37:第二十四話:ボトルネック

 一旦宇宙船へと帰ってきた。

 私は倉庫の中へと入るといくつかの例の注射器を手に取る。

 まだ在庫はある。


 私は内容物を取り出さんと注射器を折る。

 綺麗に真っ二つに割れたと思うと内部から小型の容器が二つほど現れる。

 いや、多分ぼうアイスのような繋がっていたのを割ったのだろうとは思うが。

 片割かたわれは針のついている方を割って手元に用意しておいた試験管へと移す。

 液体を眺めながら考える。

 処置について検討するためにもコイツの正体を明らかにしなければ手の打ちようもない。


 とはいえどう調べたものか。様々な指示薬を通したり、反応を見たりとかはあるだろうが、あいにくそのような知識が私には無い。

 あの本棚の中にあったりするのかもわからないが、とにかく現状は調べようすらない。


 なんだか前にもこんなようなことがあったな。

 そうか、彼女の体液の件だ。

……なんだかそう表現するとあらぬ誤解が発生しそうな感じがしないでもないが。まあそれは置いておく。


 ただ今はあの時とは状況が違う。あの時は私が魔法さえ使えればあの液体の正体なんぞどうでもよかったが、今回ばかりはそんなことも言っていられない。

 彼らを助けなければならないのだから。


 ん?いや、前回と何ら変わりないか。


 彼らを助けることさえできたならばこの内容物の正体なんぞどうでもいい。

……前回と何ら変わりない、か。


 前回は、かの液体と魔法の関係性について調べたが、今回、内容物と魔法との関係については明白。

 内容物には魔法を妨害する効能があることが分かっている。

 いや、過信はいけないな。一度そこから調べてみるとしようか。

 まだ昼にもなっていない。

 あの予定について話をしつつ、彼女に実験の協力を取り付けるとしよう。

 私はいくつかの道具を大きな袋に詰め込み、冬の聖人のように持つと屋敷へと向かった。



 屋敷の一室に置かれた道具たちを見ながら考える。

……さて、問題だ。

 屋敷の玄関をノックするも返事がなく、容易に中に入れてしまった私なのだが。

 ここで、ある重要な存在がこの実験場には欠落している。

 何かと言えば彼女の存在だ。

 全ては彼女が居なくては始まらない。

 とは言ったもの、どこをどう探したものか。

 私は走馬燈のように今までの出来事を遡る。


 そうか、別に彼女に会わずとも使い魔にコミュニケーションさえ取れれば後はいい。

 そして、確実に使い魔が存在している場所がある。

 そう、屋室だ。

 私は急いで目的地へと向かう。



 屋室。その片隅で当り前のように使い魔が寝ている。

 彼女の前にしゃがむと私は声をかける。

「すまない、彼女に用があるのだが案内しては貰えないだろうか?」

 しばらく返事を待ってみる。

 特に返事もなくぐったりしている。

 やはり声だけでは起きないか。

 肩に手を掛け少し揺らしてみる。

「おーい」

 しばらく待ってみる。

 やはり反応は無い。

 強めに揺らしてみる。

「もしもーし」

 そしてまた少し待つ。

 反応は特になかった。

 参ったな。

 私は彼女を壁に戻すと肩から手を離す。

 仕方ない。奥の手と行くか。


 左手を彼女の頭に持っていくと軽くチョップをかます。

 衝撃すら無い程度で痛くはないと思うが。

 左手を退け、彼女の様子をしばらく見る。するとゆっくりと首を起こし、だんだんと目を開けこちらを見る。

「おお、起きたか。寝ていたところをすまない。

 君の主人に用があってな。

 案内をしては貰えないだろうか?」

 私の話を聞き終わると、彼女は電源ボタンでも長押ししたように急に壁へともたれる。

 心配した私は彼女の顔を覗き込む、無論目は閉じられていた。

 明らかに大丈夫そうではない。いや、むしろどう考えてもマズイだろう。あんな意識の飛び方は現実に見たことが無い。


 私は少し躊躇してから彼女を抱えると部屋を飛び出す。

 すると廊下の中心に一人の影。

 それは私の方を見ると一言。

「あ」

 ソフィアだ。

 私は彼女へ駆け寄る。

「大変だ。彼女がなんか。

 あー、何といったらいいのか」

 彼女に使い魔を見せる。

 その様子を見て彼女が一つため息を吐く。

「じゃからそやつは魔法じゃと言っておろう」

 私は抱えている使い魔を見る。

……あ、そうか。

 そう、どうにも時折忘れる。彼女らが命を持たないこと。

 どうにも容姿も言動も模造品には全く見えず、まるで一つの生命のようにしか見えないのだ。

「使い魔はわらわが動かしておる。

 じゃから……」

 言葉を止める彼女の方を見ていると頬に痛覚が走り頭は痛みに導かれ自ずと下りていく。

 何が起きたのか理解できないでいると耳元で何かが囁く。

「お馬鹿さん」

 そう言われたと思うと、首は操作権を取り戻し私は下の方を見た。

 使い魔がこちらを見ながら悪意を帯びた笑みを浮かべている。

 その右手は何かをつい先ほどまで何かを摘まんでいたように人差し指と親指が余韻に浸っている。

 私は先ほどまで一体何の魔の手に襲われていたのかをようやく理解する。

「こいつ……」

 と呟いたところで彼女が続きを述べる。

「そして、妾が動かそうと思わなければこんなふうになってしまう」

 彼女がまた言葉を止めると私は先に手元を見る。

 突如、抱えていた使い魔が挙げていた手、活き活きとした表情そのすべてを投げ出し厚みを持った布のように私の手から地面へと向かう。

「心臓に悪いからやめろ」

「心臓?」

 彼女が首をかしげる。

 心臓無いのかこの世界。

