33:第二十話:不明瞭で不確定な何か

 ということでソフィアの元に来た。たったの隣の部屋だが。

 とりあえず私の真意を悟らせないように大きく砕いて聞いていく。

「ふむ、固有魔法をのう」

 彼女が少し考え込む。

「説明しろと言われてもじゃな」

 そう言ってまた唸る。

 ずいぶんとシンキングタイムが長いな。前回教わった時よりも長くかかっている。

 彼女が顔を上げると一つ指を立てる。

「まずはヤクサイノセダイについてじゃな」

 彼女が説明を始める。


 ヤクサイノセダイ。話を聞く限り厄災の世代。

 世界が最も争いに満ちていた時代。あるいはその時代に乱立した天才の総称らしい。


「なぜそんなふうに呼ばれているか。

 その所以ゆえんに固有魔法が関わってくる」

 彼女の説明は続く。


 厄災の世代どもが具体的に振るった猛威は固有魔法。

 固有魔法とは独特な効能、権能を持つ魔法で、もちろん通常の魔法では真似が難しい。


 さて、ようやく聞きたかった固有魔法の説明が出てきたところで新たな疑問が二つ湧く。

1:では固有魔法の詳しい運用方法は?

2:厄災の世代のくだりいる?

 では順番に聞いていくか。運用方法、難しいな。作り方から聞くか。

「固有魔法はどうすれば作れる?」

「うむ、来るとは思っておった。

 そのための厄災の世代じゃ」

 どうやら必要だったらしい。

 彼女が説明してくれた。


 固有魔法の製法。現在失われているらしい。

 ロストテクノロジーというやつだろう。

 では今存在している固有魔法はどうできたのか。

 その答えこそが厄災の世代らしい。

 奴等の時代に固有魔法は乱立したと言われているそうだ。


 なるほどつまり、私の考えていた通りのことを実行できる魔法を手に入れるには。

「探すしかないのか?」

「そうなるのう。

 作ることができぬというだけで、

 拾って使うことはできるからの」

 まあ、例えるなら生産の終了したゲームをプレイするようなものか。

 プレミアとかついてないと助かるが。

「使うことは簡単にできるのか?」

「できる。じゃが真似となれば難しいかのう」

「真似?」

「うむ」

 何が違うのかよくわからないが。詳しく説明してくれた。

 通常の魔法を行使する際に必要となる事象の想像。

 これは固有魔法とて必要になるらしい。そこが真似との差らしい。

 例えば私は既にレインが使った魔法の呪文を知っている。

 もし私が魔法を使えたならレインとやらの使った固有魔法を使用できるかと言われるとそうじゃない。

 レインの魔法は火の球を発生させ向かわせてくるものだが、多分それだけが力ではないように思える。

 もしそうなのだとしたら今頃、ここら一体の森は灰になっている。

 そう、彼女の使った固有魔法が一体どういった事象なのかという理解が私には足りないのだ。

 固有魔法においても事象について詳細な想像が必要なのだとすると、この理解不足な状態ではただ呪文を口に出したにすぎず、固有魔法は不発に終わるという。

「なるほど」

「固有魔法を記したものはそう簡単に見つかるものではない。

 なにより記してすらおらぬものや一子相伝?みたいなものもあったりするんじゃ」

「そうか」

 私は足元を見る。

「合っておるか?」

「ん?」

 私はまた彼女の方を見る。

「何がだ?」

「いや、一子相伝の使い方じゃ。

 実子一人にだけ伝えることらしいが」

「あ、ああ。合っているとも」

「それはよかった」

 彼女が笑みを浮かべる。

 固有魔法、そう簡単に使えるようにならないと来たか。

 一つを手に入れるのでも大変となれば思い描いたものを手に入れるのはなおのこと大変と考えるべきだろう。

「何かしたいことでもあったのじゃろう?

 言うてみるがよい」

 彼女が広げていた辞書らしきものを閉じ、こちらを見る。

「いや、なんでもない。

 ただ自分の思い通りに動く魔法とやらにあこがれを感じただけだ」

「そうか、うむ。

 まあ気持ちはわからんでもないぞ」

「邪魔をした」

 私は部屋の出口に手を掛ける。

「よいとも。

 また、聞きに来るがよい」

「ああ」

 彼女の方を見て返事をすると、

 また扉の方を見た。

「あ、そうじゃ。

 一つ頼み事があるのじゃが」

「なんだ?」

 私はまた彼女の方を見る。

 彼女が本で少し顔を隠す。

 それが仰々ぎょうぎょうしいほど厖大ぼうだいな質量を持ったものでなければ可愛げがあったのだが。

 もはや恐怖である。

「その……ここにあるものを借りたいのじゃが」

 なんだそんなことか。

「構わない。

 好きに持っていきたまえ」

「よいのか?」

 彼女が本を置く。

 たぶん驚いたのだろう。

「ああ、いいとも。

 なんだったら返さなくても問題はない」

 まず私の物ではないしな。

 ああ、いや、むしろ私の物じゃないからこそ貸したり譲渡じょうとしたりしてはダメなのか。

 まあ元の所有者ももういないのだ。そのほうが書物こいつらのためになるだろう。

「さすがにそれはのう」

 彼女の何かしら微妙な感情を含んだその一言を聞き終えると私は部屋を出た。

 扉を閉めると私は止まる。

 

 私はふと疑問に思う。


 なぜ私は隠した。

 帰ることを目論んでいると。なぜ私は隠した。


 彼女は今は難しくとも、そのうち私が帰ろうとしていることは知っている。

 いや、明言したことは無いが、話の流れとして彼女もそのくらいわかっているだろう。

 でも私は……



……明言することを避けた?


 何故だ?




 いや、考えてもどうせ答えなんて出ない。

 そんな事よりも今は見聞を広げることと、それに伴う資料制作、執筆に注力するとしよう。

 その蓄えられた知識がいつの日かロストテクノロジーの復刻にすら繋がるかもしれない。

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