第19話 ナナヨさんと僕と
それは確かに気になる、と思っていたらナナヨさんはすぐに経緯を話し始めた。
「タローがイグに転生しかけたとき、私の魂もこのネールさんの体に引きつけられました」
え?何でだろう?
「元々ネールさんは転生魔法でイグの魂と入れ替わろうとしていたらしく、魂が肉体から半分抜け出ていたんです。しかしイグ本体にはタローの魂が入りかけていたので彼女は行き場所がなかった……。そこにたまたま私の魂が近くにいたのでネールさんの体にスッポリと入りこんでしまったようです」
「なんかややこしい話だけどネールさんの魂はどうしたんだろ?」
僕とナナヨさんが介入したことで、イグの肉体に入りそびれてしまった彼女の心境がやや気になった。
「あの人は『やっとこの世界から開放されるわ!私、どこかの異世界の貴族令嬢にでも生まれ変わって王太子に溺愛されに行きます!さようなら。あなたは私の体で頑張って下さい』という恋愛小説のあらすじのような宣言をして天へと昇って行かれました」
「あ、じゃあこの世に未練は無かったんだね!良かった……」
ネールさんに関しては、まあこれで良かったんだろうね……うん。
ここでライラが疑問を呈した。
「あれ?でもナナヨさんの方はヌメ師匠がタローさんなのを知ってたって事だよね?何でそこから離れ離れになったの?それと師匠の記憶が消えたのは何で?」
「イグになったタローは体を上手く動かせないようでしたが、嬉しそうにこう言っていました。『うわあ、この蛇とんでもない魔力を持ってるぞ!魔法使ってみよう!』、そう言うなりあなたは空高く飛び上がりました」
ナナヨさんは僕を心配そうにじっと見つめている。
僕はそれから何をしたんだろう?
「そして物凄い勢いで流れ星のように遠くの山奥まで飛んでいき、山の中腹にぶつかり物凄い爆発を起こしたのです!制御が効かないのに強い魔法を使ったせいでしょうね。おそらく記憶が消えたのもその時の衝撃のせいではないでしょうか?」
ナナヨさんの言った事を聞くたびに僕はなるほど、と思うのだった。
確かにヌメタローとしての僕の記憶はどこかの山の中からだったし……。
「そうかー、今全て分かったよ自分のこと。……ところでキミの方はそれからどうしたんだい?今、新生イグドール教団の教主様になってるんだよね?それって凄くない??」
ナナヨさんはちょっと得意げな表情を浮かべ、その場で軽やかに踊るようなステップを踏んだ。
「見てくださいタロー。今の私はこんなふうに自由に動く事が出来ます!今まで病床に伏してばかりだった私にとってこの体は天からの授かりものだと感謝感激の嵐でした!」
「そうだろうねーふふ」
僕もその嬉しそうなナナヨさんにつられて笑顔になった。
そしてここからナナヨさんは面白い事を言い出した。
「私はこの体をいただいた時に決意したのです。このイグの……つまりはタロー、あなたの邪神としての悪評を覆して神聖な存在にさせようって!」
それに対しバダガリ君が口を挟んだ。
「はあ?んなこと出来んのかよ!?――って言いたい所だが実際この町の奴らはそんな感じだったな……。どうやったんだ?」
アルもライラも気になるといった表情でナナヨさんを見つめる。
ナナヨさんは一点の曇りもない笑顔で答えた。
「私がした事――それは集団洗脳です!」
え?……僕は恐怖を感じた。
「まず私は当時の旧イグドールの資金提供者であったタルヴァン伯爵に接近し、お茶会などに呼ばれる間柄になりました。次に旧イグドール教主ヴァイオの行ってきた公費の不正利用など弱みを握り、それらを伯爵に暴露し教主の座を失脚させます。叩けばホコリの出る方でしたので簡単でした」
「……」
僕らは無言で聞き入っていた。
