19:第六話:魔法の液体・下

 私はいくつかの道具を大きめの袋へ叩き込むように入れると彼女を呼びに外に出る。

 白い息が顔を覆った。

 相も変わらず広い庭だ。


 さて、歩きながら考えるとしよう。

 異人達の構造はよくわからない。

 もし魔法が手からのみ発生するのならば手の内部に何かしらの特殊な器官が存在していると考えるべきだろうが、彼女の手を見てもそのような体積が存在するようには見えないほど華奢だ。

 何より手なんぞ可動部である関節、動力源の筋肉、その支柱となる骨。これらのみで構成されており、その実態が精密機械だ。

 だから私は拳が嫌いなんだ。キーボードを鈍器にするような行為が何故人間のメインウェポンになりうる。

 話が逸れた。


 私の推測が正しければあの液体。仮称をマクテリアとしよう。

 奴は体内を流れているだけという可能性がある。

 実際、血液の代表格赤血球は酸素やらを運んでいるとは言うものの実際には酸素濃度の高いエリアから酸素を回収し、酸素濃度の低いエリアに放出しているだけで、動きとしては流れているだけだ。仮説としては無理もない。

 そしてここから無理のある推論を展開することになる。


 血液とマクテリアの違いは体外に働きかけているか否かだ。

 血液は酸素を体内に巡らせている。

 当り前だが体外から血液を掛けても細胞が酸素を得ることができるわけではない。

 だが魔法はどうだろうか。

 マクテリアが魔法に関係しているのならば体内から体外への干渉をしていることになる。

 体という壁を貫通しているのだ。

 だとすると体外にマクテリアを散布しても魔法に干渉することができるかもしれないのだ。


 さて、続きは後にするとしよう。

 私は玄関の扉を叩いた。

 しばらくして中から使い魔が顔を覗かせ、一瞬驚くようなそぶりを見せる。

 人の顔を見るなりなんだ。まあ、いいが。

「すまない、ソフィアに用事があるのだが」

 使い魔がまた少し驚いたようなそぶりを見せた後、扉が閉まる。

 なぜここまで高頻度で驚かれる?

 何かマズイことでもしただろうか?

 あー怯えられている可能性もあるのか?

 などとしばらく考えにふける。

 私は壁にもたれた。



 しばらくして扉が開く。

 今度は彼女本人が出てきたようだ。

 何か布のようなものを頭に巻き付けている。

 風呂上がりか何かか?

「どうした?」

わらわがおかしいように言うではないわ!

 もう夜じゃぞ!?」

 周りを見渡す。

 庭は青白く照らされ、宇宙船がひっそりとたたずんでいる。

 ふと思ったが哀愁が感じられて廃墟のような美しさも感じられるな。

 思いのほか時間が経っていたようだ。

 まあそれもそうか昼から少しして倉庫の散策も含め5時間程度。それはそれはお日様も退勤アガるというものだ。

「そうだな」

 彼女が私に言葉を聞くなり一つため息を吐く。

「夕食はとったのか?」

 まあ、空腹感が無いというと嘘になるが、別に急ぎではない。

「これを終わらせたら取るつもりだ。

 それより、先程の話の続きがしたくてな」

「先に取るがよい。

 使い魔にでも用意させる。

 それでよいな?」

 めんどうだ。

 先に終わらせてから取ると言っただろう。

 何よりそんなに時間のかかるようなことではないのだ。

「いや、そんなに手間は」

「よいな?」

「あ、ああ」

 彼女の威圧に従う。

「上がるがよい」

 彼女に招かれ屋敷に上がる。

 私自身が人として若干問題のある性質を有しているのは自覚があるが、まさかそれが吸血鬼にも適用されようとは。



 廊下を歩く。

 しかし、よくもまあ風呂に入るものだな。

 いや、風呂に入ることについて皮肉を言うつもりではない。むしろ清潔でよいとは思うが。

 彼女は頭髪がかなり長い。

 この世界はドライヤーどころか扇風機があるわけでもないだろう。

 平安やらほど規格外に長いわけではないがそれでも短くはない。

 乾かすのに時間もかかるだろうことが想定されあまり高頻度で入るようなものでもないと思うのだが。

 それとも何かこの世界特有の方法でもあるのだろうか。

「君は、毎日風呂に入っているのか?」

「そりゃのう。

 なんじゃ、貴様の世界では珍しいのか?」

 歩く速度を落とさず話を続ける。

 若干高圧的に見えるのは先ほどの威圧の残り香だろう。

「いや、珍しいわけでもないが。

 髪はどう乾かしている?」

「ふむ。

 ……では後で見せてやろう」

 何かを見せていただけるようだ。



 部屋は移動して、ここは何だろうかダイニングか?

