第11話 大蛇の正体
暗すぎてアルティーナの表情は読み取れないが、その声はある程度なら聞き取る事が出来た。
「……はい、教団本部からの伝令です。……これが本物の魔術書です」
なにやらアルは密会相手に本物の聖魔法の魔術書らしきものを渡しているようだ。
相手は、
「なるほど、分かった」
とだけ言って懐に魔術書をしまった。
……ええ……僕はショックを受けた。なんだよそれ……。
「あのアルティーナが――優しくて笑顔が眩しくツルツル肌で巨乳で感度も良いあのアルティーナが敵と内通してたなんて……僕はとてもショックだ……」
僕はつい早口で口走った。
「お前……あいつをなんだと思ってんだ?……」
突っ込むバダガリ君。たしかに今の僕はちょっとおかしい。そして少し悲しい……。
僕とバダガリがしばらく様子を伺っていると、アルと話していた教団の人間は山を降りて行き、アルは再び修道院の方へ戻って行った。
そしてさらに驚いた事にアルが向かった先にはライラと修道院の院長がいて、三人で何やら話し合いを始めたのだ。
ええ……ホントにどうしよう……。こうなると最初からアルティーナは僕を監視するために一緒に行動していたという線が出てくる。そしてライラと院長も……ああ、なんかとても悲しい……。
僕は口から出した二枚の舌で頭を抱えた。
これはもう……三人共ペロペロして真実を言ってもらうしかないじゃないかーーあー悲しいなあーもうー。
「おい、ヌメタロー。お前なんで急にニヤニヤしてんだよ。悩んでんのか喜んでんのかどっちなんだ?ショック受けてたんじゃなかったのか?」
おっと、つい顔が緩んでしまったようだ。
「いや、ちょっとね……」
とテキトーに誤魔化す。
ここでなぜかバダガリが真剣な顔つきをした。普段バカやってる君がそんな真面目な顔をするとビックリするじゃないか……。
「なあヌメタロー、オメー自分の力をどれぐらい制御出来るんだ?それと人間だったときの事、マジでなんも覚えてねーのか?」
え……バダガリの口から出たのはビックリするぐらいまともな話だった。
「ううーん。基本的にほぼ100%制御は出来てるハズだけどね。たま~に人(女の子)を飲み込みたくてしょうがなくなる時はあるけど……あと人間の頃の記憶はやっぱり全くないんだよね」
「なるほどな、暴れたり破壊したくなるとかはねえんだな?」
「あ、それは無いね。安心してくれたまえ!」
次にバダガリ君は面白い事を口にした。
「もしもよヌメタロー、オメーが暴れそうになったら俺を呼べよ。いつでも相手してやる!俺は死ぬ時は馬鹿みてーに強え奴と戦った末に死ぬって決めてんだ!!覚えとけよな」
「はっはっはっ。大袈裟だなー、君は。……一応ありがとう」
なぜそんな事を言ってくれるのか良く分からなかったけれど、僕は少し嬉しかった。バダガリ、君は意外と良い奴だな。
でも心配はいらない。今まで生きてて自分が暴走して暴れたくなるなんて一度も無かったし、多分これからもそうさ!
もちろん根拠はない。我ながら楽観的な蛇だなー僕、うん。
「分かったぜ。よし、俺はもう自分の小屋に戻る!また明日な」
「うん、また」
という感じでバダガリ君は修道院とは逆方向の山中へと帰って行った。そうか、彼は山のどこかに小屋を建ててたんだっけ?
僕が少しぼーっとしながらその場にたたずんでいると、寝ている子供を背中におぶった夫婦が山小屋の方から降りて来た。
夫婦は僕に何度も感謝してくれた。
僕は「子供が無事で良かったよ」とだけ言って夫婦を見送ったが、その仲睦まじい夫婦を見ていると僕は不思議な感覚に陥いるのだった。
何か懐かしいような、ノスタルジックな不思議な感覚……なんだろうこれ?……うん、まあ考えても分からないものはしょうがないか。
とにかく明日はアルティーナに色々聞かなくては、ペロペロして聞かなくては……ペロペロ……ペロペロしたい……。
そう、認めよう。僕は女の子が好きだ!大好きだ!!いつも『のみこみ』たいと思ってるさ。でも、理由もなしにそんな真似はしない、なぜなら、僕は紳士だから!
