30:第十七話:こうかい

 腕を組み唸っている彼女の姿を見て少し冷静さとやらとともに、私がそもそも何をしていたのかを思い出す。

 そう言えば見張りとやらをしていたんだったな。

 不味いな油を売る、いや投げつけるどころか持ち場を離れてしまった。

 は、置いておくか。

「どうしたんだ?

 ずいぶんと時間がかかっているようだが?」

 部屋の中が見えるほどに足を進めると使い魔たちが掃除のようなことをしている。

 私の声に気付いて彼女が振り返る。

「おお、すまぬな。

 もう少しだけ待ってはくれんか」

 ああ、私がしびれを切らしたと思ったのか。

「いや、構わないが。

 何かあったのか?」

「いや、うむ。

 ちょっとのう」

 彼女が部屋の方を見ながら手を招く。

 招かれるように続くと部屋の中。彼女の視線は部屋の角へと向かう。

「どう考えても持ち出せぬこんなもの、

 どう運び入れたんじゃろうかあやつは」

 彼女の目線の先にはどの幅もドアより大きいベッドがあった。

 私は一瞬ではそれを理解できなかったが、意識で何回かドアとベッドを行き来して分かった。

 確かにどう運び出したものか。


 ベッドを寝かせて、ああいやその表現だと分かりにくいか。

 ベッドを縦(左右のどちらかを下)にして運び入れたのだろうか?

 それだと背もたれとでも呼ぼうか、寝た際に頭の上に来る謎の板が引っかかるな。

 引っかからないように、例えばベッドの大半を通過させた後に旋回させて持ち出そうとできるほど部屋の外は広くない。ほぼ廊下だ。

 ならば横も立てて、もし人が寝ているままだとしたら完全に棒立ちになっている状態で運び出すとどうなるだろうか?

 いや、ダメだな。結局この板が扉の枠を貫通してしまう。

 なるほど確かにこれは無理だな。

 どう考えても家の中に発生したとしか考えられないこのベッドが彼女にとってネックだったのだろう。

「もうあきらめて運べるものを運ぶとしよう」

「そうじゃな」

 それからは話が早かった。

 せっせと使い魔が運び出し、まるで排水でもするかのように次々と小屋の中身を運び出してくれた。

 もちろん村から迂回しての運搬である。これなら彼でもいいような気はするが、まあ置いておこう。

 それなりに酷い思いもしているのだし、きっと何かしらあるのだろう。

 とはいえ同じような経験をしてしまっている彼女がここまで来れているのは彼が弱いからなのか彼女が強いからなのか。

 出来ればそのどちらでもないという選択肢であってもらいたいものだ。


 ちなみに彼に戦利品をみせたところ少しがっかりしていたのはここだけの話だ。

 まあ、ベッド無しで寝るのはな。お察しする。




 その夜の事である。いや、もとより夜か。

 もう少し深まった頃のこと。

 しょうがないので今日ばかりは屋敷の一室に泊まることにした。さすがに彼の苦労を無下むげにするのはさすがの私でも心が痛む。


 ちなみに宇宙船の方は意味があるかわからないが入り口付近の隔離装置なる、まあわかりやすく伝えるのならば学校などの大型建築物に設置されていそうな防火シャッターのようなものを起動し、宇宙船には容易に入れないようにしておいた。

 いや、たぶん二人なら入れると思うが。まあ気休めだ。


 そして私が泊まる部屋なのだが。

 この世界の相場は知らないが私の主観で言えばなかなかの上物であると思う。装飾なども施されておりこの屋敷に遜色そんしょくない、いやかなりマッチしていると思う。

 彼のセンスもそうだが、何より調達の腕は優れているらしいな。

 ベッドに何かよくわからない机。あと何に使ったらいいのかわからない棚と小さな机、というよりは花瓶でも置けそうな感じの物置?が二つ。

 片方は高さから察するにベッド横にでも置けということだろうと察しベッド横に置いてある。

 他方はまあ、よくわからなかったので窓の付近に置いておいた。

これらはもちろん私一人で並べることができるわけも無いので彼女、というよりは使い魔の皆さんにご協力いただきました。

 棚はどうしたものか。

 資料か何かでも詰めれば執筆部屋としてそれなりに機能するか?

