34:第二十一話:午後の憂鬱

 私は午後が嫌いだ。

 刹那にも匹敵するこの短くも看過できない時間は私がもっとも鈍くなり、考えもまとまらないままに焦燥感だけが募っていく。

 底の無い砂時計を見ているようで非常に不愉快だ。


 さて、先ほど使い魔が何も言わず食事だけを置いて行った。

 たぶん昼食という意味なのだろうと思い、腹は空いていないながらに食した。

 腹こそ空いていなかったものの食べきれてしまうほどにはうまいのだろうと素人舌ながらに思う。

 パソコンが微動だにしない中ただただ時間だけが過ぎていく。



 その昔、私には3人の仲間が居た。

 仲間、というよりは同志というべきだろうか。

 同じ世界を志した仲間だ。



 そして、私は一人の吸血鬼と出会った。




……やめよう。

 やはり午後からの執筆はこたえる。

 私は冷えたコーヒーを飲み干しコップを持って立ち上がる。


 コップを洗いながら考える。

 外はもうすぐ日が傾くとはいえまだまだ明るいだろう。何をしようか。

 時間を無駄にしまいと頭を巡らせ、私は綺麗なコップを洗い続ける。


 そうだな、カギでも取り付けることにするか。

 すっかり忘れていたが屋室にカギを取り付けるのだったな。

 あ、思い出しがてら振り返っておこう。

 私は自室を二つ所持している。

 一つが宇宙船内の自室。

 もう一つが屋敷内の自室だ。

 区別するにあたってこのような文をそれぞれ書かねばならないことから宇宙船の自室を船室。屋敷内の自室を屋室と呼ぶことにしている。

 カギについては当てがある。

 私は倉庫へと向かった。



 カギを難無く見つけると、難などあるはずもなく屋室にカギを付ける。

 カギは我々製のネジも何も使わない器具だ。

 まあ、すごいのは認めるがいったいどこに需要があるというのか。

 私は額を拭う動作をするとカギを眺める。

 難こそなかったがそれなりに時間がかかってしまったな。今やもう夜だ。

 やはりあの倉庫一度整理しなくては。

 探し物というより捜索の域である。


 この足で風呂でも入りに行くとしよう。

 そこら辺の使い魔に話してみたところ風呂に案内されたので多分、入れる状態になっていたのだろう。なんともタイミングのいいものだ。




 風呂に浸かり私は一言。

「なぜお前もいる?」

「そりゃこっちの台詞だ」

 なんと彼も浸かっていた。

 彼が風呂の縁に腕を敷きその上に頭を乗せる。

「そーいやここなぁーんにもねーよなぁ。

 アイツ風呂だけ用意よーいして石鹸とか用意してねぇのかよ」

 通常の0.75倍速くらいの完全に溶解しているような勢いで喋ってくる。

 まあ、気持ちはわからんでもないが。

 確かに言われてみればこの風呂にはいわゆる洗髪剤の類は見受けられない。彼女の髪は現代でも押しも押されもしないほど美しいものだがどうやって整えているのか。

 お得意の魔法でも使っているのかと思ったが彼からそういう単語が出てくるあたりそうでもなさそうだな。

「テメェは気にしないのかってか、そういや異端者か。

 ねぇのかあっちにはそういうの?」

 頭が悪いのかやる気がないのか。

 普通、存在しないことを前提にして物を訪ねるのならばどのようなものであるかを明確にしてから聞くものだと思うが。

「まあ、あるにはある。

 君が想定しているようなものかはわからないが」

 こう、グッて押したらヌルッと出てくるものを想定しているとは到底思えない。

 一応必要かわからない追記をしておくとシュゴッと出てくるものもある。

「ほーん」

 興味があるのか無いのかどっちなんだ。

 彼の顎が動いたのが後頭部の上下運動で確認できる。

 喋るときくらい顎を上げたらどうだ。顎関節が悲鳴を上げるぞ。

「そうか、貴様らのところには何も置いておらんかったのう」

 背後から彼女の声が聞こえる。

「壁薄すぎねぇかここ」

 君も同じようなリアクションを取るのだな。

 まあ鮮明に聞こえるあたり、本当に壁なのか心配するほどではあるのだが。

「また用意しておくとしよう」

 何やら彼女の中で完結したようだ。

「して、貴様の世界にもそのようなものはあるんじゃろうか?」

 君もか。

「それは聞こえてねぇのか」

 彼がなんか言っている。

「ああ、存在している。

 君が想定しているようなものかわからないが」

「なるほどのう」

 彼女が返事をする。

「またそれか」

 彼が顔を横たえながら小言を吐く。

 確かにそうすれば顎への負担が少なくていいな。

「まあ、同じようなことを聞かれているからな」

「んーまあそうなんだけどなぁ」

 彼が顔を一つ撫でながら答える。

 次に彼が腕を置く音が少し鳴り響くと少しの間静かな時間が存在していた。


 屋室はどうしようか。カギを取り付けたはいいがロクに使い道が思いつかない。

 ベッドこそ広いがそれ以外は特に取り得はないな。

 

……いや?そういえば執筆部屋にしようとしていたな。


 そうすれば棚も利用が可能。

 うむ、我ながら悪くないアイデアだ。そうと決まれば実行といこう。

 私はしばらくして上がった。




 いくつかの資料を印刷し、私は屋室に入ると使い魔が座っていた。というよりは寝ているというべきなのか。

 寝るならベッドで寝ろ、とも思ったがそもそもこいつらには睡眠が必要なのだろうか。

 そのようなことを考えながらベッドを見る。どうやら整えられた後のようだ。

 なるほど、それはベッドで力尽きるわけにもいかないだろう。

 私は使い魔を抱きかかえるとベッドに置く。

 意味は無いかもしれないが、なんとなくだ。

 なんとなく床に寝ているのを見てはいられない。

 さて、私はプリントしてきた資料を持ってきたファイルになぜかここでじると棚に入れ。

 椅子に座るとパソコンを開く。

 何とかしてこちらにも電気を引けるといいのだが。

 私はパソコンの画面の明るさを落としながらそんなことを考える。何も照明に限った話じゃない。

 あっちで印刷してきて、こっちで綴じてしまうとか、なんか馬鹿みたいではないか?

