第拾壱話
「でも凄いですね。こんな偶然があるなんて……」
「……本当にそう思います」
本当に単なる偶然なのか、はたまた
功労者の彼に神様が奇跡をもたらしてくださったのだ。ならば、この喜びをお腹いっぱいになっても味わい尽くし切れない程噛み締めるべ――。
ぎゅるるる~。
空気の読めない、可愛らしい腹の虫がのどかな雰囲気を破壊した。あははは、と苦笑する巫女姫様が気まずくなさらないようにこちらの方が先に口火を切る。
「そう言えば、食事はまだでしたね。かと言って今更学食に戻るわけにも――あ、そうだ。護衛さんにお食事を運んでもらっても……」
「あんなの、護衛ではございませんよ」
ボソッと呟かれたそれを、聞かなかったことにするのは些か難しい。
何せ彼女と空き教室で二人きりだ。今更聞こえませんでしたーなんて通用はしない。あー、と駿之介が口ごもると、
「じゃあ、なんか買って来ましょうか」
「いいんですか?」
「あの騒ぎに巻き込まれたら食べる時間もなかったはずですし大丈夫ですよ。ご所望あれば遠慮なく仰ってください」
「では、折角の機会でございますのでお任せします。できれば、そうですね。皇食とはかけ離れた珍味の方が」
「あれ、皇食、お口に合いませんでしたか」
「まあ……何分、食べ飽きていましたので……」
苦笑いする巫女姫様に内心で首を傾げる。
所々に巫女姫様らしかぬ言動に引っかかったが、神社からの外出は禁止されていたことを思い出し慌てて疑念を消し去った。
「分かりました。では、行って参ります」
「はい、行ってらっしゃいませ」
彼の好みにドンピシャな
取っ手に手を掛けてもゆっくりとした動作で引っ張り、完全に閉める前に彼女に目礼を送ってからそっと閉めた後、自然的に溜息が漏れ出る。
(可愛い過ぎだろう畜生が……)
先程の短いやり取りを思い返しながらふわふわした足取りで階段へと向かうその時――
「いたぞッ!」
――駆け足で迫ってくる怒声が束の間の幸福な時間を奪った。
言い訳無用の最悪の展開に駿之介はパニック。
巫女姫様不敬罪として捕まえられる――そんな未来が訪れる前に急いで振り返って逃げ出すも途中で急停止。
「マジかよッ」
前から護衛二人が追い掛けてきて、逃げ場のない袋小路に追い詰められた。
ポケットにしまったイヤホンを持ち出そうとするも肝心なところで指の隙間から滑り落ち、拾うにも時間が足りなさ過ぎる。
(クソッ、肝心な時にイヤホン落とすとか、間抜けか)
ふと、顔を上げ初めて廊下の窓の存在に気付いた。
一層のことここから飛び降りるという自殺行為に走ってもいい。だが、ここが二階ならまだしも三階だ。たったの一階の差で怖気付いてしまう、そんな小心者のハートが発動した。
(いやいやいや、ここから飛び降りるとかあり得ねえわ)
もっと他に何かいい案がないのか、と辺りに視線を彷徨わせたその時――タイムリミットが眼前にまで迫った。
「オラよッ」
先頭の護衛に襟元を掴まれて引っ張られ、一瞬で視界が逆さまに。
床に頭を打った衝撃で自分が押し倒されたのを知る。ぐわんぐわんする頭を振ることもできず、別の護衛がいきなり蹴りに入れてきた。
「ゲホゲホッ……!」
蹴られた反動で咳き込む駿之介にもう一人が彼の背中に乗っかって自由を奪った。
盛大に口の中を切って鉄の味が舌全体に広がっているんだというのに、よろめくことすら許されず。
「巫女姫様を掻っ攫うのは、重罪だぞっ!」
「白状しろ! 巫女姫様をどこにやった!?」
「よくもまあ散々弄んでくれたなあおい!」
怒号が飛び交う中、苦悶に顔を歪ませ己の無力を呪う。情けなさと申し訳なさがたちまち胸を充満する。
仲間達と力を合わせてやっとのことで巫女姫様を救ったのに。彼一人の失態で全部が台無しになった。
「おい、黙り込んだって無駄だぞ! さっさと白状しろ!」
「おい、まさかコイツ、寝てんじゃないのか?」
「だったら起こすか! オラよッ!」
「ガハッ」
遠慮なしに後頭部へのキックで更に頭がクラクラする。
「ギャハハハ、コイツ。『ガハッ』って! ギャハハハッ」
「オイオイ、まだ起きてんならとっとと吐き出せ」
