第弐話
『ゲームの世界に入りませんか?』
ゲーム名は不明、開発者すら不明の怪しさマックスの広告がネットに出回った期間はたった一週間。なのに、凡そ千人ものの参加者を集めた。短期間でここまでの人員を動かせたのは、ある意味ネット社会の恐ろしいところとも言えるだろう。
まんまと騙された一人が、日雇いバイトで命を繋ぎ止める
平凡過ぎる現実に倦きていたところで当広告を見掛けた彼は、後先考えずに応募した。参加権は抽選で行われるであるにも関わらず、案内のメールが届いたのは三日後という驚きの速さ。そして案内された場所は森の奥深くにある、浪漫とは無縁な施設だという。
無論、彼も最初の内は怪しんだが、蒸し暑い炎天下の下で長時間並ばされるイラつきと比べれば、それがどうでもよくなった。
施設内で『一切の電子機器の持ち込み』や『テスター同士で本名での呼び合い』といった奇妙な禁止事項が幾つか存在する。呼び合うことが許されるのは、割り振られた番号のみ。
0376。それが彼の番号である同時に部屋番号でもある。しかしドアを開けた時からその異質さが増すばかり。
支給された真っ白な検診衣。尋常ではない数の監視カメラ。食事の際にテスター達を見張る白衣のスタッフ。更に部屋の内装も、施設の至るところも白一色で統一されていて実に『それ』らしすぎる。
情報交換という打算で彼は食事の際に偶然同席となったお隣さん、0375の勇とタッグを組んで今に至る。
「けどまさか、あの時から現役の刑事と一緒に行動してたなんてな」
彼女と出会った頃を思い返した駿之介は、隣で歩いている勇に話題の焦点を振る。
「あら、ワタシと一緒に行動して何か不都合なことでも?」
「いや、そりゃあないけどよ」
「でしたら声に出さないでください。紛らわしい」
「ただ『あの時はラッキーだった』と言いたかっただけなのに……」
まともな会話すらできぬ現状に内心で溜息一つ。
かと言って彼の性格上、このまま黙り込むのは更に気まずくなるだけなので、質問に繋げる。
「そういや、何という名前だったっけ、このゲーム」
「名前ではないですが、『
カッパ科学者――もとい
責任者であるにも関わらず、カッパ禿げの垣原が姿を現したのは紹介VTRの中のみ。しかし映像の中でも世界観おろか、ジャンルすら一切公開せずただ延々とくだらない長話を続くだけ。
テスターの中にも秘密主義に徹底する彼のことを訝しげに思う者がいたが、その際映像の中の垣原が『仮想世界の中で諸君らがどんな選択をするのか見定めたいため』と公言したが。それは自分達がゲームの世界に入ってから外で何かを起こすための口実ではないか、と勇が解釈した。
『もし今回のテストが成功したら多くの人命を助けることになるだろう』――彼の言葉が多くのテスターを興奮させたが。その真意が不明である以上、油断は禁物だと勇に言われた。
最後に垣原が、
『私がそうであるように、どうか君達にも命を懸けてもらいたい。では、諸君らの健闘を祈る──期待しているよ』
という狂気の沙汰でしか思えない発言で締め括り。静まり返った会場のスピーカーからテスター達は各自の部屋に戻るようにという機械的な女性の声が流れ、不穏な空気が漂うままで“説明会”は終了。
ニューロダイズ──天使の輪っかをモチーフにしたマシンを彼は装着し、ベッドに横たわったままゲームの世界へと旅立つ。
次に目覚めたのは、皇国行きの漁船の上。萱野駿之介としての第二の人生を歩み始めたというわけだ。
「カッパ科学者って……。もっとこう、いい呼び名はなかったのか」
「では、カッパオジサンの方がよろしいでしょうか」
「うん、その方が噛まないからそっちにしよう」
「原始人らしい単純な理由ですね。嫌いではないですよ」
「ほっとけ。何事もシンプルイズベストだよ、永里君」
「突然の上から目線は何ですか。勇で結構ですよ。その代わり、こちらも名前で呼びますので」
「……今のところ『原始人』しか聞こえないが?」
「まあその内、追々ということで」
「おい逸らすな」
ふと、あることに気付いた。
テスターが他のテスターの世界に降り立って手助けすることは明らかに違反行為のそれだ。けれど件の違反者がこうして目の前で動いているということは、運営側が黙認したのか、或いは
いずれにせよ、
「丁度調べたいことがあるんだ」とのことで、勇と一緒に現場を向かうことに。無論、不審者発見時の出来事を事細かに伝えることも忘れずに。
月華荘からあまり離れていなかったため、然程時間が掛からなかった。けど到着した途端、腸が唸る程の悪臭に二人は同時に鼻を塞いだ。
臭気ぷんぷんたる汚らしい
例の不審者が何を漁ったのかは勿論気になるが、今の彼は最早それどころではなくなった。じりじりと後退る駿之介とは対照的に、何の躊躇いもなく蓋を開ける勇。
