28:第十五話:血痕
「ああ、関係あるとも。
彼女に君と同じ方法は使えない」
「な……」
私は彼女を見た。
何が死なないだ。何が吸血鬼だ。それならば今すぐ起きたまえ。
なにいっちょ前にフラグなんて回収してくれているのだ。
落ち着け考えろ。
私は主人公だ。
私は異端者だ。
モブどもとは比べ物にならないほど医学を嗜んでいる。
そうだ。考えろ。
そうだ。縫合だ。いや彼女の部位は心臓。つなぎ合わせてもすぐに圧力で傷が開くのでは?
そもそも私にそんなことができる技術も道具もない。考えるだけ無駄だ。ほかに何か方法。何かなにかなにか!
ダメだ。このまま出血が続けば時期に彼女は、時期に、時期に……?
私は矢の付け根に焦点を合わせる。
出血が止まっている?
いや、そもそもあれから出血については見ていない。
もしや既に手遅れか?
いや、まさかそんなわけがない。
どんなにひどくてもこんな一瞬で枯渇するわけがない。
まさか、止まっているか?
私はふとある光景を思い出す。
彼も彼女を見ていた。
「急いで矢を抜くぞ」
「そんなことしたら、お前」
彼の言わんとすることもわかる被害は広がるだろう。
本来ならな。
私の脳裏にある光景。それはとあるものを刺したのちの光景だ。
「ああ、また血が出ることになるだろうな。
だが私にまだ考えがある。できる限りのことはするとしよう」
彼が私の方を強く見る。
「おう!
頼りにならねぇし頼りたくもねぇが今だけは言うことを聞いてやる」
よし後でいろいろと話し合いをするとしよう。
「もしうまくいかなかったら殺す」
よし話し合いができるように祈ろう。
彼が彼女を片手に持ち替え、矢を引っ張る。
「力づくで引っ張っても駄目だ。
おそらく返しが付いている」
「どうすりゃいい」
そのくらい考えついてくれ。
矢は言わずもがな刺さるようにできている。
矢に限った話ではなく返しが付いているものに関しては、侵入方向と同じ方向に移動させることによって貫通という方法を以って抜き取ることができる。というかその方が確実だ。
「まず矢羽根の下あたりを折る。
できることなら切り落としたいものだが」
「ちょっと持ってろ」
彼が私に彼女を持つように指示する。
彼から手渡された彼女は、口が裂けても言えないが重かった。
まあほら、意識を失っている人間は重いと聞くし。
彼が手を開くと何やらうすら青い光が現れる。
そしてその光はうねりながら動くと彼女に刺さった矢の中腹を横切り、その通り道には矢羽根の切り落とされた矢があった。
「これでいいか」
何をしたか知らないが嬉しい誤算だ。
「ああ、問題ない。
後は下から引き抜け」
彼が彼女の下側、胸倉に手を回す。
「あ……」
「どうした?」
「さっき引っ張ったせいでほら」
彼がそこで言いよどむ。
そしてなんか策があるだろと言わんばかりに真顔で私を見た。
「上からある程度押し出せ、その後に引っ張ればいい」
「おお」
返事か感嘆か。
彼はそう言うと指示通りに動く。
私ができるのはここまでだ。
後は私の予測通りに事が運ぶことを祈るしかない。
私の考えが正しければ吸血鬼はバカみたいな再生能力を有している。つまり、矢さえ抜き取ってしまえば……。
案の定、もう一度出血が見られるがすぐに収まり、安堵する。
「治ったのか?」
彼が言った。
「わからない。
ただ後は安静にするくらいしか」
「そうか」
彼が矢を捨てながら言う。
「屋敷まで運んでやってくれ」
私がそのように頼むと彼が彼女を引き取る。
「任せろ」
そう言って彼は彼女を抱えると空高く飛び上がった。
彼が夜空へと消えていくのを見届けると私は辺りを見渡す。
あれだけ隙だらけだったのに追撃を仕掛けてこなかったのだ。
つまりは。
「そうだな」
レインとその一味の姿は負傷者を含め跡形もない。
その存在を証明しているのは地面にこびり付いた血痕だけだ。
まさかどこかに隠れて私一人に強襲を仕掛けてきたりしないだろうな。
レインの目標は大金を確保すること。
とすると可能性は無くはない。
私は手を見る。
手首までしっかりと赤く染まっている。
いつの間にやら袖が下りていたようだな。
「これ落ちるか?」
興奮冷めやらぬとやらか一人なぜか呟く。
それもそうか。血こそ止まり傷が閉じているだろうが、彼女が生き返る保証はない。
まだ何も終わっていないのだ。
私はこういう時、絶望に近い可能性を信じることにしている。
彼女がもし死んだとしたら。
拳を握る。
レイン、次に会った暁には容赦はしない。
さて、私も屋敷に向かうとしよう。
手を裾で拭うと私は前を見た。
一歩も足が前に向かわない。
それもそのはずだ。
「さて、どう帰るか」
まずここがどこなのかもわからないのだから。
日は変わり。
私は彼と机に向かいあう。
「だからやめとけっつっただろうが」
彼がテーブルに置かれたグラスを持ちながら言う。
「いや、言ってたか?」
私はグラスを置いた。
「言ってたかわかんねぇけど一応止めただろ?」
「そうだったな。
それはともかく、殺さないのか?」
彼に聞いてみる。
彼が一つ鼻で笑った。
「そんなことするわけねぇだろ?