しかし次の日、話は大きな変化を迎える。
僕はその夜はその辺の繁みで軽く寝た。寝たと言うよりアル達が起きるのを待ったといった方が正しいかも知れない。
そして夜が明けて早朝。僕は意を決してアルとライラの部屋へ行くと、驚きの光景が目に飛び込んできた!
アルが一人で寝ていたのだ。しかも全裸で!!
するとそこへライラが夜具を持ってやって来た。
「あ、師匠おはよう!」
「……ライラ、君は寝てないのかい?ってゆーか警備は?」
「夜が明ける前に院長が起きて来てさ、途中で交代したんだ。それから部屋でアルと色々絡んでたらこの子失神してそのまま寝ちゃったから今布団取り替えてたの」
「……は、激しい夜だったようだね」
二人のやり取りを想像して普段ならニヤニヤする所だが今はそんな気は湧かなかった。
「あのさ、ライラ。アルティーナの事なんだけど何か不審な動きとかはしてなかったかい?」
さて本題だ、ライラは何と言うだろう?
「それなんだけど師匠。大事な話があってさ、何でも
「えっ!?僕の正体……??」
とにかく僕は驚いた。めちゃくちゃ気になるじゃないか。
次にライラはさらに驚くべき内容を話した。
「その人はイグドール教団の団員だったんだけど、その人の話だと師匠、あなたが邪神『イグ』なんだってさ」
「ええーっ!?僕って邪神だったの!?」
し、信じられない。……と言いたいところだけど僕が日頃から感じていたこの得体の知れない強大な力の正体――これがまさに邪神イグの力なんだ!!今、すごく納得がいった。
「ううーん……おはよう……ございまふ……」
僕の声に反応したのかベッドで寝ていたアルティーナが起き上がった。もちろん全裸だ、上体を少し動かす度にその大きな胸がプルンと揺れる。アアーッ、いけませんよ、コレはもういけませんよぉー……。
「あ、ヌメタローさんも……おはようございます。えーっと……」
「話は服を着てからだ、アル」
ライラはアルに衣服一式を手渡した。
「……はーい」
ちょっと寝ぼけたままアルは普通に下着を履き始めた。僕が目の前にいるというのに……。
「い、一応僕は男なのだがアル?」
アルはにっこり微笑んでグッドサインを出してきた。
「ヌメタローさんは大丈夫です!蛇なので」
そうか。ぼ、僕の方はあまり大丈夫じゃないが。フシューッ。
僕は天井を向き大きく鼻から息を吐いた。
で、アルが着替え終わったのとほぼ同時に修道院の院長マルガレータさんが入ってきた。
「おはよう、みなさん昨晩は警備疲れ様でした。報酬をお渡しします。おそらく盗賊はもう来ないでしょう。それと大事なお話があります」
え、院長からも?一体夜のうちに何があったんだろう?
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!院長」
アルとライラは嬉しそうな顔をして報酬金を受け取る。
僕も一応、舌で背嚢の口を開け受け取った貨幣を入れるが、もはやお金に関心はなかった。
「どうもありがとう院長さん。その……院長さんが言おうとしている事とおそらく関係あると思うんだけど。僕が邪神イグだって話を今ライラから聞いたんだ!」
「……そうですか、そこまで聞いていましたか。そのイグドール教団なのですが、昨晩の内に使者が来まして、何でも教主が代わったとの事です。それに伴って教団の方針も名前も変わり、今は『新生イグドール教団』と名乗っていると……」
え?
「実は今までの教団は邪神イグの力を使って世界を破壊しそこに新たな国を作るという文字通り邪神教だったらしいのですがね――」
「は、はい……」
「つい最近ですが世界平和のために邪神イグの魂を消滅させるという目標に変わったそうなんです。一人の女性魔術師によって」
え?それ、全く逆じゃないか……一人の女性魔術師?一体どういう事なんだろう?
そういえば今回奴らが人質の子供と魔術書をあっさり交換したのもその方針転換のお陰かな?
院長は話を続ける。
「その魔術師の名前は『ネール』というイグドールの現教主様です。ヌメタローさんはご存知ありませんか?」
「いやー知らないなー。というか僕には記憶がないから昔知り合いだった人が目の前にいたとしても気づかないと思うんだよね……」
ここでマルガレータ院長は衝撃の事実を述べた。
「そのネールという教主様は人間だった頃のあなたを知っているようですよ」
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