第18話 追い詰めた ポメの捕獲は 大成功

 私が不気味な笑みを浮かべ、ちょっとずつ近付いて来るのが、よほど恐ろしかったのか。

 固まってプルプル震えていただけのポメは、金縛かなしばりが解けたかのように、思いきり飛びすさった。


「なっ、何だてめえ⁉ ニヤニヤ笑ってこっち来てんじゃねーぞコラァッ⁉ 気味ワリィだろーがッ‼」


「フッフッフ。……まあまあ、そんなに怖がらなくてもいーじゃない。仲良くしましょうよぉ~~~」


「だだ――っ、だっ、誰がてめえみてーなクソガキ怖がるかーーーッ! ナメてんじゃねーぞッ、やんのかオラァーーーッ⁉」


 口ではそう言いつつ、ポメは少しずつ後退して行く。


 彼の後方にあるのは、部屋の四方を囲むように並べられた、埋め込み式の巨大な本棚だ。

 行き止まりだとわかっている私は、余裕の笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした速度で、足を交互に出し続けた。(考えてみたらこの格好、ちょっとゾンビみたいよね)


「来るなッ!! 来るなっつってんだろ、このガ――っ?」



 ……追い詰めた!



 ポメの体が本棚にポスっと当たり、彼が確認のために振り返ったところで、私は一気に距離を詰め、両手でひょいっと抱き上げた。


「な――っ!?」


「ヒャハハハッ。やったあ! 捕獲ほかく成功ーーーっ!」


 ビックリして目を見張るポメを、目の高さまで持って行く。

 視線を合わせた後、私はギュッと彼を抱き締め、思う存分頬ずりしまくった。


「ギャッ!――っちょ、やめ…っ! やめろ触んなッ!!……放せっ!! 放せ――っ、つってんだろコラァッ!!」


 ポメは命令口調でわめき立て、もぞもぞと体を動かしている。

 背中の黒い小さな翼も、パタパタとせわしなく羽ばたいていたけれど、微風が髪をなびかせる程度。私から逃れられるだけの威力は、残念ながら、持ち合わせていないようだった。


「んっふっふ。ムダよ、ムダムダ。私から逃れるすべなんて、あんたにはありはしないの。だから、この際大人しく――」


 再びポメを抱き上げ、目の高さまで持って行った私は、ニッコリ笑ってこう告げた。


「大人しく、私の使い魔になっちゃいなさい!」


 呆気あっけに取られているのか、ポメは口をポカンと開けて固まっていた。

 しばらくしてから、ハッとしたように、何度か目をパチパチさせると。


「だっ、な――っ、何言ってんだてめえ⁉ 俺様は、使い魔なんかじゃねーっつってんだろーが! 何度言わせりゃわかんだ⁉ そのちっこい頭ん中はカラッポか!? 脳ミソ入ってねーのかッ⁉」


「入ってると思うわよ? 自分の頭の中なんて、見てみたことないから、わかんないけど」


「な――っ!……な、な……っ、な~~~……っ」


 ケロリとした顔で言い返されたからだろうか。

 ポメは絶句し、またも体をプルプルと震わせ始めた。


 彼の様子をものともせず、ポフッと胸元に抱き寄せる。


「はぁ~~~。やっぱモフモフぅ~~~。動物は、こうでなくちゃねぇ~~~。黒いコウモリみたいな翼は、抱き締める時邪魔だし、不釣り合いだけど……ギリ許せるから、まあいっか」


 ふっわふわ、もっふもふの体に顔をうずめて、私は小動物の癒し効果を、存分に堪能たんのうした。


「何が『まあいっか』だっ、こっちは全然よくねーぞっ⁉ 勝手に使い魔にするとか言ってんじゃねー!! 殺されてーのかコラァッ⁉」


 胸元でバタバタ暴れながら、ポメは相変わらず、ヤ〇ザやヤンキーみたいな言葉を吐き出していて、さすがにウンザリした。



(多少の欠点には、目をつむろうと思ったけど……。やっぱ、そぐわないのよねー。可愛い見た目に、物騒なセリフは。……う~ん。何とかならないものかしら?)



 私はポメをじっと見つめ、


「心の中では、何を言おうと自由だけど……。私の前だけでも、汚い口調を改めようって気はないの?」


 単刀直入に訊いてみる。

 ポメはプイッと横を向き、『改める気なんざあるワケねーだろっ』と、けんもほろろに吐き捨てた。


「何よその態度? 少しは考えてくれたっていーじゃない! 私はあんたのご主人様になるのよ?」


「ハッ! てめえが俺様のご主人様になるだぁ?――誰が認めるかってんだ! 勝手言ってんじゃねーぞ、このクソガキっ!」



 ……むぅぅ。

 ホント、取り付く島もないわね。



 不満げに口をとがらせる私を、チラッと横目でうかがいつつ、


「だいたいなぁ、使い魔になれとか言ってるが、俺様とてめえは、まだ契約すらしてねーだろーが。何の契約もなしに、魔物や精霊のたぐいが、大人しく言うこと聞くワケねーだろ。そんなことも知らねーのか?」


 勝ち誇ったように言い放つポメを、私はきょとんと見返した。


「契約?……そー言えば……エリオットからは、召喚方法を、ちらっと教えてもらっただけだったっけ。詳しいことは、明日教えてくれることになってるし……」


「ハハハハハッ! なーんだ。ガキのクセに、もう魔法を使えんのかと思ったら、まだ見習いですらねーのかよ? こりゃーケッサクだ! ハハハハハハハハッ!」


 バカにしたように大笑いされ、私はムッとしてポメを睨んだ。


「ちょっと、そんなに笑うことないでしょ⁉ こっちは、魔法について調べる気満々だったのよ? なのに、魔法書開いたとたんに魔法陣が浮かび上がって、あんたが勝手に現れたから、読む暇すらなくなっちゃったんじゃない!」


「――っ!」


 ポメはピクリと反応し、


「……何? 『魔法陣が浮かび上がって』? 俺様が『勝手に現れた』――だと?」


 急に声を落として、真剣な様子で訊ねる。

 ためらいつつも、私が無言でうなずくと。


「魔法陣が勝手に――なんて、聞いたことねえぞ。しかも、呪文すら唱えてねえってのか?」


 重ねての質問に、もう一度うなずく。


「……どーゆーことだ? この俺様でも知らねえ召喚方法が、あるってーのか?……いや。やっぱ信じらんねーな……」


「嘘じゃないわよ⁉ 私、この目でちゃーんと見たんだから!」


 子供の姿だからって、嘘つきだと思われたら堪らない。

 私はキッパリ言い切って、口をへの字に結んだ。


「べつに、てめえが嘘言ってるとは思ってねーよ。……こんな異例な召喚方法、ガキが思い付いたとしたら、そっちの方が驚きだしな」


 何やら深刻な顔つき(動物なのに、表情がちゃんと伝わるってのが不思議だけど)で、ポメは押し黙ってしまった。



 大人しくなってくれたのはありがたい。

 ……けど、あの召喚魔法が、そんなに珍しいものだったなんて。



 魔法についての知識が、ほとんどない私には、何がそんなに珍しいのか、さっぱりわからなかったけど。



 あの騒々しいポメですら、深刻な顔で黙り込んじゃうんだもの。

 きっと、よほどのことなんだわ。


 魔法に詳しそうなエリオットなら、少しはわかるのかしら?

 


 まるっきり人ごとかのごとく、お気楽に考えながら。

 私は明日のお出かけを、楽しみに思い始めていた。

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