「そして私はイグに転生魔法を使った当事者である事を説得材料として利用し『邪神イグの魂は消滅し、穏やかな魂が宿った』と各所に触れ回りました」
僕はこのナナヨさんの異常な行動力に驚愕して目が点になった。だって今までずっと横になった姿しか見てなかったんだから――。
「しかし皆さんの邪神イグのイメージは根強く、中々世間にこの『穏やかなイグ』というものが浸透しませんでした。痺れを切らした私は人に物事を信じ込ませる魔法はないかと魔術書を読み漁りました」
ナナヨさんはそこまで言ってうつむいた。
「そ、それで?……」
僕は恐る恐る聞いた。
「たくさんありました!」
あったんだ!……無くていいのに……。
「安心すると同時にすぐさま洗脳魔法を習得した私は、早速このロンロンの町の住民達に新たな教えを説いたところ効果は抜群でした!」
ナナヨさんは「私、頑張りました!」とでも言いたげな雰囲気を醸しながら話を続ける。
僕はナナヨさんのそのバイタリティーの高さに若干の恐ろしさを覚えつつも、それら全ては僕ための行動なのんだと考えたとき、その感情は嬉しさに変わっていった。
「これであなたが人間に畏怖され攻撃される機会が少しは減るでしょう?タロー……いえ、ヌメタロー」
そう言ってナナヨさんは両手を広げる。
僕は吸い寄せられるようにシュルシュルと彼女に近寄り、その肩に鎌首をそっと乗せた。
「ナナヨさん、ありがとう。やっぱり僕はあなたが好きです」
ナナヨさんは僕の首元を抱きしめてきた。
「ふふ、私もずっと大好きですよタロー」
僕はこのとき、一時的な興奮や気まぐれではなく確かな愛情をもって彼女を飲み込みたいと思った。心からそう思った。
首元の鱗に微かな振動が伝わる、おそらくナナヨさんは震えている。そして、涙を流している。
僕は舌を出し、それで彼女を抱きしめた。
ライラとアルティーナは二人の世界を邪魔すまいとバダガリを引っ張って離れた所にある建物の裏に入っていった。
気を遣ってもらってすまない。
「私、病気のせいで昔から今まで大人の関係というものを知りませんでした。……タロー……」
「ああ、こんな姿の僕で良ければ、いつでも僕が――気持ち良くさせるので――」
気づくといつの間にか口の中に彼女を含んで全身を愛でるように舐めていた。
彼女は初めて体験に体をくねらせると共に初々しく艶かしい吐息を漏らす。僕にはもう彼女の全てが愛しくて仕方がなかった。
一瞬、人の姿だったらな……という考えが頭をよぎったが、僕は自身の身体的快楽よりもナナヨさんと心が通じ合っている今の状態こそが真の幸福であると、ある種悟りにも似た確信を持つ事が出来た。
……そして最後に僕はナナヨさんのために全身に舌を滑らせ懸命に愛を注いだ。それからもれなくして彼女は快楽の果てに絶頂を迎えた――。
それからしばらくして僕は頭を地面に下ろし口をカパッと開け、落ち着いたナナヨさんを口外へと促す。
ナナヨさんはまだちょっと息が荒かったが、うっとりとした表情でまどろんでいた。
僕はそんなナナヨさんを見て、男(雄)としての満足感に満たされるのだった。
ふとアルやライラが隠れた建物の方を見ると、建物の陰から彼女達が顔を半分出してこちらの様子を伺っていた。
「あまり待たせては悪いですね」
ナナヨさんも同じ方向を見て微笑みながらつぶやいた。
「乗るかい?」
僕は頭を低く下ろしナナヨさんを乗せ、三人のいる方へシュルシュルと移動していった。
「ごめんねー、気を使わせちゃって」
僕が言うと同時にナナヨさんもペコリと頭を下げた。
「全然大丈夫ですー!」
「前世から生まれ変わっても愛し合うなんて、なんかロマンチックだよね」
女子同士の会話の側でバダガリ君はちょっと面倒くさそうな顔をしていた。
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