 それならプリンターなどの印刷機能含め執筆関連を集約させてしまった方がいいのではないかという話だ。

 一番簡単な策はこの棚を船室に移動させることなのだが、それでは本末転倒だ。

 私はまた執筆にとりかかる。




 しばらくして誰かが扉を開く。

 ほどなくしてその正体は分かる。

「遊びに来てやったぞ」

 彼女だ。

 見てはいないが声でわかる。

「特に何も無いが?」

 パソコンを閉じながら立ち上がると資料ファイルと手に取り、椅子の上に置いて椅子を押しこむ。

「まあ、よいではないか。

 談笑も立派な娯楽であろう?」

 彼女が棚の横から顔を覗かせる。

 椅子を仕舞い終えると彼女の方を見た。彼女があるものを注視し動きが止まっていることに気が付く。

 そのことに私が気づいてから書くほどでもないだろうが、無視できないほどの間があって彼女が笑みを浮かべる。

 温かい嘲笑とでも呼ぼうか。彼女がため息にも近い息を一つ。

 そして続ける。

「こやつらは魔法じゃと言っておるではないか。

 このような気を働かせずともよいのじゃぞ?」

 そのようなことを言いながら彼女はベッドに近づき使い魔を回収する。

 ふとあることを思い出す。

 それはこの使い魔とやらの性別がどちらなのかという話だ。

「吸血鬼、この使い魔とやらは女性か男性か、どっちなんだ?」

「ふむ、それは何によって決めるかによるじゃろうな」

 ずいぶんと話が難解になったな。

 彼女の顔は見えない。が、まあ声色から察するにあまり真剣な話などではないだろうと思うが。

 一応真面目な解答をしておくことにする。

「難しい問題だがやはりその人間あるいは悪魔の本体、

 つまるところの生体の主格者の認識に一任されると考える。

 ようは本人が自身のことをどちらであると自称するかによるというのが私なりの考えだ。

 本人が自分にそんな区分は存在しないというのであれば存在しないとするのが適当だろう。

 まあ使い魔に関してはこの分け方も難しい気もするが」

 体は疑いようもなくタンパク質でできているが、世界は脳によりできている。これらもまた私の世界だ。

 外界は結局のところ主観の人格者の裁量によってすべてが決定する。

 ならばすべての人間に己の性別を意見する自由を担保する場合、すべての性別をその人間自身の定義にそれぞれゆだねるのが平和的であると私は思う。

 などとまあ面白味の無いことを並べてみる。

「なるほどのう。

 ならばこやつらは女性ということになるやもしれんのう」

 そうなのか。

 聞いておいてなんだが、別にどっちでも構わないな。

「そうか」

「しかしそのようなことを訪ねても特に意味は無かろうて。

 何がしたいんじゃ貴様は」

 いや、ちょっと探求心が暴走してな。

 ほらよくあるだろう?頑張って調べたものの使い道のまったく無い知識とか。

「いや、特に理由はない」

「なんじゃそれは」

 彼女が鼻で笑いながらベッドを迂回し窓の方へ歩く。

 窓に腰掛けると彼女がもう一度口を開く。

「さてルアト、もといサクトよ。

 明日、貴様らを歓迎するとして何かしようと思うんじゃが。

 何かしてほしいことはあるか?」

 貴様、ら。

 彼も含まれているらしい。

 さて、してほしいことか。

「いや、特には」

