第4話 悪夢だわ ヒロインの敵 母なんて

(そっか。これ……夢か)



 目の前の美青年が、正真正銘しょうしんしょうめいのウィルだとしたら。

 そりゃもう、現実であるわけがないもんね。



 そっかそっか。

 これ夢の中かー。

 なーんだー。だったら納得だわ。


 私、今……ウィルの娘になってる夢を見てるのかぁ……。



(――って、なーんでよりにもよって娘なのよッ!? どーせなら、恋人になる夢を見せてくれたらよかったのに! あーもうっ、夢のケチッ!!)



 気の利かない夢に文句を言いつつも、私はニッコリと微笑んだ。


 夢とわかれば、もう何の問題もない。

 このまま、今の状況を楽しんでいればいいのだ。



 娘……ってのが気に入らないし、納得行かないけど。

 でも、せっかくのウィルとのひととき。存分に楽しまなくっちゃ、損ってもんよね!



「ごめんなさい、ウィ――……いえ、お父様。私、ねぼけてたみたい」


 ベッドから半身を起こすと、私は彼に向かって頭を下げた。

 彼は慌てて私の背に手を回し、優しく体を支えてくれながら。


「ダメだよ。もう少し、横になっていなさい。何せ、三日間も眠っていたんだからね。急に起き上がったりしたら、体が驚いてしまうよ?」


「えっ、三日間?……私、そんなに眠ってたんだ」



 夢の中でのことだから、実害はないはずだけど。

 現実の世界でも三日経ってる……なんてことは、ないわよね?


 経ってたら困るな。

 福利厚生充実してたり、給料高くて、収入も安定してる正社員と違って、フリーターのふところ事情は厳しいのよ。

 一日働けなかっただけでも、結構ダメージ大きいんだから!



 そんなリアルな心配をし始めた頃、ドアをノックする音が響いた。

 驚いてそちらに目をやると、ドアが開き――綺麗だけど、少しキツめの印象の女性が入って来た。


「フローレッタ!……よかった。目を覚ましたのね」


 ホッとしたような笑みを浮かべ、キツめの顔立ちの女性が、こちらへと近付いて来る。

 ウィルは彼女に笑い掛け、再び信じられない言葉を口にした。


「ああ、ベリンダ。本当にホッとしたよ。このまま、私達の可愛い娘が目覚めなかったら、どうしようかと思った」



 …………は?


 ベリン……ダ?

 私達の……可愛い、娘……?


 私達……の……。



 ……はあああッ!?

 わたしたち、のっ!?



 心底ビックリして、キツめの女性の上から下まで、なめるように眺めまわした。

 つり気味の目(瞳の色はグリーン)、鼻筋の通った高い鼻、大きめの口。腰まで伸びた、豊かなブラウンの巻き髪――。



 ……この人、知ってる。


 そーよ、忘れもしない。

 ウィルと同じく、【清く華麗に恋せよ乙女!】に出て来るキャラクター。


 主人公のアンジェリカを、イジメてけなしてジャマしまくる、最低最悪の悪役令嬢。

 憎き敵、ベリンダ・アービントン!



 その悪役令嬢が……何ですって?


 ウィルの妻!?

 その上、私の母親ぁああッ!?



 最推しが、主人公のアンジェリカではなく……彼女をイジめ抜く悪役令嬢と結ばれ……。

 あろうことか、子までしていたという事実に、私は愕然がくぜんとした。


 しかも、その子供が私だなんて……。



 …………あり得ない。

 ずうぇーーーーーったい、あり得ないッ!!



 これが夢であったとしても、受け入れがたい設定だ。

 推しと悪役令嬢に、目の前でイチャイチャされようものなら……。



 ――ダメ!!

 想像しただけで発狂しそう!!


 神様なんて普段は信じちゃいないけど、今だけは信じてあげてもいい。

 だからお願い! 今すぐこの悪夢から解放してーーーーーッ!!



 私はベリンダを睨みつけながら、知り得る限りの神様を心に思い浮かべ、かたぱしから祈りを捧げた。

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