29:第十六話:正しさ交差する

 そんなわけで大変で短い騒動は幕を閉じた。

 我々としては何一つ被害が出ていないのはよい事である。

 白衣に関しても洗濯機から出るころには何一つ痕が残っていなかった。

 どうやらあの血痕すら文字通り洗い浚い消し去るほどの力を有しているらしい。

 もはやどんなものまでなら洗っていいのか心配になるレベルである。

 食洗器の方はまだ確認していない。


 さて、今は頭痛に見舞われながら村まで降りてきている。

 原因はたぶん睡眠不足だろう。アドレナリンでも切れたか。

 夕暮れ時に森の中を進んでいく。

 あの時と同じシチュエーションだ。

 目的は彼の物全般と私の家具一式の回収である。

 彼は屋敷の一室に住むことになったらしく、そのためである。

 どういう経緯だったかは私も詳しく覚えていない、もしくは知らない。

「しかし、なぜ彼は来ない」

「まあ、あれだけのことがあったんじゃ。

 しかたがあるまい」

 まあ、それもそうなのだろうか。

 彼も何か思うところでもあるのだろう。

 そんな彼は今宇宙船の一室で惰眠をむさぼっているわけだが。

「そうだな」

 と私が言うと何故か歩いている使い魔が一つ首を縦に振る。

 なぜ連れ歩いている?確かに運搬には必要かもしれないが出歩かせるのは必要な時だけでいいだろう。

 まあ、どうせ気分とかそんなだろう。

 それよりもだ。

「もう一ついいか?」

「なんじゃ?」

 二人がこちらを向き、使い魔が首をかしげる。

「私は必要なのだろうか?」

「んーないぞ」

 すがすがしく言い切る。

「無いのか」

「うむ、じゃが必要が無いのと要らぬというのはまた別じゃろ?」

 二人が人差し指を立てる。使い魔に関してはさらに踏ん反り返るような様子まで見せる。

「まあそうだが」

……そうか?

「それによいではないか。

 貴様も籠ってばかりでは吸血鬼になってしまうぞ?」

 彼女が私の顔を覗き込むように見上げる。

 吸血鬼になる、か。

「むしろ好都合だ」

 それを吸血鬼に言うのはアレか。

「それってどういう……」

「さて、村だな。

 先を急ぐぞ」

 丁度良く見えた村を指し、私は足を速める。

「う、うむ」


 そうこうして日は完全に沈む。

 村は静まれど依然と何ら変わりない。

 何事もなかったかのように村の中を歩いていく。

 不思議なものだ。

 あれだけのことが昨晩あったというのに。

 そんなことを思い見回しながらひた歩く。

 しばらくして彼の家にたどり着いた。

 こちらも相も変わらずにボロ小屋である。

 主人も居なくなり、これから一層ひどくなるだろうな。哀れなり。

「貴様は外で見張ってくれぬか?

 わらわがすべて運び出すとしよう」

「それではまるで我々が盗人ぬすっとのようだが?」

はたから見ればそうじゃよ。

 本人ではないのじゃから」

 彼女はそう言うと彼の家に上がっていった。

 引っ越しというような概念は無いのだろうか。

 あってもそのような業者はいないのだろうか。

 私はデッキから降り、小屋の壁にもたれると一つつぶやく。

「何をしている?」

「見えてましたか?」

 レインとか言ったか。彼女が小屋の裏から出てくると、虚言癖なのかそれとも何かの感情を取り繕っているのか、何やら頭を掻いてはにかんでおられる。

「ああ、彼女が気づいていないのが信じられないほどだ」

 隠れるの下手か。ってくらい見えていた。

「あら、盗人様は夜目よめが良く利くようで」

「そんなことはどうでもいい。

 こんなところで何をしている?」

 私の質問を受け取り、彼女の表情が変わる。

 真剣な眼差しだ。

「特には。歩いていたらあなた方と居合わせただけです」

「そうか。

 まあ、ちょうど居合わせたんだ。

 話したいことがある。付き合え」

 少し時間を空けてから返事をする。

「なんでしょう?

 今更改心ですか?」

 口こそ笑っていて、和やかが柔らかい空間を演出しているが、目は鋭く睨みそのベールを引き裂いている。

 憎しみを内包した敵対者の目だ。

「それは頼まれてもしないな」

「でしょうね。それにしては態度が大きすぎます」

 分かってるなら聞くな。

 と言いたいところだが、タイムリミットは彼女が出てくるまでだ。

 無駄な争いをしている場合ではないな。

「彼らはどうなった?

