第16話 使い魔は 見た目最高 口最悪

 落ちてきた〝真っ白でまんまるな物体〟から、とっさに身をかわした私は、絨毯じゅうたんの上にうつぶせに倒れ込んだ。


 〝真っ白でまんまるな物体〟の方は、『ギャッ!!』と悲鳴(?)を上げ、一拍いっぱく置いてから『ギャン!!』と鳴き、最後に『グェッ』とうめき声を上げた。


 妙な声が三連続で聞こえた訳が知りたくて、私は素早く体を起こし、うめき声がした方を見やった。

 視線の先では、〝真っ白でまんまるな物体〟が、やはりうつぶせで倒れていて……。



(ん?……何、あれ?)



 倒れている〝真っ白でまんまるな物体〟の背中には、黒いコウモリの翼みたいなものが生えていた。(落ちてきた時には、全く気付かなかったけど)

 ああいうのが生えていて、魔法陣の中心辺りに出現したことを考えると、やはり、使い魔なのだろうか?



 ……でも、おかしい。


 使い魔だとしても、私はまだ、召喚すらしていない。

 魔法陣だって、書いてもいなかったのに……。



 ――っと、いけない!

 考えるのは後回しにして、まずはあの子を助けなきゃ!



「そこの白いの!……ねえ、ちょっと大丈夫⁉」


 慌てて駆け寄り、〝真っ白でまんまるな物体〟を助け起こす。

 その顔を真正面から見たとたん、私はハッと息をのんだ。



(え……嘘……。まさか……。まさかこの子って……!)



 白くてふわふわな毛並み。まんまるなフォルム。

 黒い翼だけが異様ではあるけど、この子の見た目って、まるで……まるであの……。



「ポメ! ポメだわ! 犬のポメラニアン!」



 そーだ、そうそう! ポメラニアンだ!

 毛をまーるくトリミングされた、真っ白な毛色のポメラニアンにそっくり!


 体全体、両手の上に載せてしまえるほど小さいけど。

 黒い翼が、生えてはいるけれど。


 間違いない。見た目の印象は、ポメラニアン以外の何物でもなかった。



「ねえ、あなたポメなの⁉ それとも使い魔⁉ 使い魔なんだったら、どーして召喚すらしてないうちに現れたの⁉ もしかして、何かの事故⁉ それとも失敗⁉ イレギュラー⁉」


 警戒しつつ、両手の中のポメラニアンらしき生き物に、矢継やつばやに訊ねると、その生き物は気絶状態から目覚め、可愛らしい両目をパチパチとまたたかせた。

 それから『はあ?』と言うような顔つきになり、


「てめえ、さっきからピーピーピーピーうっせえぞ? この俺様に、馴れ馴れしい口叩きやがって。いったいぜんたい、俺様を誰だと思ってんだ?」


 可愛い見た目からはあまりイメージできないような、少し低めの、まあまあカッコイイ声を発した。


 その上『俺様』って。

 使い魔(たぶん)のクセに、人間様に向かって、ずいぶん偉そうな口を利くじゃない?



「誰も何も……。あんた、使い魔なんでしょ? どっからどー見ても、ポメラニアンにしか見えないけど……。一応、魔法陣から現れたんだし」


 内心ムッとしつつ、『あなた』から『あんた』に言い換える。(丁寧ていねいに接するに値しない子だと判断したから)

 使い魔らしき動物は、更に『はああ?』という顔つきになって、


「てめえ……ざっけんな! 俺様を使い魔ごときと一緒くたにしやがって! 弱っちれー人間のガキ風情ふぜいが、あんまなま言ってっとぶっ殺すぞ⁉」



 …………ええええ…………。



 ヤダヤダ。可愛いイメージからどんどん離れてくじゃない。

 せっかく可愛らしい見た目してるのに、まるでヤ〇ザだわ。


 ああ……ホントもったいないなぁ……。



 イメージダウンもはなはだしい、真っ白くてまんまるなポメラニアンもどきを前に、私は心底ガッカリしていた。

 これじゃあ、〝見た目は可愛いのに生意気〟な、ミックと大差ないじゃないか。


 見た目も中身も文句なく可愛い、素直で従順じゅうじゅんな使い魔を、召喚する気満々でいたのに。

 召喚もしてないのに勝手に現れといて、好き放題言ってくれちゃって。



 だいたい、この世界で目覚めてからというもの、さんざんなことばかりだ。

 父親は推しだし、母親は(認めたくないけど)悪役令嬢だし、婚約者はショタだし、メイドはクセ強いし。

 その上、トドメがこの……やたらガラ悪い、ポメラニアンもどきでしょ?


 ……私、マジで呪われてるのかしら?


 不幸とゆーか不運とゆーか……。

 こうも立て続けにツイてないことばかり起こると、そんな気もしてきちゃうわ。



「……ハァ」


 思わず大きなため息を漏らすと、ポメラニアンもどきはギロッと私を睨みつけ、


「おいっ、てめえ! 俺様の顔見て、何ため息なんかついてやがんだ⁉ ウスノロの人間のガキのクセに、ナメてんじゃねーぞコラァッ!!」


 聞けば聞くほどゲンナリする、口汚いセリフの数々。

 それらがこの、見れば見るほど可愛らしい、ミニチュアのポメラニアン(もどき)から発せられてるなんて。

 こうして、実際に自分の目で確かめていなければ、とうてい信じられなかっただろう。


「オラッ、てめえこのっ! 俺様の話を無視してんじゃねーッ! 何の力もねえ、ちっぽけな人間のガキのクセに……この俺様よりでけーってのが、ますますもって気に入らねー!! 特殊とくしゅなワザでも使ってんじゃねーだろーな⁉」


「……は? 特赦なワザ?」


「そーだコノヤロー! 俺様はなあ、魔界でもかなり上位の悪――っ」


 何か言い掛けていたポメラニアンもどきは、そこでいきなり言葉を切った。私の後方に目を向けたまま、口をポカンと開けて固まっている。


「……何? どーかしたの? 私の後ろに、何かあるの?」


 気になったので、体をひねって確認してみた。



 ……べつに、驚くようなものは見当たらない。

 壁に掛けてある、縦二メートルほどの大きな鏡があるだけだ。



 私は体勢を元に戻し、


「何よ? ビックリするようなものなんて、どこにもないじゃない」


 急に固まってしまった理由がわからず、困惑して訊ねる。


 ポメラニアンもどきはフリーズ解除し、両手(あ、動物なら前足か)を自分の顔に当て、数回ペシペシ叩いたりしていた。

 それから『な…っ』と小さく声を漏らし、数秒ほど固まっていたと思ったら。


「なんっ…………だコリャァアアアーーーーーーーッ⁉」


 とっさに耳をふさいでしまうほどの大声を上げ、私の両手の上から飛び降り、鏡に向かって突進して行った。

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