23:第十話:深淵は門を叩き闇と呼ばれる

 しばらく歩き、彼の家が見えてくる。

 夜だからだろうか。なんとも不気味な雰囲気を放っている。

 玄関までたどり着くと彼女が扉を叩く。


 返事がない、ただの空き家のようだ。


 彼女がもう一度大きく叩く。


 返事がない、ただの空き家のように見受けられる。


 彼女が懲りずに叩き続ける。

 ここまでいつも通りなのだろうか。

 彼女が延々と叩き続け体感十秒ほどのころ、彼女の手が止まる。

「おらんのかー」

 しびれを切らしたのか彼女が声を上げる。

 ほんとうにしびれが切れたようで彼女が扉を開ける。カギはかかっていないようだ。はたまたついていないのかわからないが。

 彼女が扉を動かす手を止める。

 私の仮説はカギがかかっていないが優勢になった。

わらわのそばを離れるでないぞ?」

 何の冗談かと笑い飛ばそうとか考えるほど私はぶっ飛んでいない。

 異端者になる前から割と異端なのは自負しているが、そこまで重症ではない。

……と思いたい。

 一つ頷くと彼女の後ろを付ける。

 彼女がゆっくりと中に入っていく。

 中は物音ひとつしない。音の無い空間はうるさくて嫌いだ。

 彼女が居間にまで進んだ頃だろうか。

「なっ」

 彼女が声をあげ、止まる。

 私も一歩前に進み彼女の肩越しにその部屋を覗くことになる。

「見るな!」

 彼女の静止が聞こえるのと同時、部屋の中心に黒い物体。それが目に入る。

 少し前まで燃えていたのかところどころオレンジ色に光り輝いており、悪臭を放ちながらこちらを見ていた。

 私は事態を飲み込めていなかったのか、それともよく見えていなかったのか。

 その物体をしばらく見つめているとその輪郭が明らかになる。

 黒いものを覆う布。

 崩れ去った棒状のもの。

 そう、これは死体だ。


 そうか、これは死体か。


 死体を見た時には拒否反応が出る。

 それが人というものだ。

 だがここまで乖離かいりされるとなんとも気分を悪くするのも難しい。

 彼女が心配そうにこちらを見る。

 案ずるな。


 証拠はない。だがおそらくこれは彼のものだろう。そのことになぜか絶望したのを私は覚えている。

 きっと彼女の方が絶望していることだろう。

 彼女が心配するのをよそに私は彼女の心配をしていた。


 だがまだ絶望するような時間ではないかもしれない。


 どのようにやられたかは定かではないが、燃やされたのはすぐの事だろう。希望の光が薄く輝いている。

 死とは過程だ。

 人はどこにあるかわからない果ての地への道を死と呼んでいる。

 引き返せば生が待っている。

 つまり連れ戻す技術さえあれば死なんてものは状態ではないのだ。


 さて、我が研究所には倫理観のぶっ飛んでいる頭のいい馬鹿が大量に居る。

 その中の一人が開発したそれはそれはとんでもないもの。

 アレを、奴を頼るよりほかないのだ。動かないかもしれない。でもやるしかない。

 試みない後味の悪さは過去の私が知っている。

「彼を屋敷まで運ぶぞ」

 彼女に要件を伝える。

「な、何を言っておる。

 惜しいのはわかるが、今だけはここを離れるのが先じゃぞ」

 彼女に諭される。

 説得している時間は無いのだ。

「いいから早くしろ!

 彼が死んでも構わないのか!」

 彼女が固まる。

 彼女の目に私は一体どう映っていたのだろうか。

「……うむ」

 そう言うと彼女は動き始める。

 いくら焼け落ちて軽くなっているだろうとは思うが、さすがに彼女だけで運ぶのは厳しいだろう。

 即席で担架でも作るか。

「さすがに一人で運ぶのは難しいだろう」

「うむ、使い魔に運ばせよう」

 あーそう言えばそんなのもいたな。

 彼女が彼を包み終えると使い魔を4人ほど出す。

 それで足りるのだろうか。

「では屋敷まで……」

「いや、あの建物に運んでほしい。

 少し考えがある」

「うむ」

 今度は力強く返事をすると使い魔たちが一目散に運んでいく。

「貴様はどうする?

 さすがに急ぐのは厳しいか?」

「なんの心配だ?

 急ぐぞ」

「……うむ」




 しばらく走り宇宙船に着く。

 使い魔たちが暇そうにしていた。

 いや、暇そうにしていたというよりは上の空というか、突っ立っていただけなのだが。

 その光景はさながら3DCGのゲームのアバターやキャラクターなどが、モーションを読み取れなかった様子で、見た時はそれは複雑な心境になったものだ。

「もう少し奥へ運んでくれるか?」

 私が話しかけると彼女が指示を反映したのだろう。

 使い魔たちが一斉に動き始める。

 もう少し指示を続け、救護室は例の装置にそのむくろを突っ込む。

 あとは祈るだけだ。

 宇宙船に搭載されている装置は宇宙船の説明書に記されているが、この装置の名は記載されていない。

 我が研究所で私が見た研究成果の中で最も恐ろしいと感じた装置の一つだ。

 万能な治療装置なんて銘打って作られているが、そんなもの名目に過ぎない。

 治療紛いの蘇生装置だ。

 ここまで肉体の残った死体ならば復活など朝飯前だろう。

 前にも記した通りで動くかどうかはわからないが、今はやるしかない。

 私はこの装置が嫌いだ。だが今は一人の命が掛かっている。そんなプライド脱ぎ捨ててやる。

 だから今だけは動け。

 私は彼を見た。

「終わるまで時間がかかる。

 ゆっくりしているといい」

「そうか」

 彼女はそう言ってからも彼女はしばらくそこに居た。

「貴様もゆっくり休むんじゃぞ。

 何かあったらいつでも来て良いからな」

 そう言い残して彼女は立ち去る。

 どこまでも余裕そうだな。

 彼がどうでもいいのか、それとも巧妙なから元気か。

「ああ」

 彼女の背中を見てからしばらくして急に眠気が上り詰める。

 もう、夜だからな。眠くなっても仕方がない。

 階段を上がり自室へと向かう。

 あの装置が動いたなら彼は明日、いや一夜もかからずもう一度活き活きとした姿で現れるだろう。

 私はベッドに倒れるとベッドに居ることを認識する間もなく寝た。




 何やら変な音と手足の違和感で目を覚ます。寝起きは最悪だ。

 彼はどうなっただろうか。

 目を開けた時私は、自らがまどろみの底にあざむかれてはいないか目を疑う。

 首を上げるとそこには数人の群衆と見覚えのある格好の少女が居た。

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