27:第十四話:絶望の再臨

 皆が導かれるように一斉に見上げる。

 空には星々の逆光に照らされ、形しか見えない暗雲が一人。赤く鈍い輝きを放つ一等星が二つ、こちらを睨みつけている。

「なんじゃ、ずいぶんと楽しそうなことをしておるではないかお主ら」

 ソフィアだ。

「お出ましのようですね」

 たぶん、ソフィアだろう。

 本当に真っ暗で輪郭と声しかわからないのだ。

「来てやったぞ!無礼者め」

「悪魔に礼など必要ないのです!」

 二人がずいぶんと長い距離を隔てて威圧し合っている。

 それでもなお激しくぶつかり合い火花が散っているように見えるのが、女性同士の喧嘩は怖いというやつだろうか。

 なにより恐ろしいのはこれが深淵の水底では到底ないということだ。

 まあ、それはともかく。

「いや、ちょっといいか!」

「ん?なんじゃ!」

「降りてこい!

 聞こえにくくてめんどくさいんだ」

「あ、ああ……そうじゃな」

 彼女が降りてくる。

「で、これはどういう状態じゃ?

 まあ相対あいたいしておることは言わずと知れておるが」

 彼女が小さめの声で問う。

 それが分かっているのならば話すことは特に無いだろう。何より私も詳しいことはよく知らない。

「まあその程度の認識があれば問題ない。

 相手は一応、普通の人間だ。

 殺しはするなよ」

「貴様、わらわをなんじゃと心得ておる」

「吸血鬼」

 私は小さく即答した。

 詳しくはわからないが彼女がなんとも言えない顔をしているだろうことは想像に難くない。

 そんな中、かの教祖が動く。

「取り押さえなさい!」

「ま、まあよい、そちらの小娘を少しの間頼む。

 こちらは妾が引き受けようではないか」

「いや、あの女に戦う術は今のところ見受けられない」

「そうか、では要らぬことをされぬうちに仕留めるとするかの」

 男たちが向かってくるのを見ながら彼女が一歩前に出る。

「見ておるがよい。

 これが悪魔の力じゃよ」

 彼女の手に赤い光が現れ火花のようにまたたく。

 その手を彼女が振りかざすと次の瞬間、地面から赤い閃光が現れ皆を穿つ。

 あるものは腕を貫かれ、ある者は足を貫かれ、その場に屈する。

 赤いが火属性のそれとはまた違う色だな。なんだろうか。

「安心せい、命は奪っておらん」

 確かに脳や心臓等の取り返しのつかないような部位にはダメージは入ってなさそうではあるが、四肢が貫かれるにとどまらず裂けている者も居て、いっそ殺してやった方が楽なのではないかと思うほどである。

 そんな惨状が数秒と無い間に作り出され彼女が続ける。

「さっさと村にでも逃げ帰ってどこぞの神の使いにでも治してもらうがよい」

 神の使い、何のことだろうか。奴の事か?いや、だとしたら村に帰るようには言わないだろう。ほぼ致命傷な惨状さんじょうを見かねて言っているのだから村に何か教会的な機関など存在して特別な回復でもできたりするのだろうか。仲間を生き返らせたり。

 一つため息を吐くと彼女が振り返りにやりと笑った。

「どうじゃ?

 恐れおののくがよい」

 若干、いやかなり引いたがそれよりもだ。

「一体それはなんだ?」

 そもそも魔法なのだろうか。

 それともまた何か違う超常現象なのだろうか。

「……どういう意味じゃ?」

「それはどのようにしたらできるかと聞きたい」

 そう、私は学んだ。

 自分にできれば何でもいい。

「できるわけないじゃろ!?

 悪魔の力じゃよ!」

 完全に人間には真似できない芸当らしい。

 詳しいことも少し気になるが、一切できないともなれば今は興味は無い。

 私は後ろに振り向く。

「さて、ということだ。

 何か弁明はあるか?教祖様?」

「いや、どういうことじゃ」

 背面から彼女の呟きが聞こえる。

「希望の炎は赤く」

 聞き覚えのあるフレーズだ。

 私には効果がなくとも彼女がどうなるかはわからない。

「逃げるぞ!」

 私が彼女の方を見ると彼女が歩きこちらに来る。

「まあ、待つがよい。

 固有魔法じゃな、面白いものが見られそうじゃ」

 彼女が片手で私を制止する。

 固有魔法?

「絶望を照らし出す信徒とならん。

 敬虔なる我が信徒よ、

 その魂を以ってかの者を浄化せよ」

 前よりも少し長くなったか。それとも一部が同じだけで違う呪文なのか。

 背後の光は前回よりも強くなっているように感じる。

「うむ、なかなか面白いものを見せてもらった」

 轟音の中、光に強く照らされた彼女が笑いながらそのように述べる。

 なんで楽しそうなんだこいつは。

「じゃが……」

 そう言うと彼女が炎に向かって手を伸ばす。

 彼女が手を力強く握ると赤い炎は瞬く間に青い光に包まれ萎んでいく。

「悪魔をなめすぎじゃよ」

 レインとか言ったか。教祖は静かに腰を落とした。

 何も言えなくなってしまったようだ。

「さて、どうする?

