第10話 お騒がせ メイドひとまず 退場す

「まーたアンタなのかい、ヴァーベナ!? 仕事ほっぽり出して、お嬢様のお部屋で何やってんだい!? 他の子らが、ブーブー文句言ってたよ? 余計な仕事押し付けられたってさ!」


 仁王立におうだちした大柄の女性は、大声でヴァーベナさんを叱り、ギロリと睨みつけた。

 ヴァーベナさんは、拳骨げんこつを食らった頭を両手でナデナデしつつ、涙目で大柄の女性を見上げる。


「う……うぅ~……。酷いですよドナさ~ん。急に殴るなんて、あんまりじゃないですか~」


 ドナと呼ばれた女性は、目を吊り上げたままフンと鼻を鳴らし、ヴァーベナさんの後ろえりをムンズとつかむと。


「自分の役目ほっぽり出してる、アンタが悪いんだろ!?――ほらっ、行くよ! まだまだ仕事は残ってんだからね!」


「ええ~~~っ? でもっ、私には、フローレッタ様のお世話をするという、大切なお役目がぁ~……」


「お嬢様のお世話は夜からでいいって、ついさっき、旦那様だんなさまからお達しがあっただろ!? 『目覚めたばかりで、記憶の混乱が生じているようだ。夕食の時間まで、一人にさせてあげてほしい』ってさ! それなのにアンタときたら……!」


「うわ~~~んっ。だって、だってぇ~……」


「『だって』じゃない! お嬢様だって、アンタみたいに騒々そうぞうしい子が側にベッタリ張り付いてたら、お気が休まらないよ! 少しは考えて行動しな!」



 しばらくの間、ドナさんに後ろ襟を引っ張られながらも、ヴァーベナさんは『私はフローレッタ様のお側に』と主張し、抵抗し続けていたのだけれど……。

 結局、ドナさんの腕力には敵わなかったらしい。『フローレッタ様』を連呼しながら、何処かへと連れ去られて行った。




「な……何だったのかしら、あの人達?」


 彼女らが出て行ったドアを見つめ、しばらく固まっていた私は、遠ざかって行く声が完全に聞こえなくなった後、ポツリとつぶやいた。



 まあ、『役目』とか『仕事』とかって言ってたし。

 二人ともメイド服っぽいの着てたんだから、この家の使用人ってことで、間違いないんだろうけど。



 でも、貴族のお屋敷って、おごそかってゆーかお上品ってゆーか……もっと落ち着いた感じだろうと思ってたのに。

 まだ幼女とは言え、身分が上の人間の前で、使用人同士があんなに激しく言い合ったりできるなんて。


 もしかして、意外とフランクな人間関係、築いてたりするのかしら? この家の人達って?


 だとしたら、変に緊張しなくて済みそうよね。

 あ~、よかった。堅苦しいの大の苦手だから、助かるわぁ~。



 クローゼットルームから、ベッドの置いてある部屋に戻ると、私は近くにあった大きめのソファに腰を下ろした。


 ……うん。なかなか座り心地の良いソファだ。

 クッション材が柔らか過ぎないから、長時間座っていても疲れにくそう。


 木枠も、黒っぽくてツヤのあるチョコレート色。きっと、高級な木材に違いない。

 脚も、いかにも〝姫系家具〟って感じの猫脚(内側にゆるくカーブしているデザイン)だ。


 布地は、落ち着いたピンクベージュに、ワインレッドの繊細な花柄。

 これが、どぎつい派手めのピンクや、パステルピンクだったりしたら、げんなりしてるとこだったけど。

 落ち着いた感じのピンクでよかった。この程度なら、まだ許容できる範囲だ。


 ソファの前に置かれてるテーブルも、チェストやデスク、ベッドのサイドテーブルなんかも、上品でクラシカルなイメージで統一されている。

 ロリータファッション愛好家の人達なら、喜々ききとして、そこら中で撮影しまくってるんだろうなぁ。


 あ。

 でも、そもそもこの世界、写真なんかはあるんだっけ?

 スマホやパソコンがない世界ってのは、覚えてるんだけど……。


 そー言えば、自動車ってあったんだっけ? 馬車とか使ってたりしないでしょーね?

 あのゲーム(【清く華麗に恋せよ乙女!】)は、学園が舞台だったから……外の世界の描写って、ほとんどなかったんじゃないかな?


 デートイベントとかでも、乗り物に乗ってるシーンは、出て来なかった気がするしな……う~ん……どーだったっけ? 思い出せない……。


 ……でも、この世界での移動手段が、もしも馬車だったりしたら……当然、飛行機も電車もバスもないってことよね?


 う、わー。不便だわー。

 これが夢じゃなかったら、絶望してるところだった。


 推しが父親、悪役令嬢が母親ってだけでも、充分『勘弁してよ』って状況なのに。

 その上、暮らしてかなきゃいけない世界が、不便極まりないことだらけだったりしたら、もう、どこに希望を見出せばいいかわからないじゃない?



 ……う~ん……。


 なーんかいろいろ考えてたら、めんどくさくなってきちゃったな。

 さっさと目覚めて、普段通りの生活に戻りたいわ。


 ウィルが父親ってことなら、この先、特に期待できるような展開も待ち受けてなさそうだし。

 血が繋がってる人に恋したって、想いが受け入れてもらえるわけないし。

 万が一受け入てもらえたとしても、それはそれで、問題大アリだしね。


 とにかく、近親相姦きんしんそうかんやら背徳はいとくやらってゆー、世間から白い目で見られるような恋、私はまっぴらごめんよ!

 恋人同士は、陽の当たる道を、堂々と手を繋いで歩けるようでなきゃ。

 道ならぬ恋に身をがしたあげく、人生台無しになんてしたくないもの!!



 ――なんてことを思いながら、深くうなずいていた時だった。

 ドアをノックする音がした後、ついさっき退場して行ったはずの、ヴァーベナさんの声がした。


「フローレッタお嬢様。ご婚約者のエリオット様が、お見舞いにいらっしゃいました。お部屋にお通ししてもよろしいですか?」



(……は?……婚、約…………者?)



 言葉の意味を理解するまで、たっぷり数十秒は掛かった。


「え……えぇええーーーーーッ!? こん――っ、婚約者ぁあああーーーーーーーッ!?」


 わたしは両目を大きく見開き、部屋中どころか、廊下にまで響き渡るほどの声を上げ、ドアへと視線を走らせた。

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