「そ、そうか。うむ……」

 何か捻り出すべきだったか?

 祝いと言えば。で考えてみるか。

 頭の中に検索をかけてみる。

 祝いと言えば……パーティとかだろうか。

 パーティと言ってもな。何をするのか。あまりパーリーのつく人種ではないものでな。

 晩餐とかか?

「何か特別な食事とかでどうだ?」

「おお、よいではないか。

 豪勢な食事でも用意するとしよう」

 彼女が窓から降りる。

「ああ、楽しみにしておく」

「うむ」

 彼女が大きくうなずいた。

 その晩の食事もなかなかの量を誇っていたが、多分私が少食なだけである。

 私は鍵を閉めて寝た。




 朝だ。

 私は起き上がり周りを見る。そしてある光景に驚くことになる。

 その光景の破壊力は何も初体験であるということに起因しないらしい。

 いや、むしろ二度目であることに私は驚いたのだ。

「お、起きたか?」

「何故いる吸血鬼」

 彼女がまたベッドに座っている。

 通りで目覚めがいいわけだ、きっと深くは眠れていなかったのだろう。

 そんなことを考えながら思考を覆うまどろみを拭うように顔を一つ撫でると、その手で私は頭を抱える。

 どうやって入った。鍵は取り付けたし忘れないように閉めたはずだが。まさか。

「どうやって入った?」

 私は小指と薬指の隙間から彼女の方を見る。

「いや、別に妾は飛べるじゃろ?」

 彼女が人差し指を立てる。

「ああ」

「じゃから窓から入った」

 一つ彼女が指を払う。

 その指は心なしか窓へ傾いているような気がした。

「……あ?」

 私の驚きをさて置き彼女が立ち上がりドアの方へと向かう。

「しかし面倒なものを取り付けおって、

 大事の時に困るじゃろ」

 彼女がカギを腫物はれもののように突いている。

 私は心配になってベッドから立ち上がった。壊されてはたまったものじゃないからな。

「安心しろ、そのようなこと滅多に起こるはずがない」

 まあ確かに緊急時に困るには困るか。

 起こらないと信じたいが。それは対策を取らない理由にはならない。

「仕方がないな。

 必要になったらドアに向かってこれをかざすといい」

 そう言って彼女に私が持っていたカードキーを渡す。

 一応もう一枚マスターキーが保管されている。

「このようなもので本当に開くのか?」

 彼女がカードに疑いの目を向けている。

 私は彼女の後ろを回り込むと扉を開いて見せる。

「まあ、やってみるといい」

 彼女が渋々といった様子で部屋から出ていくと私はカギを閉めた。

「行くぞ!」

「ああ」

 たぶんかざしたのだろう。間もなく解錠がなされる。

 私はその様子を見て一歩下がった。

「おお!開いたぞ?」

 彼女が扉を開けながら言った。

「見ればわかるとも。

 大事でもないのに使うなよ?」

「うむ、心得た」

 返事はしっかりとしているが正直心配だ。

 彼女がカードを握りながら部屋を意気揚々と出ていくのを見送ると私はを見た。

「とりあえず……窓にも付けるとしよう」

 こうして騒がしい朝を迎えた。

 ちなみにそれ以来なぜか知らないが部屋の隅には絶対に使い魔が居るようになった。

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