 お主が何者かは知らぬがずいぶんと世話になったのう」

 彼女がレインに近づく。レインは足を引き摺るように後ろへと下がった。

「彼はそいつが殺したようだ。

 目的はわからないが」

「そうか」

 振り返りそうつぶやくともう一度レインを見て喋りはじめる。

「まあ、こやつの処遇は貴様が決めるがよい。 

 妾はどうだろうと構わん」

「私も別にどうだって構わない。

 むしろ君の方が実害を被っているんじゃないか?」

 一応だが知人なのだろう?

 すると

「じゃあ俺が決めていいってことだよなぁ!」

 上空から声がする。

 それは土煙を上げながら地面に急速に降り立つ。

「ったく不意打ちとは礼儀がなってねぇよな」

 私はその姿を見て驚いた。

 いや、きっと彼女も驚いていたことだろう。

 彼の再臨に。

「おぉ、セシルではないか」

「あぁ!?なんでテメェそんなに淡白なんだよ!」


 そんなに驚いては無かった。


 私も平然をよそおい、続く。

「そうだな、確かに君が処遇を決めるべきだろう。

 一度殺されかけているしな」

「テメェもか!?」

 しかしまあよく復活したものだな。

 彼女はもしや本当に復活すると信じていたりしたのだろうか。

「なぜ、生きて?」

 レインが彼の方を見ながら呟く。

「ん?さあな、俺に聞くな」

 セシルが答え、彼が彼女の方を見る。

「こやつに聞くがよい」

 彼女が私の方を見ると追うようにして二人もこちらの方を見る。

 いや、私に聞かれてもだな。

「私に聞くな」

 彼が振り返り彼女に言う

「まあそういうこった」

「どういうことですか」

 真顔で言うな。

 少しの間があってからソフィアが喋り始める。

「お主はどうしたいんじゃ?こやつの処遇」

 彼が腕を組んだ。

「それなんだよなぁ」

 彼女が思い出したかのように顔が引きつる。

 彼が唸っている中、視界の縁で一際目立つ情景が皆の神経を支配する。

 それは知り合いが人混みの中を歩いているのを見かけたような、自然で変哲無く、かつ類稀な存在感を放ちながら視界を横切る。


 ソフィアが倒れたのだ。


 私はその情景を理解せんと目を走らせる。

 彼女の背中。羽ではない何かが君臨する。

 そしてその根元から実力的にも視覚的にも高圧的な赤い液体が激しく飛び出ている。

 私はその液体の名を知っている。

 血液だ。

 そしてそれに導かれるように背後を見る。

 彼女だった背後には誰もいない。

 そしてもっと遠くを見る。

 先程彼女が倒した死屍累々の後ろに立つ青年。

 思い出した。

 私が数名と戦っている間に消えた右側の青年。

 背中に存在していた何かが彼の手に握られている。

 それは、やはり、やはり弓なのか?

 私は彼女の方を見る。

 彼女は弓で貫かれたのか。

「あの野郎!」

 彼も私と同じほどで彼の存在に気づいたようだ。

 当時の処理速度はかなり見張るものがあったと自負しているが、彼の反応速度は私よりも素晴らしい、彼女を受け止めても居たのだ。

 彼女を抱えているのを見て、もう一度青年の方を見やる。

 その影はもう見当たらなかったがとりあえず今は彼女を何とかするのが先だ。

「まずは彼女の安否が先だ!」

 彼が彼女に向き直る。

「そうだな」

 でもどうする?

 どうすればいい。

 私はどうすればいい。

「おいテメェ!

 俺をどうやって治した」

 彼の呼びかけに対して私は我に返る。

「そうか!」

 私が希望を目の当たりにしたのを見て彼がにやりと笑う。

「おう、同じ方法で治せんだろ」

 そう、あの装置は彼を復活させた。

 彼がここにいるのがかの装置が正常に動いている証拠だ。

 彼女も同じようにただ、あの装置に入れるだけでいい。

 彼が来てくれてよかった。

 これで希望が、


 当時の私は残念ながら冴えていたらしい。

 私の頭は思考を止めなかった。


 彼はどうやってきた?彼女に連れられてきたか?いや、そんなことはない。

 じゃあ、彼女に起こされたか?ならばなぜこんなにもラグがある?

 もしや……。

「おい!聞いてんのか!」

「君、ここに来るときに何か……。

 壁とか壊したりしなかったか?」

 彼が焦りからか強く反発する。

「何言ってんだテメェ」

「いいから答えろ!」

 それすらを覆い隠すほどに私は怒鳴った。

 彼は少し戸惑うと答える。

「あ、ああ、起きた時になんかおぼれてたんだ。

 苦しくてもがいてたら何とか出れたけどな。

 それが何の関係があんだ」

 苦しくて、もがいてたら、何とか出れた。

 そう、あの装置は壊されているのだ。

 彼がここにいることこそが、彼が復活しているこの状況こそが、装置が使用不可になっているという絶望の象徴なのだ。

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