頭が踏みつけられ顔面が床に押し付けられたのでは、口を開けたくても開けない。自己嫌悪という負の螺旋に陥る彼に出来ることはと言えば、仕方なく敗者の運命を受け入れることだけだ。
憧れの人の護衛達が揃いも揃って荒くれの寄せ集めだとは思いたくもないが。憧れな彼女の、その手下にやられるのが定めだというのならそれも悪くはない――諦めの瞼を閉じたその時。
「貴方達、一体何をしています! 下がりなさいっ!」
「はあァ? おいおい、幾ら――」
「おいよせ。ここは外だぞ」
救いの手が訪れてくれた安ど感と同時に護衛達のやり取りに疑念が湧く。
「もう一度言います。下がりなさい――この殿方はわたくしを助けてくれたのです」
舌打ちが頭上から降ってくると同時に解放してくれた。いててて、と駿之介は頭を押さえながらゆっくりと上体を起こし護衛達の方を一瞥する。
全員揃いも揃って知らん顔を貫いているのは実に腹立たしいことこの上ないが、それでも格上の人物に相応の振る舞い方をしなければ。
痛みを耐えながらも膝をついて首を垂れる。
「巫女姫様、突然のご無礼を、どうかお許し下さい」
「いいえ。
教室でのやり取りを辿るようなもどかしさで顔だけを上げる。
出逢った頃の柔和な微笑がどこへ消え。これまで彼女が見せる表情とは無縁な威厳が慈愛に満ちた顔を塗り替え。口調からそれよりも上回った哀愁が滲んでいた。
「
先程と同じ質問。
彼女がわざわざ繰り返すこととなると、恐らくそういうことなのだろう。ならば彼女が作ってくださった流れを無下にするわけにはいかない。
「有り難きお言葉ですが、巫女姫様の安否こそが至極の褒美でございます。誠に申し上げにくいですが、これ以上の礼は必要ございません」
「そうですか。では、
平坦な声音の中にほんの少しの諦めの気配を漂わせ、踵を返す巫女姫様。
正真正銘のお別れだと言わんばかりに。まるでもう二度と会えることはないだろう、とばかりに。
「勿体なきお言葉」
彼女が立ち去るまで駿之介は姿勢を保つまま。去る時の憂愁の後ろ姿を一目見ることすらせずに。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
少し休憩した後、駿之介は学食に戻り無事月華荘の面々と合流してずっと食べ損ねていた昼食を食べられる……はずだが。どれだけの一級品が目の前に並べられても大乱闘が現在進行中では不味くもなるだろう。
異常事態の中、教師おろか誰一人として止めようとしない。かと言って、もう一度この悲劇を止めようにも彼らには止める権力がない。こちらに被害が及ばないだけ不幸中の幸いだと思うべきなのだろうか、と彼は思っていた。
「え、嘘」
――側面の入口から訪れた二人の存在に気付いたまでは。
片方は薄っぺらい微笑を浮かべながら蜂蜜色の長髪を優雅に揺らし、もう片方は彼女を守るように先頭に立とうとしたが、少女はそれを許さずそのまま大乱闘へと突入。
正気か――そう思わざるを得なかった。
けれど次第に生徒達が二人のために道を開けるのを目の当たりにすると、視覚が教えてくれる情報を信じるしかなかった。
ほとんどの生徒が喧嘩を止めたのに、未だにやり合っている生徒が二人。そんな彼らに臆さず接近する。
「このサルめ、いい加減落ちろッ!」
威勢のいい雄叫びと共に振り下ろされる拳を皇国人がひょいと躱す。狙いを外した拳は流れ弾と化し、少女の顔に当たる直前――漆黒の影が間に飛び込んで、男の腕を捻り上げた。
「いてててッ。な、なんだ?!」
「貴様、もしや無実の人間にまで危害を加えるつもりはないだろうな? もしそうだとしたら、
「チッ、サルめ」
乱暴に腕を振り解く共和国人を見て、相手の皇国人が引き下がった。
だけどそれは、今更風紀委員長に恐怖を覚えたわけではない。
「なんとでも言え。ただし、時と場合を弁えた方がお勧めするぞ」
「はあ? サルの分際で何をいい気に……ッ!」
次第に存在に気付いた共和国人の顔からは段々血の気が引いていき、冷や汗が滲む。
暁の背後で狂気のように嗤っている白銀色の双眸の。凄絶なまでの鋭利さを孕んだ眼の哀れな獲物になっていたことを。
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