21:第八話:沸点の低さ
村に行ってから数日がたったころだったろうか。
あれから私から彼女に接触する気は起きなかったし、彼女から会いに来ることも特になかった。
彼女が何をしていたかは知ったことではないが、私はというと夜に一人、パソコンに向かっていた。
隣に食べ終えたカップ麺と、その上に置かれた割りばしがある。
どこから持ち出してきたかというのを一応説明しておくとこの宇宙船にはどうやらいくつか保存食があるらしい。カップ麺や冷凍食品などである。果たして冷凍食品が保存食なのかはともかく航行に問題ない程度の食料はあるということなのだろう。
さて、話を戻す。
パソコンで何をしていたかと問われれば今までの出来事をまとめていた。
これで私も腐りなりにも主人公の仲間入りだ。感慨深いな。
さて、その実験過程で一つ気になったことがある。
前回のマクテリア実験についてだ。
実験にはマクテリアと水のパターンを用意した。
これは魔法に際しての消費ではなく、魔法に関するの影響による減少であるという可能性をつぶすため。
つまりは爆発によってうっかりマクテリアが減少したのではなく、マクテリアを消費して爆発したのだ。
という確認のために用意してある。
もし仮にマクテリアと水がほぼ同等量の消費が確認されたならこれは魔法による消費ではなく爆発による減少であるということだ。
実験では水よりもマクテリアの方が誤差の範疇を超えて減少していたため魔法による消費だと考えていた。
そこが一つ気になったことという点だ。
水よりも多く消費されたとしても魔法による消費ではなく減少する可能性が一つまだ存在していたのだ。
それが沸点だ。
皆さまご存知の通りこの世のありとあらゆる物質の気化する温度は様々だ。
水は100度で沸騰し、0度で凍る。
わぁなんて奇跡的な物質なのだろう。残念必然でした。などというタネもシカケもありまくりのケミカルミラクルを拝んだ事のある人も多いだろう。
おのれセ氏。
あ、ちなみに1気圧100度は古いらしいと小耳に挟んだことがある。
先の実験は水とマクテリアが同じ温度で気化するという仮定が無ければ成り立たないのだ。
ではどうすれば良いか。
答えは簡単だ。マクテリアの沸点を図るだけだ。
だいたい九十後半辺りでもたたき出せれば問題は無いだろう。
そうと決まれば実験だ。
私は研究室へ向かおうと自室を出る。
すると階段を上っている人影、ソフィアと目が合う。
「あ」
二人とも言った。
「何か用か?」
「ちょっと話がのう……。
忙しいか?」
忙しいか?
と聞くあたり別に急ぎの用事でもなさそうだな。
後にしてもらうか。
「ちょっとな。
後でもいいか?」
「うむ」
そう言って彼女が帰ろうとする。
せっかく来てもらったのにそれはちょっとな。
「ああ、ちょっと待て。
そんなにかかるつもりはない。
しばらく待っていろ。茶でも入れる」
「そうか。
ではそうしようかの」
てなわけで彼女にはミルクティーでも提供しておき、実験を始めるとする。
実験は簡単だ。
古典的に検体ことマクテリアを熱し、古典的に温度を測り、古典的に結果を得る。
ただそれだけだ。
記録用の何かが欲しいな。
ということでパソコンを取りに自室に戻ったりもした。
その際に意図せず、いや、本当にそんなつもりは毛頭なく視界に入ったのだが彼女が満足そうにミルクティーを嗜んでいたのはみんなとの秘密である。
さて、ということで実験を始めるとしよう。
せっかくなので加熱ギミックも古典的にガスバーナーで行ってみることにする。
てかなぜこんな道具とそれができる施設がそろっているのか。
いや、きっと何かしら最新ギミックも存在するのだろうが、ぶっちゃけるとこれぐらいしか私にはわからない。
アルコールランプも発見したが火力調整が難しいとのことで落選した。火を付けなければならないのだが、まあ、ライターでいいか。ポケットからライターを取り出しガスバーナーの準備を進める。
準備を進めている途中でちょっと楽しくなってきてしまった私はせっかくなのでマッチでやることを考える。
無事マッチを見つけると記憶通りにガスバーナーに火をつける。
何度で沸点を迎えるかわかったものではないので少しずつ温度を上昇させていく。
しかしまあ、ずいぶんと温かみのある光景だ。
なつかしさ、だとかいうのもそうだが。
物理的に温かい。
やはり暖房器具は灯油かガスに限る。
エアコンなどのような暖房器具は確かに同等量の熱を感じることはできるかもしれないが、何かが足りないのだ。
そんなどうでもいい事を考えながらマクテリアが沸くのを待つ。
沸点はほとんど水と変わらなかった。
誤差と見ても相違ないだろう。
やはり魔法に食われたとみるべきか。
となればマクテリアと水に差は無いか。
いや、水も沸かしてみるとしよう。
もしかしたらこれも私の勘違いかもしれない。
結論、本当に誤差だった。
さて、とすると何故私の魔法にコイツは答えなかった?