 なんと呼称すればよいのか博識を自負する私にもよくわからない場所だ。

 途轍もなく長い机とそれに向かう大量の椅子。机の上には絵にかいたような燭台。

 何かの儀式でも始まりそうな風格である。

 彼女に座るように促され座ると食事が提供された。

 彼女が右隣に座る。

「簡単なものじゃが、まだ残っておる。

 好きなだけ食べるんじゃぞ」

 米と味噌汁。

 日本人の朝食を支えている二大巨頭、いわば大黒柱だ。

 最近はパンが加わりより強固になるどころかバランスが崩れ始めているのは皮肉なものだ。

 とりあえず簡単ではないことだけはよくわかる。

 私は一つため息を吐くと箸を手に取る。

「頂きます」

 さて、食事を口に運ぶのはいいがあることが気になって味もよくわからない。

 いったい彼女は何を見せようとしていたのだろうか。

 一旦飲み込むと彼女に聞いてみる。

「先程言っていたのはなんだ?」

「ん?

 あーそうじゃったな。

 どれ」

 そういうと彼女が巻いていたものを外し髪を拭き始める。

 しばらくしてから布を置き、立ち上がる。

「見ておれ」

 そう言うと髪が少し光を帯びたとでも表現しようか。

 少ししてその現象は収まり彼女が頭を近づけてくる。

「ほれ、触ってみるがよい」

 私に一番近い頭頂部、髪に触れてみると驚いたことに完全に乾いている。

「乾いている。

 何をした?」

「え?ああ、魔法じゃよ。

 魔法で髪を乾かすことができる、んじゃ」

「あれは魔法だったのか。

 呪文を唱えていないようだったが?」

「妾は悪魔じゃからのう」

「吸血鬼だろう?」

「詠唱は要らぬ

 ……って」

 彼女が私の手を払いのける。

「いつまで触っとるんじゃ貴様!」

 描写はしていなかったが延々と触っていたらしい。

 特に自覚は無かった。

 話していて気づかなかったのだ。

 致し方ない。



「ごちそうさまでした」

「うむ」

 普通においしかった。

 私は一つ、満足気に息を吐く。

 すぐに使い魔がやってきて食器を下げ始める。

 その様子を見て私は気づいた。

「ああ。

 魔法か」

 完全に目的を忘れていた。

「どうしたんじゃ?」

 彼女が隣で問う。

「すまない。

 また手伝ってほしいことがあってだな」

「ああ、そうじゃったな」

 彼女も忘れていたようだ。



 場所は変わり宇宙船一階、階段に腰掛けている。

 彼女は少し用事があり時間がかかるらしいのでパソコンをいじりながら彼女の到着を待つことにしている。

 宇宙船前に集合ということにしたが、さすがに夜風がきつかったので船内にいることにする。

 ここに居れば多分彼女も気づくだろうし、私も気づくことぐらいできるだろう。

 代償として、まだいろいろと吹き抜けているのだが。

 報告するような書物として機能するかはともかく執筆は順調である。

 私は主人公となったのだ。実感はまだない。

 しばらく作業をしていると彼女の声がする。

「なんじゃそれは?」

 パソコンをすぐに閉じる。

「いや、なんでもない。

 来ていたのか?」

 まったく気が付かなかった。

 彼女が覗き込んでいた体制を戻しながら答える。

「いや、今来たところじゃよ」

「そうか」

 私がパソコンを抱え立ち上がると彼女が一歩引く。

「それで、手伝ってほしいことがあると言っておったな。

 日中の続きじゃと言っておったが。

 何かわかりそうか?」

「それはこれからによるだろうな」

 私の一言に彼女が首を傾げる。

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