31:第十八話:思考実験『ソルスティスの人』
私は目覚めた。
日は指していない。
というよりはカーテンが厳重過ぎるのだ。
まあ、仕方がない。彼の品の中にカーテンは無かった。この部屋に元々あった吸血鬼用のものを利用している。
現代だったらシャッターで事足りる過重装甲のものをな。
さて、起きて早々窓の方を見ていた私は部屋を見渡すように逆方向へと顔を回す。
途中、あるものに遮られ私の視界は止まった。
「お、起きたか?」
「何故居る吸血鬼」
彼女がベッドに座っていた。
どおりで目覚めがいいわけだ、きっと深く眠れていなかったのだろう。
私は彼女をスルーしてもう少し首を動かす。
やがて私の視界は彼女をスルーさせたであろう扉を映して止まった。
そうか、この部屋侵入し放題だからな。うん、あとでドアに鍵でも取り付けておくとしよう。
「だからそのことは秘密にせよと」
「別に誰もいないのだからいいだろう?」
彼女そっちのけで首の様子を確認する。
枕が変わったから首や肩を痛めないかと心配だったが、なんとか無事なようである。
「ぬぅ」
彼女が声を漏らす。
ひとしきり体の具合を確認すると彼女の方を見る。
「しかし本当になぜいるんだ?」
「あれじゃよ船とやらに遊びに行ったんじゃが……」
彼女の話は続く。皆様には私が代わりに説明するとしよう。
前のように本でも読もうとスキップでもしながら(これは私の勝手な補完だが)足を運んだところ、
入り口にて謎の壁が存在しており、その奥には進むことができなかったようだ。
「どうしたものかと思ってのう」
などと言っている。
つまりはアレか?
侵入防止用に下ろしたシャッターが
私は一つため息を吐く。
「わかった。どかそう」
寝覚めはよかったはずだが既に頭が重い。
まあ俗に言うあるあるというやつではないだろうか。
“起きてすぐは快調でもすぐに鈍行になる”
私はコイツのせいで幾千もの休日を棒に振り込んだことがある。
……後で二度寝でもするとしよう。
「よし来た!」
彼女が勢いよく立ち上がる。
人生楽しそうだな。
吸血鬼なのに。
「ああ、そうじゃ。
朝食は取るか?
一応用意はあるんじゃが?」
そうだな。
「いや、あとで貰おう。
まずは君の要望を片付けることにする」
彼女について行き屋敷を出る。
これで自室への行き方もようやく覚えられただろう。きっと。
そう書くとややこしいか。
これからは宇宙船の自室を船室、屋室と書こう。
つまり屋室への道が分かったということである。
玄関に着くと彼女が傘を手に取る。どうやら今日の天気は晴れのようだ。
……いや、雨でも持つには持つか。
外に出て空を見上げると日光が眼球を直撃する。もちろん太陽を直視すると眼球、ひいては人生の見通しに支障をきたす。
あくまで比喩であって絶対に真似しないように。
世界を自由に見て回る目玉というものを手に入れたというのに、まったく我々人類という奴は太陽の怒りを買うがために太陽に近寄ることを許されないのだ。
まるでイカロスだな。
さて、今は9時、10時頃なのだろうか。
私の目測ではその程度が限界であり実際にはよくわからない。いい加減時計をこの世界に合わせたいものなのだがな。
「今は何時だ?」
彼女が足を止める。
傘がそっぽを向き、その陰から彼女が顔を覗かせる。
「ナンジとはなんじゃ?
妾のことか?」
……ん?
「ん?」
私が我慢ならず喉を鳴らすと
「ん?」
彼女も首を傾ける。
多分彼女は私の言葉でわからなくなっていたのだろうが、私も彼女の言葉でわからなくなってしまっている。
ナンジ……何時。
ああ、
それはそれはイコールで彼女にもなるわけである。納得だ。
「いや、時間について聞きたかったのだが」
「いや、さっきから何を言っとるんじゃ貴様は?」
ん?どうもおかしいな。
時間。この世界ではなんと称されているのだろうか。
いや待てよ。私はかなりこの屋敷について歩いているが未だに時計の類を見たことがない。
さては時間の定義が存在しないのか?
まあ確かにむしろここで彼女が
「セシウム133の原子の
いわゆる国際原子秒なるものを言及してきたとしたら、それはジョークや
というわけであり得なくない、いやむしろ最適解の一つであるとも考えられる。
とはいえ、時間の概念は無くともせめて日が変わるタイミングくらい存在するだろう。そこを0時として時計を設定するとしよう。
まあこの代案はこの世界が24時間周期である場合にのみ効力を発揮するが。それは要経過観察だな。
「ではいつ日が変わる?」
「それは……日が昇ったらじゃろうか?」
そうか。
夜のうちに日付が変わるような文化ではないのか。日出時刻が日の始まりとなる。
つまり一年の時間は変わらないだろうが、季節によって一日の時間が変わるような文化なのだろうな。いや、その分次の日の時間もズレるのだから一定ではあるのか?いや、でも多少なりとも変わるわけで、まあ私には難しい案件だ。もう少し頭のいいのを頼む。
まあなにがともあれ、面白いな、異世界。
私は感情に口角を引っ張り上げられる。
「さっきからなんじゃ、気持ち悪いぞ」
「なんでもない。
気にするな」
私がそう言って歩き出すも、彼女は私が追い抜くまで動かずこちらを見続けていた。
というわけで現在メインコンピューターである。
隔離装置のシャッターは隔離対象となっている部屋の隣接した部屋からしか操作ができないようになっている。
一人で人が閉じ込められたときはどうするのかよくわからないが、まあオートロック然り、車然り、アカウント然り、鍵なんてそんな事ありふれているのだ。気にするな。
しかしメインコンピューターだけはすべての隔離装置を解除することができるらしい。
何気にしっかりとしたシステムなのだろうか?
……いや、メインコンピューターとかいう基幹システムが入り口にある時点で欠陥があるか。
彼女が後ろから不思議そうに覗いているのがよくわかる。
人の視線というやつには並々ならぬエネルギーが存在する。
それを証拠に今にでも私の臨界点を突破し、溶解させんとするほどだ。
そんな
「おお」
彼女のエネルギーもそちらに向いたようだ。
私は一つ溜まっていたエネルギーを吐き出すとその勢いで倒れ込み、彼女の方を見る。
いつの間にか使い魔が来ていたようだ。
「ほれ、食事の用意ができておるぞ。
上まで運ぶか?」
「ああ、頼む」
そっと目を閉じると、しばらくして遠くから階段を上る音が響く。そんなものをものともせず私は余韻に浸っていた。
いやはや繰り返すようだが、面白いな。異世界特有の文化というやつは。良いものだ。
そうだ。これも記録として残すとしよう。そうと決まれば善は急げだ。
私は目標を定めると目を開く。
「大丈夫か。
どこか具合でも悪いのか?」
こちらを覗き込んでいる彼女と目が合う。
「あ、ああ」
私はさぞ苦笑いをしていたことだろう。
かの邪悪なエネルギーの凶悪さの根源は、こちらが覗かなければその存在が確定されないその量子性に他ならない。
何よりエネルギーの蓄積は存在が確定する前から始まっているというのが厄介極まりない。
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