18:第五話:魔法の液体・上
彼女が腕の方を見ながら答えた。
「無論赤色をしておる」
その言葉を聞きながらもう一度検体を眺めていると、横から機械が
そこには機械の拘束を打ち破っただろう彼女の左腕が存在した。
「ふむ、なんともなさそうじゃな」
「おまっ……」
私はあまりの驚きに立ち上がると彼女が私の方を首で追う。
彼女も驚きを含んだ表情を見せているが、多分私の行動に関してだろう。
「どうしたんじゃ?」
彼女の左腕をもう一度よく見る。
血が止まっている。
説明するまでもないと思うが、採血は出血が起こる。
そしてさらに説明するまでもないと思うが、そんな状態で針を引き抜けば血が出ることになる。
そんなわけでこの機械には圧力をかけて止血を行う作業を自動的に行ってくれる機能があるのだが、あろうことか彼女はそれを打ち破ったのだろう。
しかも傷口が無くなっているのである。
彼女の腕を手に取り顔を近づける。
「なんじゃ!?」
よく観察するが傷一つ見当たらない。
まあ、もとよりそこまで傷が残るような代物でもないが、まさかそんな一瞬で無くなるわけでもない。
私はしばらくして彼女の羽を見る。
「そうか、吸血鬼だったな」
なぜか疲労を感じ、倒れるように重力に従って座る。
「うむ……?」
彼女を帰らせ研究室に戻る。
あの後手動での採血。
というよりは皮膚に切り傷を付け、採血というよりも採取という形で血も手に入れたが、そちらのほどはしっかりと赤かった。
となれば気になるのが先程の体液の正体である。
私は先程の椅子に座り検体を手に取る。
一つ簡単に思いついた仮説がある。
自分でも既に疑っているが、実は彼女の体液(血?)が空気に触れることで赤くなるため皮膚から採取したもののみが赤くなったという可能性だ。
少量、外に出してみる。
変化は特になさそうである。
さーて、この液体は何者なのだろうか。
調べるにしても、体内に存在している物質だ。
水だとか単純なものではなく、何かが溶けているだろうことは分かる。
そして溶けているものも塩など単純な物質に限らず、タンパク質、ビタミン、糖類など一個人に調べることが不可能に限りなく近い物質であることは明白。
それも異界のものと来れば手の打ちようもない。
さて、完全に手詰まりだ。どうしたものか。
これでは私が魔法を使えるようにならないではないか。
いや……そうか。
なにもこの物質が何かについて調べる必要は無いのだ。
私の目的は異人と異端者の違いを探ることではあったが、あくまでそれは「私が魔法を使えるようになる」という真の目的のためのマイルストーンであって、違いを調べることはまた一つの手段でしかないのだ。
つまり私が魔法を使えればもはやこの物質が何なのかなどどうでもいいということである。
私はもう一度検体を見る。
少し濁っている気もするがほぼ透明の謎の液体。
人間には、少なくとも私の知る限りではこのような物質は流れていない。
いや、実際には組織液だとか半透明な液体もあるだろうが、
注射器で採取できるなど聞いたことは無い。
魔法に関係しているのは確かなのだが、これを何とか私が取り込む方法はないものか。
取り込む、か。
私は今、批判されて当然、いや、もっと強いな。非難されるべき途轍もなく良くないことを思いついた。
まるで化粧水か何かのように手のひらに検体を出しみる。
しばらくそれを眺めていた。
その液体が感情を物語るように躍動している。
私はそれを少し舐める。
味は特にないが、生暖かいのと産地を知っているのも相まってすこし気持ち悪さを感じる。
私は意を決して飲み込む。
もちろん変化はなかった。
まあ、焦るな。
胃腸もそう簡単に吸収はしてくれまい。
食べ物の吸収にはだいたい3、4時間程度はかかると聞く。
この
ちなみに成果があったかどうかを調べるのに魔法を使おうとしたのは言うまでもない。
呪文を叫んだのも言うまでもない。
部屋にただ轟いたというのも想像に難くないだろう。
というわけで場所を移し、私は今倉庫に居る。
宇宙船の三階を丸々使っている途方もない広さの倉庫にこれまた所せましと様々なものが詰め込まれている。
整理はされているようには見えないが、人一人ぐらいなら何とか通れる程度には片付けられている。