 無事か?」

「はい、もちろん元気です。

 だからこそ私はこのような場所に居られるのです」

 それはよかった。

 あれだけ悶絶していたのだから何かしら後遺症でも引き起こしてはいないか心配だったのだ。

 どうやらそうでもないようだ。

「そうか、彼女に腕や足が裂かれていた彼らもか?」

「はい、私は神より再生の術を授かっておりますので。

 あのようなもの傷跡一つ残りません」

 ものすごく胡散臭さとやらが漂っているが魔法の一部であると仮定すれば理解できなくはない。

 まあ、どの属性に分類しているとも考えにくく納得こそできないが。それはソフィアの魔法もそうだろう。

 話に聞く固有魔法とかいうやつの可能性もある。

「回復魔法ということか?」

「俗に言えば」

 最初から俗に言え。

 まあ、何がともあれ全員無事ならばよかった。

「まあ無事なのであればよかっ……」

 ふと一抹の不安が私の脳裏をよぎる。

 回復魔法とは何を治す魔法だ?

 傷を治す魔法だ。

 では貧血は治せるか?解毒はできるか?食中毒は治せるか?

 貧血には造血剤、解毒は物によるがマムシと仮定すると血清が、食中毒は胃洗浄だ。

 それぞれが回復魔法でできるか?

「一つ聞いていいか?」

 少し間が開いて彼女が口を開く。

「何でしょう?」

「回復魔法とやらは食当たりを治せたりするか?」

「なぜでしょう?」

 彼女が笑いながら言う。

「いいから答えろ。

 貴様に拒否権は無い」

「そうですね。

 治すのは厳しいことが多いです。

 効くときもあるんですが、それでもすぐに戻ってしまったりして」

 やはりか。

 一つため息を吐く。

「それがどうかしたのですか?」

「私はかなり嘘には敏感な方でな」

 もちろん嘘だ。

 いつも他人に騙されてばっかである。

「え?」

 うん、まあ文脈を無視した明後日あさって暴投暴れ玉一周回ってデッドボールど真ん中であることは自分も理解している。

 でも最後まで聞いてくれ。

「奴等に回復魔法は効いたか?」

 彼女の表情が一瞬強張り、糸に染みついた絵の具のようなぎこちなさを覚える。

 何か思い当たる節でもあったか?

 表情は依然変わらない。

「一つ、と聞き及んでいますが?」

 ずいぶんと頭の回転が速いことで。

 人をだますにはそこまでいかないとダメか。

「答えろって言わないとわからないか」

 私は頭の不安感とやらを取り除こうと必死で彼女に食らいつく。

 見苦しいのなんか、言われなくてもわかっている。

 それでも早く逃げ出したいんだ。

「答えてくれ、頼む」

 彼女が奴等と聞いて反応を示した。

 それは回復魔法に対して、奴等という範囲が彼女の中に存在しているのだ。

 つまり。

 彼女が下を向く。

「全く効きません。

 もがき苦しむだけで何も変わらないのです」

 左腕の肩から肘にかけての部分、俗に言う二の腕とやらを抑え、彼女は私から顔を遠ざける。

 日が沈み熱源もなくなったせいだろう、すこし冷え込んできたな。そのせいか喉も強張ってうまく動かない。

 はは、そんなわけがないなだろう?

 私はこれまでにないほど硬質な唾を飲み込む。

「そ、そうだな。まあ私も過剰防衛が過ぎた。

 どうだろう?できるかわからないが彼らを治してやろうか?」

「お断りします」

 彼女がこちらを睨むように見る。

「なぜだ?」

「神の思し召しです」

 我々凡人にはわからないありがたいお言葉だ。

 もう少し俗に頼む。

「もう少しわかりやすく頼む」

「私は彼らに神からたまわった術を施しました。

 ですが治らなかったのです。

 あなたに治せてしまってはあなたが神を超えてしまう」

 そういうことか。

 こんな俗な言葉で形容していいのかわからないが、ある種のプライドみたいなものだろう。

「それと」

 彼女が私の方に指を指す。

「その上からものを言う態度が気に入らないです」

 正しい意見という物は人を動かすのに適していないと聞く。

 ではそれで何が起こるか。簡単だ。

 私は鼻を鳴らし勢いをそのままに告げる。

「貴様に言われるとは心外だな」

 ただの敵対だ。

「なにを……」

「私はお前の仲間を治すと言っているんだ!

 君はただありがとうございますと言えばいいだけじゃないのか!?」

 そう、合理的であるという指針の元、私の意見は正しいという結論が出ている。

「だからそれではあなたが神を超えてしまうと言っているのです!」

 きっと彼女にとっては信仰の元、倫理的に正しいという結論が出ているのだ。

 正しい結論というのはどうも一つのゴールに向かっていないのだ。

 それを忘れるとこのような結果を招くことになる。

「話にならん。じゃあな」

 私は怒りに任せ彼の小屋に向かう。

「ええ、あなたと居るとけがれます」

 正しさとはなんだろうか。

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