第18話 僕の過去
口の中に入ったナナヨさんは大人しかった。
今まで飲み込んだ女性達となんか違う。
しばらくして僕はいつものように彼女の体に舌を這わせるが、なぜか回復魔法を使う気になれなかった。
僕は直感で理解した。普段飲み込むときは僕が人を回復させるために魔法を使う側だが今日はどちらかというと逆で、彼女の方からのメッセージを僕が受け取るというパターンだからだ。
そのとき、僕は彼女が体から熱を発している事に気づいた。この感じは何かの魔法かな?――と思うと共に、僕の頭に直接不思議な映像が浮かんできた。
あ、これがナナヨさんの言ってた過去の記憶か!
※
――とある広めの部屋の中央に布団がひかれていて、そこに寝ている女とその側にじっと座っている男がいる。
女は側の男に語りかける。
「タロー、そんなに痩せ細ってしまって……何も食べていないのですか?」
タローと呼ばれた背の高い男は空腹からかその目にはほとんど生気が感じられない。タローはゆっくりと喋り始めた。
「そうだねえ、……でも今は、戦の最中で食べるものもないから、ね……」
「そんなことはないでしょう?私のことは気にせず誰かに食べ物を貰いに行ってください」
タローはしばらくぼんやりと上を向いてから、達観したような緩い笑顔でナナヨに答えた。
「……スノクニの大隊がこちらのイノクニに攻め入ったらしい。この村も直に見つけられてしまうだろう。……この村の人達に、他人に何かを施す余裕は……もう、ないだろうね」
「そんな……!」
ナナヨはうつむき、声を震わせた。
タローは最後に残っていたビールをぐいっと飲み干す。
「これが最後の一本。禁酒する事になるかな……強制的にね、はは」
などとこれから起こるであろう悲劇を全く予感させない呑気な話し方でナナヨに笑いかけるのだった。
しばらく沈黙が続いた後、ナナヨが口を開いた。
「なぜ人は争うのでしょう?なぜ困っている人にご飯を与える事が出来ないのでしょう?皆がそうやって助け合えば争いも起こらないはずです」
タローは子供を見守るような優しい表情でナナヨを見た。
「お嬢さん育ちのキミには……理解しにくいかもね。皆、自分が生きる事で精一杯なのさ、しょうがないね。これは」
「……そうですか」
気を落とすナナヨを励ますようにタローは言った。
「でもいいんだ、ナナヨさん。食べ物がなくても……あなたがいてくれれば、それでいい……僕はそう思ってここに残ってる」
ナナヨは笑顔でそう話すタローをじっと見つめる。
「……タロー、私はあなたを死なせたくない。私の足はもうほとんど動きません……。あなた一人でも生きて逃げ延びて下さい!」
タローは少し上を向き、とぼけた表情をして答えた。
「……不思議なんだなー。僕は今まで何人も女性を追いかけてきた。でもなぜかあなたの所に戻ってきてしまうんだ。……まあつまり、そういうことさ」
「……」
「それに、もうそろそろスノクニの兵士たちがやってくる。最期はナナヨさん、あなたと迎えたい」
ナナヨは手を組んで祈りのポーズをとった。
「世界が平和になって争いが終わりますように。世界に愛が満ちますように……」
タローはナナヨの言葉を聞き、真顔になって考えるポーズを取る。
「……どうやったらそうなるかなあ?僕には分からないよ」
ナナヨは太陽のような笑顔でこう言った。
「簡単ですよ。泣いている人がいたら、抱きしめてあげて下さい。それだけで良いんですよ」
「抱きしめる、か……」
キィィィン……ドガァン!!
……外から敵国の兵士の魔法攻撃音が聞こえてくる。屋敷の門が破壊されたようだ。とうとう来てしまった。二人はそう思った。
ナナヨは涙を抑えることが出来なかった。タローもつられて涙を流した。
二人は最期の時を迎えようとしているのを悟り、お互いに抱き合う。
「……どうですか?こうしていると、少しは心が温まるでしょう?」
「……ああ、ほんとだ。なんだか、――気持ちいいなあ……」
「タロー、最後に……」
「なんだい?」
「もしも生まれ変わったら、あなたも誰かを、――気持ち良くしてあげて下さい――」
ガッ!
