第5話 勇者は聖女に恋をする

 神託開示から聖女と勇者の共闘という怒涛の展開を経たのち。

 与えられた控え室に戻ったテオバルドは、一人窓際に立ち尽くす。


「よう、今から対策でも考えてんのか?」


 気軽な声で肩を叩いてくるのは従者であるケニスだ。

 筋骨隆々の荒くれ者に見えるが、貴族を主体とする勇者を支えるだけの器量があった。

 辺りに監視の目はなく、防音の魔道具も機能している。

 それでも王城という場で警戒を怠るべきではなく、あえて小さく口を開いた。

 

「俺のロティが可愛すぎる」


 幼馴染みだけに許された愛称での睦言なのだが、大真面目な顔では不釣り合いだ。

 ケニスもそう思ったらしく、ため息をつきながら赤い髪をバリバリと掻きむしった。


「まーたそれか。そーだな可愛かったなー」


「俺のロティに懸想するな」


 本人は空返事のつもりでも許すつもりはない。

 シャーロットへ向けた不埒な言葉に殺意を向けることは当然だった。


「あーっ! まーオレは後ろにいた侍女ちゃんのが好みかなー?

 近衛に囲まれながら暗器出そうとするなんて根性座って……」


「俺のロティが劣るというか」


「どうすりゃいーんだよ」


 勇者であるテオバルドの怒気に対し、軽口を返せるのはケニスくらいだろう。

 数少ない気を許せる相手に対し、多少は妥協すべきなのだろうか。

 ……いや、許せない。

 瞬時に結論づけたテオバルドは、むっすりと眉を寄せたままだ。


「お前さー、どんだけ初恋こじらせてんの」


「こじらせてなどいない」


「朝晩毎日聖女様の絵姿見てるくせに。

 教会の会報持ってきてやってんのは誰だと思ってんだ」


「感謝はしている」


 活動の本拠地である貴族の屋敷では、聖女の話など御法度だ。

 もちろん関係物を手に入れることも困難で、戦士として身軽なケニスが収集していた。

 しかし、これからは顔を合わせることもできるはず。

 そうなれば絵姿など不要かとも考えたが、シャーロットに関係するものを拒む必要はない。

 民衆がシャーロットをどう敬愛しているかを知るということも必要だ。

 決して怠ってはいけない情報収集だろう。

 とはいえ、間違っている情報が多いのも事実だ。

 シャーロットが好きな花は百合ではなく苺だ。

 春先に野原で見つけては場所を覚え、実がなるのを毎日楽しみにしていた。


「にしても、あの指輪はもらっといてもよかったんじゃねーの?

 結構いいもんだろーし、お前と聖女様なら呪いなんかも受けないだろーし」


 王族側の強引さや事態の深刻さからいって、意識操作の呪いがかかっている可能性は高い。

 とはいえ、王族が手配してものならば最上級品だろう。

 だというのに、テオバルドは当然とばかりに首を振った。


「誰が作ったとも分からない粗悪品を渡せるものか。

 ロティにはオリハルコンで作った最上級の指輪を……」


「そんなん伝説装備レジェンドアイテムじゃねーか」


 それのどこがおかしいのかという思考すら規格外だ。

 十歳の時から勇者として生きたテオバルドは、一般庶民の感覚を掴む機会をあまり得られていない。

 呆れた様子のケニスはどっかりと椅子に座り、剣ダコの浮く手をひらひら振った。


「てーか、流れに任せて結婚すんのもありだったんじゃねーの?」


「ないな。俺とロティの子どもを世界樹の種などにさせてたまるか」


「あーそーね、お前の中で結婚すんのは確定事項なんだよなー……」


 シャーロットは気持ちの伴わない婚姻に案じていたが、テオバルドはさらにその先を行っていた。

 気が早すぎると一蹴するには状況が許さないだろう。

 世界樹の種とされた子どもの行く末など、ろくなものではないからだ。

 人としてではなく世界樹として扱われるなど、テオバルドでなくとも受け入れることはないだろう。


「そんなら手と手を取り合っての逃避行ーってのは?」


「世界が滅びればロティが悲しむ。

 それに……力を付ける機会を与えてくれたことには、恩義を感じているからな」


 勇者として力を上げ、魔物を倒し、平和を守る。

 過酷にも思われる生き様だが、テオバルドにはそうするに足る理由があった。

 夜の森で野犬に襲われた時、シャーロットを守り切ることができなかったからだ。

 突如放たれた七色の光は野犬を退けたものの、できたことはそれだけだ。

 光を見つけた大人たちが駆けつけるまで、何もすることができなかった。

 大人たちは震えることなく武器を構え、シャーロットを軽々と抱え上げていた。

 十歳の子どもだから、という理由で納得できるはずがない。

 ロティを守る力が欲しい。

 ただそのために強引な勇者認定を受け入れ、貴族の屋敷へと赴いたのだ。

 勇者を擁する貴族は、義務の代わりに多大な援助をしてくれている。

 最上級の剣の師を招いてくれたし、多くの魔物討伐に参加させてくれた。

 今や力も資産も個人のものとして得ているが、ここまで来られたのは支えがあったからこそだ。

 とはいえ、シャーロットが敵対している教会に聖女認定されてしまったのはあまりにも想定外のことだったが。


「ロティが聖女であっても、俺の行動は変わらない」


 シャーロットの平和のために、ついでに世界を平和にする。

 勇者に憧れ応援する人々は膨大な数だが、この利己的にもほどがある思考を知る者はいないだろう。

 勇者に憧れ応援する人々を裏切ることになるが、テオバルドにとっては変える必要のない当たり前の目的だった。

 これからは間接的にではなく、堂々とシャーロットを守ることができる。

 この国の最高権力者を頷かせてつかみ取った立場は、テオバルドの気持ちを浮き足立たせるのに十分だった。


「旅に出る前にロティの旅装を整えなければ。

 聖竜王の鱗で軽鎧を作ろうか。いや、ロティは華奢だから天聖狼のローブのほうが……」


「待て待て、教会さんがそんなん許すか!

 聖女様を硬くするよりお前の装備を調えて盾になればいーだろ」


「お前……冴えてるな。ただの脳筋じゃなかったのか」


「お前は聖女様のことになると大概馬鹿になるよな?」


 感心と呆れの視線が交差し、互いにふっと息を吐く。

 勇者とはいえまだ十八歳の若者だ。

 平和の象徴という立場を下りれば、年相応の幼さは残っていた。


「それにしても……聖衣もいいが今日のドレスはよく似合っていたな。

 いや、ロティは何を着ても可愛いが」


「国王の趣味なんじゃねー?」


「……前言撤回だ。あの赤鼻のドワーフごときがロティの何を理解できる。

 ロティの生まれ持った純真さを引き立てる極上のドレスを俺が選び出そう」


「いつも思うが、オレに聞かして楽しいか?」


「ただの歴とした事実だ。清らかな銀髪には何色の花が似合うだろうか。

 いや、ロティはすべての色が似合うな」


 蜂蜜のように甘い言葉だが、聞いているのは筋骨隆々の男だけだ。

 これから始まるであろう長い旅路の中で、本人に囁く機会はあるのだろうか。

 世界の平和と初恋の成就。

 どちらが先に達成されるかはまだ、神すらも知らない。

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聖女と勇者は契らない 雪之 @yukinobu

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