第9話 刺客かと 勘違いして 頬染める

 メイドらしき人にタックルされた、その一~二分後。

 ようやく我に返った私は、素早く上体を起こすと、メイドらしき人を思い切り睨んだ。


「あ、あなた誰っ? いきなり大声上げて抱きついてきて、いったいどーゆーつもりっ? わ、わ……私を窒息死させるつもりだったワケっ!?」


 警戒しつつ、自分の体を抱き締める。

 彼女はたちまち顔面蒼白になり、首がもげるんじゃないかと心配になってしまうくらい、激しく首を横に振った。


「いいえっ! いいえいいえいいえいいえっ! そんな、滅相めっそうもないことでございますっ! わ、私はただ、嬉しくて……っ」


「はああッ!? 嬉しくて!? 嬉しくて、窒息させそうになったってゆーのっ!?」


「い、いいえ違いますっ!! そちらは不可抗力ですっ!! 嬉しかったのは、フローレッタ様がお目覚めになられたことの方で――っ」


「え?……あ、あぁ……。なんだ、そーゆーこと……」



 とりあえず、私を殺しに来た刺客しかく――ってワケではないらしい。


 突然現れて、ものすごい勢いで抱きついて来るんだもの。何事かと思うじゃない。

 おまけに、人を下敷きにしたまま、なかなかどこうとしないし……。



 危うく窒息させられそうになったものだから、妙な勘違いをしてしまった。

 勘違いでよかったと息をつきつつ、手の甲で額の汗をぬぐう。


 徐々に冷静さを取り戻した私は、『〝刺客に襲われた〟なんて、我ながら突拍子とっぴょうしもないことを考えたものね』と、じわじわと恥ずかしくなってきてしまった。



 ……いや、だって……。

 夢だったら、そーゆーいきなりな展開もあり得るのかな~? なんて、チラッと思っちゃったんだもの。


 ほら。たまにあるでしょ?

 ほのぼのした夢を見てたと思ってたら、急に緊迫感ある夢に切り替わって……うなされて、飛び起きるなんてことが?


 だからこれも、その手の夢なのかな~?……なん、て……。



「どっ、どうなさいました、フローレッタ様? お顔が真っ赤っかでございますよっ? もしや、まだお加減が――」


「だっ、だ、ダイジョーブッ!!……うん! ホントにもう、何ともない! お願いだから放っといて!」


 私は素早く立ち上がり、お尻や背中――床に接していた辺りを両手で払った。

 それを見ていたメイドらしき人は、


「申し訳ございませんっ、フローレッタ様! 私のせいで、お召し物が汚れてしまいましたね! 今すぐお着替えいたしましょうっ! ええ、今すぐにっ!」


 そう言って立ち上がると、ひょいっと私を抱え上げた。


「えっ!? あっ、ちょ――っ?」



 軽々と抱きかかえられるなんて、初めての経験だった。

 だって、現実の私は、お世辞にも痩せているとは言えない体型だし、とっくに成人しているし……。


 とにかく、誰かに〝軽々〟と抱きかかえられることなんて、まずあり得ない日常だったんだもの。


 それが、まさかこんな形で――しかも、細身の女の人に、いとも簡単に抱きあげられてしまうなんて。

 本当に今の私って、小さくてとても軽い、幼女になってしまってるんだなぁ……。



「フンフンフ~ン♪さ~あ、どちらにお着替えなさいますか~、フローレッタ様ぁ? フリルた~っぷりの、淡いブルーのお召し物がよろしいですか~? それともこちらの~、シンプルながら、肌触りの良い布地で仕立てられた~、真~っ白なお召し物になさいます~? フフフ~ン♪それともそれとも~、大きなリボン付きの~お召し物の方が~よ~ろし~い~で~す~か~? フフフフフ~~~ン♪」


 メイドらしき人は鼻歌まじりで、どれに着替えるか訊ねてくる。

 後ろ向きの状態で抱きかかえられている私には、実物なんて一着も見えないのに。


 一応、説明はしてくれてるものの、どうせなら、自分の目で確かめたいと思った私は、彼女の背をポンポンと叩いた。


「ねえっ、ちょっと! この姿勢のままじゃ、どんなデザインかなんてわからないわ。自分で選んで勝手に着るから、早く下ろして!」


 とたん、メイドらしき人の鼻歌がピタリと止んだ。

 彼女は両手で私を抱え、床にストンと下ろすと、


「なっ、何をおっしゃいます、フローレッタ様!? フローレッタ様のお着替えは、ずーーーっと私が担当させていただいておりますのに! ご自分でなんて、そんな……あんまりです! 私の生き甲斐がいを、奪うおつもりなのですか!?」


 両肩に手を置いて軽く揺さぶりながら、涙目で訴えてくる。


「え……え?……生き甲斐? 生き甲斐って……私を着替えさせることが?」


「おっしゃる通りでございます! フローレッタ様のお召し物を選ばせていただき、お着替えのお手伝いをすることも、湯浴ゆあみでお体をお流しすることも。フローレッタ様のお世話は全て! この私、ヴァーベナの務めでございます! お忘れでございますかっ?」


 今度は、両手を胸の前で組み合わせての〝お祈りポーズ〟だ。

 彼女の異様な迫力に気圧けおされ、私は一歩足を引いた。



(わ、忘れるも何も……。これ、私の夢なんだし。夢を見る前の記憶なんて、〝小鳥遊華〟としての記憶しか、ないに決まってるじゃない)



 メイド――……ええっと、確か『ヴァーベナ』とかって名乗ってたっけ?

 とにかく、ヴァーベナさんの反応と主張は、あまりにも大袈裟過ぎて、どう対処すればいいのかわからなかった。



 〝お世話することが生き甲斐〟なんて、メイドのかがみっぽい発言ではあるんだけど……。

 でも、何だかこの人……ちょっと、そーゆーのとは違うような気が……。



 ううむと頭を悩ませていると。

 突然、彼女の頭上へと、何者かの容赦ようしゃないこぶしが降り下ろされた。


「ギャンッ!!」


 ヴァーベナさんは、尻尾しっぽを踏んづけられた犬みたいに鳴(?)いた後、頭を抱えてうずくまる。


 ギョッとして顔を上げると、メイドらしい服装をした大柄な女性が、腕組みして立っていた。

 その女性は、ヴァーベナさんを恐ろしい形相で睨みつけ、


「まーたアンタなのかい、ヴァーベナ⁉」


 部屋中の装飾品が、振動でカタカタ言いそうなほどの大声で、彼女を叱った。

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