「ぎゃあああ、ゴキブリイイイ!!」
「この世界に虫なんてありませんよ。ほら」
「見せようとするなあ! うわああ、中に首を突っ込もうとするなああああ!!」
壁に背中をくっつけて阿鼻叫喚している彼をよそに、調査を進める現役刑事。
「道理で酷いですね……。ほとんどが生ゴミでした」
報告を最後に咳き込む彼女がゆっくりと近付く途端、失態を挽回するようにコホンと咳払い一つ。
「よくもまあ、平然と開けるなお前」
「流石にたかがベターテストに虫まで作り込むとは思ってませんので」
「あ、そういう考え方もあるのか」
「もっとも、本当にただのテストなのかは端から疑問なんですが」
だわな、と眉の辺りに嫌な線を刻んでいる勇に同調。それから彼女が当時の発見現場を見たいとのことで案内する流れとなったのだが――。
「て、同じ世界なんだからストーリーも一緒なのでは」
「いえ、ワタシの場合、引っ越した当日からずっとループしてましたので」
「え、逆に何をやってそうなるのか気になるな」
「別に大したことはしてませんよ。ただ妹さんを罵倒したり、妹さんを放置して街を散策したり、通行人を見掛け次第殴ったり、他人の乗り物をハイジャックしてマフィア気分を味わいましたね」
「って、全部犯罪かよ!」
「あら、折角ゲームの世界に入ったのですから、色々試してみなきゃ損ですよ。むしろその方が一番合理的です」
「すげー、刑事とは思えない発言だ」
口でそう言いつつも、いいなあと羨ましがる彼。どうしてその発想に至らなかったのか、と心中の拳が悔しそうに震える。
ふむと周辺を見回した勇はそのまま塵芥箱があるところに目を向けた。
「距離はざっと50mといったところでしょうか。他に何か気になったのことはありませんでしたか」
「そういや、ちらっとだけなんだが、頭に深紅の布を見たような……」
糸を手繰るように当時の出来事を思い出しながら伝えると、ふむと一拍の後、思案顔が解かれる。
「憶測で物事を言うのは不本意ではありますが、それでも聞きます?」
「こんなにも早く本職の推理ショーが見れるとは。是非にお願いしたいくらいだ」
フッと勝ち誇った笑みが無表情の顔を彩ったが、すぐに一本指を立ててみせる。
「一つ、犯人は共和国人の愉快犯と仮定する場合。フードは洋服の一種ですので共和国人であれば比較的に手に入れやすいでしょう。この場合、目的は皇国人への嫌がらせになりますが、この仮説を裏付ける証拠もないので、一先ず可能性として保留します」
反応することがままならず聞き入ってしまう彼をよそに、勇は引き続き推理ショーを進めてもう一本の指を立ててみせた。
「二つ、犯人は追われている身と仮定とする場合です。この場合、フードは正体を隠すために被るだけになりますが、犯人は恐らく皇国人の可能性が高い。共和国人であればコソコソ隠れる必要がなく困ったら総督府に頼れるなり、本国に戻れるなりできますからね。
そしてほとんど生ゴミだったことを考えると目的は恐らく空腹を満たすため、ということになるでしょう。この場合、犯人は肉体的にも精神的にも極限状態まで追い詰められた可能性が高い。ですが、これも確証がありませんので可能性として保留します」
いつしか勇が彼の前で行ったり来たりし始めた。まるでテレビドラマで見る真相を破る探偵のように。
とは言え、彼女は実際に現役刑事なんだからいきなり探偵役を振られても、何の違和感もなかろう。続いて、彼女は薬指を立ててみせた。
「三つ、犯人は地位のある者か、或いは近辺の住人と顔見知りと仮定することにしましょう。この場合、フードを使用したのは目撃された際に共和国人に罪をなすりつけるようにするため。皇国では衣装で同族かそうでないかと判断する習性があるため、それを逆手に利用することになります」
確かに、と彼は内心で納得し初めて皇国に来た日のことを思い返し、一つの解を得た。
(つまり、あの日の俺達は共和国人の服を着る
ふと、夏目のアドバイスがよぎる。
月華荘の住人達はさておき、この街の皇国人は共和国人に対して明確な怨恨憎悪を持っているようだ。
「この周辺は皇国人が多い事から犯人も皇国人の可能性が高い。少々飛躍になりますが、この場合の目的は反共和国への扇動、ひいては暴動に繋ぐ犯罪行為であるため、これを最悪なケースとします。しかしこちらの仮設にも確証がありませんので可能性として念頭に置いておいた方がお勧めします」
涼しい顔でさらっと幾つの推論を出す勇に、「すご」としか言いようがなかった。自身の世界で散々ループを起こした彼女ならではの合理的な推理。
僅かな情報だけでここまで推理できるとは、流石現役だと感心せざるを得ない。
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