お前だって頑張ったんだ。
そうだろ?」
彼がグラスを持ち上げる。
「ああ」
私もグラスを持ち上げた。
グラスがぶつかることは無く。
そこに音は無かった。
「……なんじゃこれは」
と、彼女がテーブルに頬杖をつき、
呆れた顔を浮かべている。というより死んだような冷めきった目を向けているな。
「いや、もしお前が死んだときのためにな?」
彼が手首を返す。
「ああ」
私は返事をしながらグラスを置き、湯呑を持つ。
「お、恐ろしいことを考えるでないわ!」
一応明記しておくと彼女は元気に復活を遂げている。
今は宇宙船のダイニングにてお茶を嗜んでいる。
あの後彼曰く彼女を寝かせただけらしい。
それだけでこれだ。
どうやら吸血鬼はとんでもない再生能力を有しているようだ。出血が止まってもあれだけ血を流せば何かしらあるだろうにそれすらないとは。
ただし今回で言うところの矢のような異物の排除は再生とは別になっているあたり、銃弾などのことを加味するとデメリットにもなり得るという難点があるだろう。
吸血鬼が
そしてなんとか帰った私は彼に宇宙船の一室を貸し、自室で寝たのだが。
一夜したらすっかり元気になっていてとても驚いたとも。
寝起きに彼女の姿を見た時は怨念か天国かの二択だと思ったものだが。
さしずめ大団円といったところである。
「しかしまあ、大変な一日じゃったのう」
彼女が机に顔半分を突っ伏す。
「だな。もうこりごりだ」
彼がグラスに口を突っ込みながら言う。
元死人の二人はずいぶんと堪えたようだな。
まあでも正直そのどちらも目の当たりにしている私もかなり疲れている。
「お、飲みやすいなコレ」
一口で飲み切ったのだろう彼が中身の殻になったグラスを眺めながら言う。
そりゃそうだろう。
だってただのぶどうジュースだからな。
「そっちも貰っていいか?」
私の口を付けていないグラスを見る。
「ああ、構わないとも」
私は彼にグラスを差し出す。
「よっし」
「そんなに仲良かったか貴様ら」
彼女がこもった声で言う。
まあ、物理的にこもっているのだが。
彼がワイン風の飲み物を一気飲みし言う。
「さあな」
私も別に仲良くなったつもりはないが、前ほど険悪でもなくなったかもしれないとは思う。
「まあ、よいか」
疲れが限界に来たのか、思考を放棄している。
彼が湯呑を持ち一つ飲む。
ゆったりとした空気感である。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
しばらくして彼は口を開く。
「なんじゃ?」
「この建物なんなんだ?」
おっと、空気が張り詰めたな。
この建物について語るとき、それすなわち異端者であるということを伝えることを意味する。
私は彼女の方を見た。
「いいか?」
「なるほどのう。
話すがよい」
「何の話だ?」
彼が不思議そうにこちらを見ている。
「その前に少し私の話をするとしよう」
「いや、別にいい」
彼が真顔で断る。
よし、無視だ無視。
「私は、実は異端者だったんだ」
「ふーん」
彼は湯呑をすすった。
依然興味無しといった様子である。
「して、この建物は結局なんなんじゃ?」
彼女から聞かれて気づく。
「そうか、君にもまだ説明していなかったか」
「うむ」
だから、なるほどか。
なるほど。
「さて、どう説明したものか。
まずこれは建物ではない」
「ふむ」
「んじゃなんだよ」
彼が湯呑を口から離しそう放つ。
どうやらこちらには食いついたらしい。
「これはなんというか、船なんだ」
と言って伝わるわけがない。
宇宙船というものをどう説明すればいいのか。
「そうじゃったのか」
「なるほどなぁ」
彼が解決したように湯呑を口へ運ぶ。
「待て、納得できるのか?」
「まあ、あんま見るもんでもねぇけどな」
「そうじゃなニンゲンカイではあまり見かけぬな。
マカイではよく見たものじゃが」
さて、彼女らの話について掘り下げるとしよう。と言ったものの彼女の説明によるものなのだが。
曰く、この世界には箱状の建物が搭載された船、ではなく形そのものが箱状である船が存在するらしい。
一体どう動いているのだろうか。
その話を聞いている過程で分かった単語が以下の通りだ。
人間が主体となっている海域がニンゲンカイ。
悪魔が主体となっている海域がマカイらしい。
まあそれぞれ人間海、魔海だろうと推測が可能であるため本書ではそのように記す。
ちなみに我々が今居るのが人間海だそうだ。
「そうか、なるほど。
そのような認識で構わない。
付け足すならその船の中に様々な施設が入っているものだと思ってくれればいい」
「うーむ、じゃからそれはあれじゃな?