 別の名称である可能性もあるか。

「後で調べたまえ」

「うむ、そうじゃな。

 というわけでじゃ、今回は妾に用があったようじゃし、

 そやつを放置したというまでじゃよ」

 人差し指を立てて彼女が弁明する。

「だったら待っていろの一言ぐらい告げてくれてもいいだろう」

 その言葉を聞いて彼女が口元に指を移動させる。

 少ししてこちらを見て言う。

「ふむ、確かにそうじゃな」



 などという一幕を挟みつつ実験を始める。

 今回の実験は(説明が)至って簡単だ。


 前回の実験を行いつつ、それに加えてかの液体についても同様の実験を行うというだけだ。

 前回の実験と同様の内容も同時に今回の実験で行うのは二つの理由がある。


 一つ、魔法がいったいどのような環境に左右されるのかわかっていないため。

 前回は夜、今回は日中。光度だけでなく気温も湿度も風速も大きく異なっている。

 風速に関しては室内であるため問題は無いとして他にもいくつかの要因が存在しているのだ。

 全ての条件を統一するためにもすべてやり直す方が良いと考える。


 二つ、彼女の体調について影響を受ける可能性があるため。

 この実験の結果は彼女の影響を大きく受ける。

 本当ならこう言うのは数十人、ないし数百人ほどを集めて統計的に処置を施すべきであると考えるが、今頼れるのは彼女のみ。

 彼女の一人にデータのすべてが握られていると言っても過言ではなく、一つ目の理由と同じく前回と今回で彼女の体調が同じだとは思えない。

 大きくずれているとも思わないのだが、まあ念には念をというやつだ。

 そんなわけで今回にも前回と同様の実験を行うことにする。


「さて、始めるわけだが……」

「うむ」

 彼女、ずいぶんとノリノリだ。

 準備運動まで始めている。

 果たしてその伸ばした筋繊維のどこをどう使うのかははなはだ疑問だが。


 ちなみに運動前に筋繊維は伸ばさない方がよく、なんなら事故が発生しやすくなると聞く。事故防止には温めるほうが良いらしい。

 よい子のみんなはストレッチは運動後に回し、運動前には体操的なことをするとよいだろう。

「今回は少しかかる。

 疲れが出たらすぐに言ってくれ」

「うむ!」

 返事は良い。それは本来喜ばしいことだが、良ければ良いほどに無茶をしそうで心配だ。

 と言うことで3回を1セット、3セットずつ。計9回行うとしよう。

 え?なぜ増やすか?簡単な話だ。

 いくら体力の限界が来ても、その状態でそれぞれの結果が出せれば問題がないからだ。

 そうすると文字通りの限界が来る可能性もあるか。いや、彼女も生命体である以上自ら全力を出して死ぬことは無いだろう。

 と、いうわけで本当に実験を開始する。



 さて、二回目ということもありかなり順調に進んでいる。

 水、マクテリアと1セット目を終え、本題となる例の液体の実験へと入っていく。


 慣れた手つきで準備を整え、彼女がまた同じ呪文を唱えると、また爆炎が上がる。

 それを見て彼女が少し顔をしかめる。

 私は測定された温度を見る。

 少し落ちたか?

 やはり疲労が出ているのだろうか。

「どうした?すこし休むか?」

「いや、大丈夫じゃ」

 とはいうものの、安全第一。これはこのセットで終わらせた方がよさそうだな。

「じゃあ、続けるとしよう」

「うむ」

 隠蔽しているのか、彼女の顔には疲労の色は見えない。

 私では何もわからないのがどうにもな。

 とにかくこのセットまでで倒れることは無いだろうと信じるしかない。


 彼女がまた呪文を唱えると、また爆炎が上がる。

 私は温度がどう変化するか気になって仕方がなかった。

 温度は先程測定された値より上昇していた。

 持ち直したか。ならまだ安心できるな。



 例の内容液のセットも終え、私は安心して水の第2セットへと入った。

 また実験は続いていくと思っていた矢先、温度はまた私の予想を裏切る。

 水の第2セット一回目。

 温度が水の第1セットよりも上昇している。

 そう言われたせいもあるのか、思い返すと前よりも爆炎も少し規模が増しているようにも見えた。

 これは……どういうことだ?

「どうしたんじゃ?」

 記録を取るも止まる私に彼女が声をかける。

「あー、すまない少し待ってくれ」

「うむ」

 私は机に記録を置くとペンも放り、考え、しゃがみ込む。

 彼女がこちらに来たようで後ろから声を掛けてくる。

「隣良いか?」

「ああ」

 何のことかよくわからなかったが、とりあえずそんなことに割いているリソースは無かったのでとにかく返事をする。

 彼女が机の空きスペースに座ってきた。

 そうか、この部屋には椅子がないからな。

「本当にどうしたんじゃ?」

 彼女が机に手を置き覗き込んでくる。

 どういうことだ?

 例の液体の第1セット。ここで一度、魔法の出力が落ち込んでいるのが見える。

 ただこれはすぐに持ち直していて一時的な疲労か何かで落ち込んだと考えて説明がつく。

 しかし水の第2セット。これが第1セットよりも少し、いや明らかに出力が強くなっているのが分からない。

 せめて強くなるならばマクテリアでなければならないはずなのだ。なぜ水なんだ?


 思考が逆巻くのが肩の刺激にて一蹴される。


「何か言わんか」

 私は彼女のほうを見上げる。

 怒りでもなんでもない、心配あるいはただ不思議そうな顔を浮かべている彼女が居た。

「あ、ああ。

 そうだな、では一つ聞きたいことがある」

「うむ、聞こう」

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