉の中心にある、エレーボス城。
その城の主こそ、この〈冥府の大地〉を作り、『冥府の住人』の盟主となった冥王ヘイデスである。
エレーボス城の玉座の間にルセネールとアヘロンタスは転移してきた。
「お帰りなさいー! 王妃!」
「姫様、お帰りなさいませっ!」
「おおー! 王妃ー! よくぞ、お戻りに……」
玉座の間には100人近くの『冥府の住人』が集まっていて、皆がルセネール帰還に喜びの声を上げる。
ーこ、こんなにも喜んでくれるんだ!?
初めて会った人達ばっかりなのに全然そんな気がしない懐かしい風景…。
このお城もすごく落ち着く感じがする…。
ルセネールは玉座の隣から住人の皆を見下ろし、軽く手を振る。
それと同時にキャーッと悲鳴にも似た歓声が聞こえる。
パンッ!
アヘロンタスが手を打つと、皆が静まりかえる。
「皆の者、ヘイデス様のお声だ」
玉座の間にいる全員が、玉座に向かって跪いた。
ルセネールも同じように跪く。
広間の少し高い位置にある玉座の後ろに大きく、冥王ヘイデスの顔が写し出された。
「皆の者。面を上げるがよい」
ーこの人が冥王ヘイデス……。私の…。
初めて見るのに、懐かしい感覚がする…。
すごく威厳に満ちて、威圧感があるのに…。
本当に私はこの人の妃なんだ…。
「今宵、とうとう我が妃、ルセネールが発現し、このエレーボス城に帰還した。皆の者。ルセネールを歓迎して欲しい」
広間に割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。
アヘロンタスがすっと手を上げると、また広間が静まり返る。
「どうだ? ルセネール。まだ記憶は戻っておらんか?」
「はい。『冥府の住人』としての力は戻ってきておりますが、記憶の方は全く…」
「そうか。なら仕方ない。時間ならある。記憶が戻らぬなら、また新しい記憶をこの〈冥府の大地〉で作って行けば良い」
「はい。ありがとうございます」
「時にアヘロンタス。帝国周辺の動きはどうか?」
「はい。やはりジルド=オール帝国はかなり領土拡大を進めているようです。更に巨大空挺艦の建造、空挺艦隊の設立と武力強化が着実に進められています」
「なるほど…。〈冥府の大地〉に侵攻してくる可能性がますます高まったな…」
「私もそのように推測いたします」
「我が『冥府の住人』達よ! 今、聞いた通りだ! 我らの土地を脅かす武力を携えた愚者どもが海の向こうにいる。もし奴等がその海を越えてこようとするならば、奴等を全員、海に叩き落としてやれ!」
「「「おぉー!」」」
怒号のような轟音が広間に轟いた。
「ルセネール。エレーボス城を頼むぞ。アヘロンタス。後で〈
「はっ。仰せのままに」
◇ ◇
玉座の間から住人達がいなくなり、玉座の間にはルセネール、アヘロンタスの他に6人の男女が残っていた。
再び写し出された冥王ヘイデスがルセネールに話しかける。
「ルセネール。私は今、訳あって冥界から動けぬ。よってそのエレーボス城の守護はそこにいる、アヘロンタス率いる〈冥鋭護代〉に任せている」
ルセネールは振り返り、広間に跪く男女に話し出す。
「初めまして、〈冥鋭護代〉の皆さん。改めましてよろしくお願いします」
跪いたまま、6人の〈冥鋭護代〉が順番に名乗り、ルセネールに挨拶をしていく。
全員の挨拶が終わったところで、ヘイデスが再び話し出す。
「うむ。それでは皆、エレーボス城とルセネールの守護を頼んだぞ。それと指揮は今まで通り、しばらくはアヘロンタスに取らせるが、絶対の決定権はルセネールに与える。ルセネールが好きなように動いても構わん。良いな?」
「「仰せのままに。冥王様」」
「それでは後はアヘロ…」
「すみません! 冥王様! ウチ…私の王妃への挨拶が終わってません」
冥王の横に誰か女性がいるようだ。
その女性が冥王の話を遮った。
「お、そうだったな。すまん、レーテーリ。第五席のレーテーリは冥界で任務に当たってもらっている」
冥王の画面に割り込むように、レーテーリと呼ばれた女性が写り込む。
「こんなところから、すんません。王妃。第五席のレーテーリです! よろしゅうお願いいたします」
「ふふっ、よろしく。レーテーリ」
「へへえ~。やっぱり王妃は綺麗ですな~」
「レーテーリ! 冥王様の御前であるぞっ!」
「ええ~。ウチ、ホンマの事言うただけやのに~」
「アヘロンタス、構わん。今日の私はルセネールに久々に逢えて機嫌が良い」
「申し訳ございません。冥王様。私の指導が至らぬばかりに…」
「そんな事はないぞ。アヘロンタス。レーテーリは冥界でも実によく働いてくれておる。それでは、帝国の侵略に対する備えを任せたぞ」
「はっ! 必ず、この〈冥府の大地〉とルセネール王妃をお守り致します」
「うむ。ルセネールも頼んだぞ」
「はい。全力を持って、侵略する輩を潰す事をお約束致します」
ヘイデスは2人のその返事を聞くと、映像が消えていった。
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