異人と異端者との差はもっと精密なのだろうな。
やはり死体か何かが必要になりそうだ。
まあ冗談はさて置き、彼女の話を聞きに行くとしよう。
私はそそくさと実験器具をかたずけていく。
温度計は引き出し、ビーカーは棚、ガスバーナーは倉庫だ。
マッチは……一体どこから出したのだったか。
私は頭の中で一つため息を吐く。
私にはある弱点がある。
記憶にいささか難があることだ。
記憶力は人より高いと自負しているが、時折、人以下の記憶力を発揮する。
それを証拠に見てみろ。先ほど出してきたマッチがどこにしまってあったかをもう忘れている。はは!
……まあ、マッチは後にするとしよう。
私はできる限りの処理を済ませると彼女のもとへと向かう。
ダイニング。
私が彼女にミルクティーを入れていた場所だ。彼女の姿はそこにはない。
追記をするならばミルクティーはキレイに飲み干されている。
まあ、残っているよりはいいのだが。
それよりもどこへ消えた。
私は辺りを見渡す。
研究室に居たとはいえ出口はギリギリ見えている。
彼女が出て行くのくらいは気づくはずだ。たぶん。
この船には他にも脱出口があるそうだが、彼女に見つけられるとは思えない。
船内に居るのだろうか。
一応倉庫にはオートロックこそあるが、彼女に開けることも可能だろう。
……閉めるのは困難が予想されるが。
とにかく、それはまずいな。
カップを水に浸し、私は足早に捜索を始める。
私はすぐに倉庫へと駆け込んだ。
中に入り己の足音が鳴りやむのを待ったが一切物音はしない。
荒れているようにも見えるが私の記憶が正しい限り、これは私がやったものだ。
倉庫を後にし、入れ違いの可能性も考え研究室を見に行き、次に救護室へとやってきた。
ここにも居ない。
救護室、それは宇宙船1階の一室。
何があるかと問われれば巨大な機械が一つと、いくつかの収納だ。
一体何が救えるかと問われれば命だが。私はあいにくこの機械が嫌いだ。
使わないことを切に願う。のだが、こいつはどうもかなりのエネルギーを要するらしい。
メイン電力を失っているこの宇宙船ではそもそも動かないかもしれないな。
まあ、そんなことはどうでもいい。
私は救護室を出た。
残る部屋は2階の船員用の個室のみだ。
まさか入れ違いにでもなったか?
彼女がもししびれを切らして私の部屋に向かったのならば入れ違いが起きるとは到底考えにくい。
何せほぼ道は一本だ。
絶対に遭遇する。
となると別の船員室か。
私は別の部屋を開けていく。
1つ目は部屋。
本当に部屋だ。
何がどう部屋かというと、きっと置かれる予定だったろうものたちが一か所に固められている。
つまり何も置かれていない部屋だ。これを部屋と言わずしてなんという。
持ち主の性格が手に取るようにわかるな。
2つ目は部屋。
まあ、自室だ。
ベットやら机やら椅子やら。
これは
コメントのしようのないただの自室である。
持ち主の性格が手に取るようにわかるな。
3つ目、私の自室を除けば最後の部屋になる。
中に入ると本棚が四つすべての壁を埋め尽くしている異様な空間が視界へ飛び込んでくる。
一応ベットやら椅子やら机やらはあるが、自室としての機能を果たすものとそうでないものの比重がおかしい。
持ち主の趣味に対する執着がうかがえるな。
その中に羽の生えた少女が一人。ベットに座り本を読んでいる。
読めるということは一応、こちらの言語も現在する日本語と同じ書き方をするのだろうか。
「なにをしている」
彼女が顔を上げた。
「なんじゃ、来ておったのか」
本を覗いてみる。
なんだ絵本か?
文が存在するとは言え、絵に重点を置かれている絵本だ。
彼女が画集として楽しんでいた可能性も捨てられない以上、文体が一緒であるかどうか確かめることはできなそうだな。
というか持ち主、まあ私の知人なのだが。
アイツなんで絵本なんぞ積んでいるのだろうか。
「いや、なに今来たところだ」
「そうか」
彼女が本をしまいながら言う。
「で、何の用だ?」
「そうじゃ。
奴がそろそろ買い揃えたころかと思ってのう。
明日あたり、取りに行こうと思うのじゃが」
彼女がしまい終え、こちらを見る。
「どうじゃろう」
「そうか。
構わない」
「よし、では明日の夕方ごろじゃな」
「そんなに遅くでいいのか?」
受け取って、帰りの事まで考えると時間が足りないようにも思われる。
特に私が同行するともなれば余計にな。
「あそらくあやつのことじゃ、
どうやって運ぶかなどどうせ考えておらんじゃろうと思っての。
使い魔たちも妾の一部みたいなものじゃ、日光に弱くてのう」
なるほど。
帰るころには日が落ちている状態にしておきたいということか。
「なるほど」
私が納得した辺り、彼女が口を覆いあくびをする。
「要件も伝えたことじゃ、
さすがに寝るとするかの。
また遊びに来てもよいか?」
何をしに来るんだ?
そう思い周りを見渡す。
ああ、これか。
この世界では本は一体どのような扱いを受けているかわからないが、まあこれだけの娯楽コンテンツはそれなりに価値を持っているだろうな。
「ああ……」
承諾しようとして私はふと悪いことを思いつき、そしてそれを実行したくてたまらなくなった。
自分でもわかる。
私は不敵な笑みを浮かべていた。
「……扉は壊すなよ?」
「貴様喧嘩を売っておるのか?」
この世界でも喧嘩は売るものらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます