第参話
「そもそも我々の視野が狭くなったかもしれません。もっと根本的な問題について考えるべきです」
先程の自信ぶりとかけ離れた、浮かない顔をして考え込む勇と対面する駿之介の表情は不安そのもの。
無理もない。あれから二時間も聞き込み調査を行ったのに成果なし。おまけに昼食がてら作戦会議をすると言って入った蕎麦屋の
うっかり洋服姿のままで入店したことは一先ずさておくとして、
「うわ、見てあれ。名誉共和国人よ。裏切り者がこんなに近くに
「あーあ、どうして
「ケッ、腰抜けが」
(うん、陰口を叩くのはいいけどよ。その、もう少し、あの、声を抑えてもらっていいっすかねえ)
清々しい程の無遠慮な声量に震え上がるチキンハート。一層のこと、イヤホンをつけて音楽の世界に逃げ込ねばどれだけ良かったのか。今更ながらも
「というと?」
「郷に入っては郷に従えというように、ワタシ達もゲーマーらしく考えなくてはなりません」
「どうしてループが起こるのか、か」
机の天板に目線を落とし考え込む駿之介。
幸い、ここは人間が創った、ゲームの世界。現実世界で起こり得ないことを『ゲーム』なら、何かしらの仕組みがあるはず。そこを紐解いていけば攻略のヒントになるかもしれない。
「考えられるのは、プレイヤーが主人公らしかぬ行動を取った時とか。或いは発生すべきはずのイベントのフラグがまだ立っていない時とか」
そこで丁度二人の食事が運ばれたが、頭上から無遠慮な舌打ちが降ってきた。それでも勇が動じない限り、こちらも動揺する理由なんてない。
奇しくも二人は同時に箸を手に取った。
「そちらの場合、一日の始まりからループされましたよね?」
「そうだが……ああ、そうか。勇の場合、ずっと船からスタートしたということになるのか」
こくと頷く彼女を確認し、蕎麦を啜り始めた駿之介。まだ咀嚼し終えていないところでふと向かい合いから「不審人物」という呟きが聞こえ、その方を見やる。
「もしその人物と接触するのが必須条件だとしたら、今の話、辻褄が合いますね」
「ふぉうは! ひゃあ、はふぃふふぇふれは」
「食べるのにするのか喋るのにするのか、一つだけにしてください。全く、顔が全然違うのに同じことをするとは。流石原始人です。食事マナーのなさに関しては右に出る者がいませんね」
「一々指摘しなくてもいいじゃないか。小言うるさい姑の練習ならまだ間に合ってるんで」
「では、些細なことに一々蛙化する女性と、テーブルマナーを改善させるように口酸っぱく指摘する女性。どちらがお好みでしょうか」
「誠に申し訳ございませんでした。以後気を付けますのでこれ以上は勘弁してください」
「フフ、合理的な選択ですね」
見事なまでに手玉を取られたが、これ以上抵抗すれば厄介な展開になりかねない。そんな予感がした駿之介はさっさと折れることにした。
実際、彼女が原始人呼ばわりしたのもその理由だ。慌てて嚥下して応答する。
「さっき言おうとしたのは、『じゃあ待ち伏せすればできるじゃない?』ってことだ」
「もし相手が追われている身であれば、警戒心も相当強いはず。待ち伏せすれば却って逃げられてしまいますのであまりお勧めできませんね」
「じゃあ、どうすれば」
「ふむ。警戒心の強い小動物と同じ対応すればいいだけのことです」
首を捻る彼をよそに勇も食事を進めた。しかし、幾ら考えあぐねてもやはり言葉の意味を理解できず、傾げる角度がますます深めるばかり。
「大丈夫です。ワタシには考えがあります。それよりも原始人は妹さんと一緒に例の人物を目撃してからまた合流しましょう」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よくこんなところ知ってるな……」
「はい、何せ隅々まで遊び尽くしましたので」
なるほど、と口にしてもやはり納得いかなくて最後に首を傾げる駿之介。
小さな雑居ビルがひしめき合う飲み屋街、菊花町。まだ営業時間外なのか、せっせと開演準備をする皇国人がちらほら。
改めて脳内の情報を整理して、今度こそ彼は内心で会心の納得を得た。
仮に彼女の第二仮設が現在進行中だとするとしよう。もし腹を空かせていた場合、萱野兄妹に見られて食べ損ねたということになる。
窮地に追い込まれたネズミが次に確実に腹を満たせるように、きっと現場から最も近い飲食店が多い街に来るはずだ。
ここなら心のゆくまで鱈腹食べられそうだし、裏道も複雑に入り組んでいるように見える。お腹いっぱいまで食べられて尚且つ身の危険を感じたらすぐに隠せるには実にもってこいの場所だ。
捕まえ損ねた獲物を次の射程内に入るように仕向け誘導し、捕獲に至る。合理的なプランに駿之介は戦慄を覚えたが、同時に計画の穴を見抜いた。
もし相手がここ周辺の地理に詳しくなければこの計画はおじゃんだ。最悪の場合、相手は別の街に行った可能性だって考えられる──が、勇の冷静な顔付きを見る限り、その未来は起こり得ないと断定してもいいだろう。
「虱潰しに探せば、多分出てくるはずと思いますので二手に分かれましょう」
「了解だ。それじゃあ、俺は大通りの方を」
「でしたら、ワタシは裏道の方を探しますね」
早速場所を決めて連絡先を交換してから、行動開始。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
陽が沈むにつれて、見つけられるかもしれないという淡い希望も沈みかける。幾つかの赤提灯や店先行灯を通り過ぎても、何度も往復しても依然として見つからないまま。代わりに出てくるのは、腹の虫の鳴き声のみ。
長時間食欲を刺激する芳香に包まれていたからなのか、思いのほか腹の減りが早かった。一旦切り上げようとスマホを取り出したが操作する手を停止させた。
「成果もなしに腹だけ満たそうとする、本能任せの行動に出るとは流石原始人です」という上から目線の叱責が目に見えているからだ。
「いや、腹が減っては戦ができない」
思い切って連絡したがまさか二つ返事で乗ってくるとは思わず、肩透かしを食らったような気分になり。捜索中に見つけた良さげなラーメン屋の前で集合する運びとなった。
戸を開けると「へい、いらっしゃい!」と共に放出された芳香に駿之介の腹の虫が騒ぎ出し、さっと空席につけて注文を済ませる。
やはりここでも睨まれたが無遠慮な視線の波に晒されても全く動じない勇の姿勢に喝采拍手したくなりそうだ。もし彼一人で来店したらきっと秒で耐えられず、回れ右するだろう。
着席するや否や、勇はなるほどと勝手に納得するのを見て訳を尋ねる。
「ここ、いい匂いしますね。原始人が強く勧めた理由が分かりました」
「犬みたいに嗅覚が鋭いとか言うんじゃないだろうな」
「単純に褒めるつもりでしたのに、全く原始人は想像力も豊かでいらっしゃいますね。被害妄想も程々に、ですよ」
彼女の毒舌を警戒したのにぐうの音も出ない。覚えておけよ、という負け犬の遠吠えを胸中に仕舞って大人しく注文が出されるのを待つことにした。
彼がこの店を選んだのには理由がある。ループ生活を送っている間に来る日も来る日も和食和食和食。健康的な食生活の環境に恵まれても何かが物足りなさを感じてしまうのは人間の性というもの。
ラーメンが眼前に置かれた瞬間、心中でガッツポーズを決めて「よっしゃ来たああ!!」と脳内叫び。表面に浮かぶ脂の輪が細麺と絡め合い、テカテカと光る。その一つ一つの光が飢餓状態の彼を誘い込む。
無意識に匙へと伸ばす手。ゴクリと動いた喉仏。
ずっと求めていたラーメンの前にあらゆる煩悩が消え失せた今、この瞬間、囗腔で奇跡的な出会いが発生した――!
「ッ! 何これ、えっうま。えっ、美味すぎて逆にビビってるんだが」
口の中で広がる鶏ガラベースの優雅な味わい。甘味が強い方ではあるがあんまりしつこくないのがポイント。口当たりもスッキリしていて最後の一滴まで飲み干せそうだ。
それに加え、細麺がスープによく絡んでもうスルスル行けてしまいそうで逆に怖い。具の鶏肉は歯ごたえがしっかりしていてほどよいアクセントを出していて、実にグッド。
純粋に美味しいものを共有したいとの一心で、隣にほいっと一口渡しそうとしたが、
「原始人の唾液を飲みたくありませんので結構です」
「誰も唾液を飲めと頼んでねえよ! なんでそういう発想になるんだよ。もういいよ!」
思わぬ方向で一蹴され、行き場を失った匙がそのまま自分の口に逆戻り。
「子供ですか」
「うるせーよ!」
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