この頭を超える棚のおかげだろうな。
さて、ここでの探し物は特に無い。
今後の生活において何かしら便利そうなものでもと思い探してみることにする。
私は少し空間を見渡し一つため息を吐くと歩きはじめる。
この倉庫。
実は倉庫として使われたことはない。
ただの物置なのだ。
そのためこの空間内にある物資は確実に使うものばかりというわけではないのがネックである。
それ見たことか、私の眼前にそれを代表するような用途のわからない謎のフィギュアが置かれている。
何だこれは。なぜ訳の分からないゲテモノなのだ。
百歩譲って美少女やら怪獣やら機械やらのフィギュアなら必要性はともかく気持ちはわかるのだが。
無定形の化け物に一体どのような需要があるというのだ。
そもそも無定形のフィギュアとはなんだ。もはや概念が溶解しているではないか。
まあいい。
そんなわけで作業とは言ったもののずいぶんと不毛な行動をしている。
なにか収穫があればいいのだが。
しばらく歩いて私はあるものに足を止める。
異様な気配を放つ筒状の物体。
私はそれに手を伸ばした。
ピストンの無い注射器、いや先に針の付いた温度計という表現の方が近しいか。
しかし針が短いな、何目的の針なのだろうか。訳が分からん。
そしてカラーリングが独特過ぎるのも謎だ。派手が過ぎる。
針の付近をよくよく観察してみるとしよう。
私はその場に座り込んだ。
先端部分はシャーペン、いや削った鉛筆の方が分かりやすいだろうか。
円錐台上になった先に円柱、その先に針がついているというような状態で、尚且つ円柱と円錐台の境目につなぎ目と言うのか、溝のようなものが見える。
ふと気になって円柱部位を針と反対側に押してみる。
心配になるほど誠実に私の指に従い円錐台に沈んでいく。
そして円柱が消えるころ私の指に液体のようなものがあふれ出てくる。
私は筒を持ち替え針の先を見る。
そうか、これは注射器か。
どうやら第一印象が正しかったらしい。
また妙な設計をしているな。
察するに差し込むことで先端円柱部が皮膚に従い沈み込み、自ずと内部で投与が行われるという仕組みになっているのだろう。
私は液体の滴る左手に視線を移す。
しかしこの液体は一体何者なのだろうか。私程度の知識で想定できるものと言えば予防接種やインスリン程度のものだが
……まあ、数は多いのだ。調査用にとりあえず5本ほど貰っていくとしよう。
私は六本鷲掴んだ。
倉庫を出る。
どうやらかなりの時間
特に変化が無いことを。
無論魔法についての実験も行ったが、何も起こらなかった。
私はポケットに仕舞ってあった検体をもう一度手に取る。
コイツが魔法関係者であることは明白のはず……いや?
もしかすると魔法関係者ではないのかもしれない。
魔法に関係しているかどうかをはっきりさせる必要があるだろう。
しかしどうやって調べたものか。
考え方を変えてみよう。
道筋が見えないのならば仮説を立ててみるのもまた一興。
残念ながら私も年なもので魔法についての造詣が深い。魔法と言えば作品により名称は異なるが燃料を要するものだ。
MPやら魔力やら魔素やらと呼ばれる詳細を口にするのも
その手のものは薬や薬草のような何かを摂取したり時間がたったりすると回復したりする。
話は変わり、人間は行動に際して何かしらを体内にて消費する。
体を動かすのにエネルギーを欲し、頭を使うには糖類を消費し、汗をかくには塩分等を要する。
きっとそういった物質もそこから同様に魔法を用いるのにも何かしらの体内物質が存在する必要があるのではないかという考え方だろう。まあその真相は
異人たちにもその手の物質が流れているやもしれない。
私個人としては血中に流れているものだと考えていたが、もしかしたらリンパ管のような別の管を伝って流れているのかもしれない。
そう考えると液体が血液と色が違うのもうなずける。
いや、考えれば考えるほどに魔法関係者としか考えられなくなってきたな。
さて、思考が乱れてきたのでまとめるとしよう。
つまりはだ。
魔法の使用にあたってコイツが消費される可能性があるということだ。
では、あとはやることは一つだな。
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