あのーあれじゃよ」
うん、アレだなわかるわかる。
冗談はさて置き彼女が顔を下げる。
何か近しい言葉を探しているのだろう。机の上に聳え立つ片腕の指が悶えている。
「オウゾクセンだろ?
最近じゃコウゾクセンってのか?」
「ああ、それじゃそれじゃ!」
彼女が勢いよく顔を上げ彼の方を見る。
まあ、もう一度掘り下げるとだな。
オウゾクセンはたぶん王族船だろうな。
まあ、そうそう様々な施設を携えた船などあるはずもなくやはり限られた存在だけが利用できるものらしい。
豪華客船みたいなものか?
コウゾクセンに字を当てるならば皇族船なのだろうか。
もちろんこの世界に天皇様がいらっしゃるとは思えないが。
なぜ名前が変わったのか。
理由があるそうだが、話が長くなるそうなのでやめてもらった。
「そうだったんだな。まだ謎だらけだが、
まあ、よろしく頼む」
彼が手を出してくる。
これが正真正銘の自己紹介となるのだろう。
「アアアア」
彼が爽やかにこちらを見てそのように呟く。
私は一瞬猫だましでも喰らったかのように、いや、あれはもはや豆鉄砲でも喰らったように停止した。
頭の中では今までの出来事を走馬燈のごとく
そして私の頭は時間でも遡れそうな速さで回転し、ある一つの真実を見抜く。
……今の今まで訂正していなかったらしい。
「いや、名前はそうじゃなくてだな。
偽名ではルアト・ザン・インフェンスと名乗っている。
本名は夜京作斗、名前が作斗だ」
「んじゃとりあえずルアトでいいか?
よろしくな」
「ああ」
彼の手を取る。
なぜ今まで訂正を忘れていたのか。
いや、まあ今訂正で来たのだからよかったとしておこう。
私はテーブルの片づけを始めた。
皆のコップを受け取り、水に流すとキッチンの食器洗浄機らしき何かに突っ込む。
どうせこれも魔改造紛いの改良を施されているに違いない。
そんなことを思いながら装置の扉を閉め、電源を起動する。
席に戻ると背もたれに掛けてあった白衣を彼女が笑みを浮かべながら握っていた。
彼女の手元をよく見ると白衣の血痕に添えるように手が置いてある。
そう言えばあの騒動で血がついていたのか。忘れていた。
多分だが、洗濯機もそうだろうな。試しに使って見ることにしよう。
「どうした?」
「ん?なんでもないぞ?」
なんだかやけに楽しそうである。
「気持ちわる」
対称的に彼は吐き捨てるようにつぶやく。
いや、吐き置くとでも言おうか。勢いこそ無いが感情は乗っている。
「そうか、洗うから返してくれ」
「そうか、残念じゃ」
何がだ。
彼女が渡しながらそのように呟いた。
私が受け取ると彼女がまた楽しそうに口を開く。
「こやつから聞いたぞ?
なんと矢に貫かれたそうではないか?」
こやつ、というとセシルこと彼だろうが、いつの間に話したのやら。
私が起きる前か。
「こやつ、それ以外何も話さなくてのう」
逆にそれだけは話したんだな。
私はこの時その理由を目の当たりにしていなかったのだ。
彼女が私に詰め寄るように近づく。
「で、で、どのように治してくれたんじゃ?」
これはまたずいぶんと目が輝いているな。
私は彼の方をちらりと見た。
彼は一瞬目が合うと私から目を逸らす。
そう、言えるわけがないのだ。
ヒーローインタビューかのように質問を投げかけてくる彼女と、勝手に治ったという事実の狭間に漂う私は、ただただ目を逸らすことしかできなかった。
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