第17話 鏡前 ショックで震える ポメもどき

 大きな鏡に両手(あ、前足だった)をつき、自分の顔と体を交互こうごに見つめていたポメラニアンもどきは、


「何だこりゃ……。こ……これが俺様だってのか?……嘘だろ、マジかよ? 冗談キッツイぜ」


 プルプルと震えながら、そんなようなことをつぶやいた。

 セリフのある部分に引っ掛かった私は、不思議に思って首をかしげる。



(『これが俺様だってのか?』、って……。自分の姿、今まで一度も見たことがなかったのかしら?……そー言えば、動画投稿サイトでも時々見かけたわね。鏡に映った自分の姿に驚いたり、まじまじと見つめたり、威嚇いかくしたりしてる猫とか犬とかの動画。今まさに、そんな状態におちいってるってこと?)



 想像していた自分と、あまりにもかけ離れすぎていたのだとしたら、そりゃあショックだっただろう。

 ほんの少しだけだけど、気の毒に思い始めていたら、ポメ(面倒なので、そう呼ぶことにした)は突然振り返り、


「おいッ、これはどーゆーことだ⁉ どーして俺様が、こんな弱っちれー下等動物になっちまってんだよ⁉ てめえ、何かしたのか⁉」


 相変わらず、見た目のイメージとは180度違う、ぞんざいな言葉でがなり立ててきた。



 ……はあ?


 自分が思い描いてた姿と、違ってたんだかどーだかしらないけど。

 いきなり、妙なイチャモンつけてこないでよね!


 だいたい、私が使おうとしてた魔法は〝召喚魔法〟なんだから!

 初対面の〝可愛いけど口が悪くて態度のデカいポメもどきの姿を変える魔法〟なんて、使うはずないでしょ!(魔法自体未経験だしね!)


 ――ったく。

 せっかくこれから、〝可愛くって従順で優秀な、癒し系のモフモフ使い魔〟を呼び出そうとしてたのに!

 いきなり現れて、人の計画ぶち壊したのは、そっちの方じゃない!


 あーーーっ、もう!

 頭にくるーーーーーッ!!



 堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れて、私はすっくと立ちあがり、肩幅より少し広めに足を開いて、腕を組んだ。

 ポメを睨み据え、


「何かしたって何よ⁉ 私に責任押しつける気⁉――ジョーッダンじゃないわ!! いきなり勝手に現れて、私の計画を台無しにしてくれたのはそっちでしょ⁉ さっきから訳のわからないことばっかり言って、いー加減にしてよね!! 怒りたいのはこっちの方よッ!!」


 今までのお返しとばかりに言い返す。

 ポメは、ギョッとしたように数センチ飛び上がった後、再びプルプルプルプル震え出した。



 ……もしも今、他の誰かに、この場面を目撃されていたとしたら。


 きっと、非力でか弱い小動物を、私がイジメているように思えただろう。

 それくらい、プルプル震えているポメは頼りなく見えたし、可愛さったらハンパなかった。


 私だって、あの性格とガラの悪ささえ知らなければ、走り寄って持ち上げて、ついでにギュッと抱き締めて、スリスリスリスリ、頬ずりしてたに違いない。


 でも、騙されてはダメだ。


 どんなに反則級に可愛かろうが、中身は

 口が悪くて態度がデカい、ミニチュアのポメラニアンもどき。


 どんなに震えていようとも、どんなにか弱く見えようとも、なのだ。

 遠慮する必要なんかない。



 それに、プルプル震えているのだって、私が怖いからじゃないだろう。

 ただ単に、言い返されたからって、悔しがっているだけだ。



(あ~……。それにしても、もったいない。口さえ利かなきゃ、ただの可愛いミニチュアポメラニアンなのに。……っと、翼が生えてる時点で、〝ただの〟ではないか。……あ~、でもほんっと、マジでもったいないぃ~~~~~)



 ポメと対峙たいじしながらも、私は未練タラタラだった。


 見た目は百パーセント合格なのに。

 あの中身さえ直すことが出来れば、すぐさま『使い魔ゲッチュー!』で、めでたしめでたしなのに。



 それに、彼(……でいいのよね?)は否定していたけど、空中に浮かび上がった魔法陣から出てきたんだから、使い魔で間違いないと思うのよね。

 ただ、自覚がないだけなのよ。姿見て、ショック受けてるくらいだもの。



 とにかく。


 何かの間違いだろーが何だろーが、わざわざ魔法使うことなく、使い魔が出て来てくれたのだ。

 あの中身にさえ目をつむれば、棚ボタであることは間違いない。



 そうだわ。……うん、そうよ!

 この際、ちょっと(でもないけど)の欠点には目をつむって、あのポメを、使い魔としてスカウトすることにしよう!

 新たに召喚するのも、メンドクサイしね!


 たった一日勉強したところで、魔法が使えるようになるとは思えないし。

 明日エリオットの家に行って、丁寧ていねいに教えてもらえたとしても、召喚が成功するとも限らない。


 なら、目の前の棚ボタ!


 楽して手に入るお宝なんて、滅多めったにないもの!

 これを逃す手はないわよね!



 元来がんらい、面倒くさがりな性格の私だ。

 努力しても、手に入れられるかどうかわからないものよりも、楽して手に入るものの方を選択するのは、当然の結果だった。


 私はニヤァ……という、不気味な笑みを浮かべると。

 両手を前に出し、捕獲するためのポーズをとって、じりじり……じりじり、まだプルプルしているポメの方へと、近付いて行った。

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