第2話 残り香②

 「で、連れてきたと……」


便利屋「イプシロン」の店主であり、徹の友人で筋骨隆々な体をもつウルガーは、

とんでもないものを店の中に連れ込んできたもんだと、頭を抱えた。


「お前、預かるんだったら、自分の家で預かれよ!なんで俺の店なんだよ!」

「いや、僕の家、草と本で足の踏み場が無いしさ。それに外に放置しておくのはあまりにひどいだろ。」

「は~、しゃ~ねえ。1時間だけだぞ。それと、親の名前や住んでいる場所とかは聞いたのか?」

「いや、それはまだ…。」


理由をひとしきり説明し、椅子に座った。

雑貨が散乱する部屋の真ん中にある机のもとで温かなココアをすするリコル。

ウルガーはリコルの真正面の椅子に座り、質問をしだした。


「嬢ちゃん、パパやママの名前を教えてくれないか。」

「パパはいないわ。ママもどこにいるか知らないの。」

「まいったな、じゃあどこから来たんだ?」

「遠いところ、馬車に乗ってね。」

「馬車?誰かに乗せてもらってきたのか?」

「知らない人に無理やり乗せられて。

檻に入れられてたんだけど、破って逃げてきたのよ。」


あれ、そんなにやばい事件に関わってるの、この子???

てっきり、親と口げんかして家出してきたものだと…。


いきなり飛び出した「檻」という単語に冷や汗が出てくる。


「大変だったな、リコルちゃん、とりあえずここは安全だからゆっくりしとけよ。」


ひとしきりの質問が終わり、ウルガーは徹に耳打ちで話しかけた。


「おそらくだけど、あの子、奴隷か人さらいでここに流れ着いたんじゃねーか?」

「そうかもな、というか俺、ものすごい面倒ごとを持ってきた感じ?」

「かもしれないな、全く。しかも、かなりの厄介ごとだぜ、こりゃあ。」


ウルガーはため息を吐くと、ふざけんな、という顔でこちらをにらんでくる。

あ、はい、すいません。


「まあ、関わった以上、警備隊がくるまでは置いとくさ。」


「ありがとう、助かる。さすがはウルガー、漢の中のおと…。」

にこやかな睨みと無言の圧力がのしかかる。

これ以上ふざけるな、ということである。

やばい、これ以上下手なことを言うと、殴ってきそうだ。

とにかく話題を変えることにした。


「それにしてもあの子、管理者の一族の子?なのかな。」

「そうかもな、ギフト?を持つ奴をみるのは初めてだが、振る舞いに華があるな。」

「綺麗だよな~。俺も最初女神かと思ったよ。」


いかんいかん、じっと見ているとつい頬がゆるみ、ニヤニヤしてしまう。


「ひょっとして、お前あの子に惚れたんじゃ?」

「はぁ?そ、そんなわけないだろそうゆうお前こそ惚れ…」


ガチャ、チリンチリン


そんなくだらない話をさえぎるかのように、

店の扉が開き、ベルが鳴る。

眼鏡をかけ、手袋をした、身なりが綺麗である男性が入ってきた。


「どなた?もう夜だ、営業時間はとっくに過ぎてるよ。」

「すいません、うちの娘がこちらにいると通行人から伺ったもので。」

「娘、ですか…」


リコルの話が本当なら、この人は一体…


バラのうっとりする香りが辺りに広がる一方、淀んだ雰囲気が徹達を包む。


「私がうっかり目を離したすきに迷子になったようで。

迷惑かけて、すいませんねぇ。」


偽りのものだとわかるほどの不自然な笑顔で話しかけてくる。


「やあ、リコルこんなところにいたのか、ずいぶん探したよ。

さあ、パパと一緒に帰ろう。」


リコルに向けて手を差し出す。


リコルは徹の後ろに移動し、徹の服をつかんだ。

震えていることが服から伝わってくる。


「すいませんが、あなたに引き渡すことはできません。

この子も震えていますし、父親だと証明できるものがないと、信用できませんよ。」

ウルガーがきっぱりと断ると、父親を自称する男性はため息をついた。


「面倒ごとは嫌いなんですがね~。

仕方ない、あなたたちは消えてもらうしかないようです。」

そう言い終わると、男性は、はらりと床に手袋とをおとした。


黄色のマリーゴールドだ。手の甲にあふれんばかりのマリーゴールドの花が。

しかも手の甲から無尽蔵に湧き出ている。


手袋と同様に床に落ち、花から茎、葉が現れ、部屋を埋め尽くす。

目を奪われた次の瞬間、体が茎や葉に絡まり、徹達は身動きが取れなくなった。

もがいてみたが、次々に生え、体にきつく纏わりつく。


「マリーゴールドの花言葉、知っていますか?<絶望> らしいですよ。」


優雅に語りながら、花に縛られたリコルのもとに行き、

「脱走なんて面倒な真似、これからはよしてくださいよ。

あなたは貴重な適正個体なのですから。実験のための。」


マリーゴールドの男性は悪魔のような狂った笑みを浮かべながら、

自分の使命が楽に達成できそうだと安堵した。


”異能が開花する前で本当に良かった”、と。







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