扉を蹴破って入ってきた敵国の兵士は二人に問う。
「何か言い残すことはあるか?」
タローはうっすら微笑み、首を横に振る。
それからは時間はかからなかった。二人の首が胴から離れるまでに――。
※
……僕はナナヨさんの記憶を少しずつ読み込んで思い出していった。
――気持ち良くしてあげて下さい――。
僕の頭に最後まで残っていたこの言葉はやっぱりナナヨさんのものだったんだ……。
「そうだ……。僕とナナヨさんは戦争中の東方のとある村で暮らしていて、ナナヨさんは足が不自由で起きることも出来なくて、僕が看病していたんだ。それで敵国の兵士に攻め込まれて二人とも家の中で殺されたんだ!思い出したよ!!」
それを聞いたアルとライラは悲しそうな顔で僕を見上げ各々の感想を述べた。
「ヌ、ヌメタローさん、そんな事があったんですかー……」
「で、でもさ師匠……今、実際に来世で再会してるってのがさ……なんていうか、ロマンチックだよね!」
「いやそんなことよりどうやってオメーが蛇に転生したか早く言えや」
ドガガッ!
「――いてっ!!」
最後に不躾なことを言ったバダガリ君がアルとライラに叩かれる。
「まったくお前はそんなんだから駄目なんだよ!」
「空気読めない人ですー!」
ははっ、なんかおかしかった。
……でも実際に僕達が死んでからのことは分からないよな?と思っていたらナナヨさんからこのように告白された。
「ここからどうなったのかは私がお話します」
ナナヨさんは僕の口から顔だけをひょっこり出してそう言った。
え?ナナヨさんが知ってるって?……実は今、僕は僕とナナヨさんが死ぬまでの過去は思い出したけど、それ以降は今でも思い出せないのだ。是非聞きたいな。
とりあえず僕はナナヨさんが話しやすいように口から吐き出すと、彼女の顔はちょっと嬉しそうに見えた。
ホントはちゃんとペロペロしてあげたいんだ!ナナヨさん、後で絶対気持ち良くするからね!
それからしばらくしてナナヨさんは口を開いた。
「殺された私達は魂となって肉体から抜け、空の方へと昇って行きました。そしてちょうどタローの魂も私の隣に浮かんでいるのが見えました」
魂の離脱って本当にあったんだね……。僕は「へー」と思った。
「ところが緩やかに天へ昇っていっている途中、私達の魂は突如何かに引っ張られるようにとある場所まで飛ばされたのです!そこにはとても巨大な蛇が一匹と、その周りにはこのネールさん一人を除いて大勢の魔術師達が倒れていました」
その場にいた一同は皆興味津々といった表情で聞き入っている。特にバダガリ君の目は真剣だ。
「後から分かったのですが転生魔法を故意に失敗させようと手を加えた結果、私達の魂がその場に吸い寄せられたようですね」
僕の脳裏にギャバッド所長の言葉が思い起こされた。
ナナヨさんは話を続ける。
「そしてその巨大な蛇の方は魂が半分肉体から出かかっていました。それを見ていたタローの魂は何を思ったかその蛇の肉体に入ろうとしたのです!『はいはいちょっと通りますよー』とか言って」
ええ!?なんて怖いもの知らずな僕だ!でも確かに僕ならそんな行動しそうだな……。
「イグも魂を乗っ取られまいと抵抗していましたが、転生魔法を受けていた最中だったこともありタローさんの魂に抗いきれなくなり、最終的に体を渡したイグはこう言いました」
『しばらくはお前に体の主導権を預けてやるが俺の魂の一部はこの体に残せた。必ず力を貯めて乗っ取り返してやる!今に見ていろ!』
ナナヨさんの話を聞いていて僕は思った。
「なんか邪神イグは気の毒だね。色んな人から転生魔法やらで追い詰められて、最後は僕に体を乗っ取られるんだから」
ナナヨさんは目を細めて微笑む。
「当のあなたがそれを言いますか?」
「うーん、確かに……。でも僕も敵意があってそうした訳じゃないハズなんだよ。僕はどうも誰かが揉めてたりすると間に入って行く癖があるみたいで――」
ライラが納得したような顔でアルティーナに話しかけた。
「そういえば師匠っていつもそんな感じだったよね」
「はい、やっぱりヌメタローさんの性格は変わってないですねー!」
ここでバダガリ君が疑問を投げかけた。
「ヌメタローがこうなったのは分かったけどよ、ナナヨ、オメーまで転生してんのは何でだ??」
ここでも核心をつくバダガリ君であった。
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