第15話 空腹に お茶の誘惑 でも我慢

 ヴァーベナさんがガラガラと押してきたらしいワゴンの上には、見るからに美味しそうな菓子類やサンドウィッチ、ティーセット一式が並べられていた。


(ふーん。アフタヌーンティーってワケね)


 魅力的なお誘いに、思わずよだれが出そうになった。

 慌てて唾を飲み込むと、腹の虫までぎゅるると鳴り出し、私はハッとしてお腹を押さえた。



 そー言えば、三日間眠り続けてたんだっけ。

 それだけ経ってりゃ、お腹空くに決まってるわよね。



 鼻腔びこうをくすぐるかぐわしい紅茶や、ケーキの甘い香り。

 回れ右して部屋に戻り、それらを堪能たんのうしたかったけど、優雅にお茶なんてしてる場合じゃない。


 ヴァーベナさんに手短に事情を説明し、近くに図書館か本屋はないかと訊ねると、『ああ、それでしたら』と、この屋敷の書庫がある場所を教えてくれた。


 私はお礼を言った後、ワゴン上のお皿から一口大のサンドウィッチをつまみ上げ、ポイっと口中に放り込む。

 それを見たヴァーベナさんは、


「まあ! フローレッタ様ったら」


 呆れたような声を発した後、眉根を寄せつつ、『はしたないですよ』と、小声で注意して来た。

 それをかーるく聞き流した私は、『じゃ、夕食までには戻るから』と言い置いて、書庫目指して駆け出そうとしたんだけど。


「フローレッタ!」


 突然後方から声を掛けられ、ギョッとして振り向く。

 目線の先には、深刻な顔で、何か言いたそうにこちらをじっと見つめる、ベリンダの姿があった。



(――げっ)



 嫌な女に見つかってしまったと、私はげんなりして視線をそらす。

 一歩足を出し、こちらに向かって歩いてこようとする、ベリンダの気配を感じた瞬間。


「私、急ぐからっ!」


 彼女に背を向け、再び書庫目指して走り出した。


 ベリンダは、慌てて私を呼び止めようとしたけど、無視、無視、無視!

 わざと耳に入っていないふりをして、私は彼女から完全に逃げたのだった。 




「うん。ここが書庫で間違いないわね」


 大きなドアの前に立ち、私はコクリとうなずいた。


 さすが、貴族様のお屋敷だ。

 場所は聞いて来ていたものの、屋敷の部屋数が多すぎて、書庫を見つけるまで数分は掛かってしまった。


 重厚そうな書庫のドアを、全体重を掛けるようにして押し開ける。(大きくてガッシリめのドアは、大人の三分の二以下サイズの幼女には、開けるのも一苦労なのだ)

 書庫内は結構広々としていて、市の図書館ほどではないにしても、中学校や高校の図書室以上はありそうだった。


「え~……っと、魔法書、魔法書ぉ~……っと」


 本棚と本棚の間を、キョロキョロしながら探し回る。

 書庫の壁には、一メートル置きくらいの間隔でランプが灯されていた。

 ランプの灯りは頼りなく、薄暗くはあったけど、本のタイトルは充分確認できる。


「へー。日本語のタイトルなんてひとつもないのに、何故か読めるわー。……ん? でも、読めない部分もあるな。……そっか。きっと読めないとこがあったりするのは、私が今、幼児になってるからよね。習ったとこしか読めない、って感じなんだわ。たぶん」


 ふむふむとうなずき、この世界(夢)の仕組みと言うか、設定を理解する。



 …………あれ?


 ……ってことは、魔法書を見つけても、内容が理解できない可能性もある……のか?



 えーーーッ⁉

 じゃあヤバいじゃん!

 魔法陣に書く文字とかも、どこにどう書けばいいかとか、わからないかもしれないじゃん!


 嘘でしょー?

 ここまで来て、そりゃないよー。

 無駄足とかって、もう……勘弁シテクダサイヨーーー。



 ――なんて、思い始めていた時だった。

 心細くて、泣きたくなってきていた私の目に、その本は唐突に飛び込んできた。


 とても古そうで、背表紙がはがれ掛けている、分厚い魔法書。

 タイトルは全く読めない。だから当然、何について書かれている本かもわからない。


 ――にもかかわらず。

 何故かハッキリと、それは魔法書だと確信できた。



 私は何かに導かれるように、その魔法書へと手を伸ばす。

 背表紙に手を掛け、ヨイショと引き出して床の上に置くと、真ん中辺りのページを開く。

 そのページには、見開きいっぱい、中心にドドーンと、魔法陣が描かれていた。


「魔法陣……って、これでいーのかな? それともやっぱり、使い魔召喚するための、専用の魔法陣ってのがあったりするのかな?」


 エリオットが教えてくれたのは、〝基本的な魔法陣の書き方〟だったけど。

 基本と言うからには、それ以外の魔法陣もある……ってことだと思う。


 でも、『使い魔を召喚するための魔法陣を教えて』って、エリオットには頼んだんだから。

 基本の魔法陣とやらが、使い魔召喚するための魔法陣って思っていいはず……よね?


「これって、基本の魔法陣?」


 見開きの魔法陣は、エリオットが教えてくれたものとは、完全に違っていた。

 エリオットが口頭で教えてくれた魔法陣には、一筆書きの星形が中央に……って話だったけど、この魔法陣には星形が書かれていない。その上、円形じゃなくて三角形だ。


「……うん。違うな、たぶん。これじゃない。……えーっと、他のページになら、基本の魔法陣が載って――」


 つぶやきながら、次のページをめくろうとした時、三角形の魔法陣に、私の手が僅かに触れた。

 すると、魔法書が強烈な光を放ち、三角形の魔法陣が、ホログラムのように本から飛び出してきた。


「えっ⁉――な、何これ⁉」


 驚いて、床にお尻を付けた状態のまま後ずさる。


 ホログラムのように飛び出した魔法陣は、本から離れ、私の頭上まで移動してきた。

 そして、ちょうど私の真上――頭から一メートルほど離れたところで、小さな稲妻のような発光体を発生させ、ビリリッ、バリバリッ、ビシッと、しばらく大きな音を立てていたんだけど……。



 ドッシャーーーーーンッッッ!!



 耳をつんざく、雷が落ちたかのような爆音。一拍置いて、今度はポンっという小さな音と共に、真っ白でまんまるな物体が出現した。

 その真っ白でまんまるな物体は、


「へっ?――わ、ぎゃぁああーーーーーッ!!」


 という悲鳴を上げながら、私の頭上めがけて落下してきた。

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