 問題はこの部屋にたどり着くルートが未だに覚えられていない事なのだが。

 まあいい、さっそくパソコンを取りに行き、執筆に勤しむとしよう。


……うん、帰り方が分からない。


 それはそうだ。行き方がわからないのに帰れるはずがない。

 仕方がない、また明日にするとしよう。

 とりあえず今日はあきらめて寝ることにした。


 ベッドに埋まりながら私の意識は寝ることに向かう。

 どうも寝ようとして寝れるほど人間は、いや少なくとも私は器用ではない。

 私の考えは近辺を巡回し、やがて先ほどの教祖へと向かう。

 彼らは大丈夫だろうか。

 いや、彼女には治すという強い意志を感じた。きっと何とかなるだろう。それにもう二度と彼女の顔は見ないのだ。うん。考えるだけ無駄だ。寝よう。

 私は寝返りを一つ打つ。


 ……上から、か。いや、なに確かに私の喋り方が変だというのは私が一番わかっているのだが。

 これもある種のキャラクター性だ。今更変えるわけにもいかないだろ?そうだろう?諸君?

 いや、こういう言い方が上からだというのだろうな。

 そうだとは思いませんか?皆さん?

 うん、たぶん彼女の声で再生された人間も少なくないだろう。

 喋り方、口調というのはそのキャラクターの中で重要な要素の一つだ。長期連載がたたった作品ほどキャラクターの口調というやつはぶっ壊れる傾向にある。

 それはキャラクターとして確立させる上で口調に個性を持たせることの比重がかなりあるということ、わかりやすく言い換えるなら口調を変えるだけでもキャラクターを作り出せるということに他ならない。

 特に小説やらの文しか存在しない場合にはなおの事大切だ。

 口調の埋没化はどのキャラが喋っているのかが一瞬では判断できないというわずらわしい状況を生む。

 そうなれば読者様の没入感とやらに大きな障害をもたらすことになるのだ。

 さて、そんなわけで私は自分の口調というものを変更しないことについてだらだらと言い訳を述べたわけだが、一つ皆様に良いことを教えてあげよう。

 人は頭を働かせている間は眠気が訪れることは無い。まあ、脳が拒否ったり、体力を切らしたりしない限りの話だが。

 寝ようとした人が能動的に寝る場合には上記の二つのどちらでもないことが多い。

 寝るためには思考を切るのがおすすめだ。

 切り方がわからないという人間には二つほどいいやり方というものが私の中に確立されている。どちらも難しいが覚えておいて損は無いだろう。

 一つはしりとりだ。

 これが効果的なのは証拠がある。ある研究だったか何だったかのものだ。

 ある単語を一つ考える。

 その単語の一文字目を頭文字に据えた単語をどんどんと羅列していく。

 その一文字目を頭文字に据えた単語が枯渇したならば二文字目を頭文字に据えた単語を考える。

 それを続けていくというものだ。

 これで思考が切れるという。面倒だろ?

 私のオススメはしりとりだ。しりとりくらいなら反射的にできるだろ?ここで注意しなければならないのが重複を可とすること。

 とにかく続けることだ。何も考えるな思いついた言葉を続けていけ。

 そしてンになってしまったらみんな大好き「ンジャメナ」を乱用して続けたまえ。

 もう一つの方法は煩悩に従うことだ。

 だいたい授業やらで寝るときは妄想の延長線に夢を見ることが多い。それを利用するだけだ。

 好きなことを好きなように思い描くといい。きっといつの間にか寝ていることだろう。

 さて、そんなわけでライフレストハックをお伝えしたわけだが。忘れてはいないだろうか。

 私は一つ寝返りを打った……。


……

…………

………………


……私は今寝ようとしているのだ。

 切実に。


 入眠の水平線はどうもまだ越えられないらしい。

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