17:第四話:君の血は

 彼女を研究室に上げる。

 研究室。

 宇宙船に設けられている部屋の一つだ。

 その部屋の中には所狭しとこの世のありとあらゆるを逸脱しているだろうほど多種多様な実験器具などが詰め込まれている。

「ああ、ぶつかったりしないように気を付けてくれ」

「うむ……」

 部屋の入口で立ち尽くす彼女を見ながら私は部屋の中から手ごろな椅子を二つ見繕う。

「まあ、座りたまえ」

 彼女が恐る恐るといった調子で部屋の中へ入ってくる。

 いくつか掻き分けて私の元へ来ると椅子に座るなり口を開く。

「で、何を手伝えばよい」

 ふむ、身体検査をしようとは言ったものの何をしたものか。

 身長や体重なんていらないだろうしな。

 何が調べたいかと聞かれれば異人と異端者の違い。

 どのような器官が魔法を持ち合わせるという権能を与えているかが気になる。

 だからと言って解剖するわけにもいかないしな。

 まあ、とりあえず血液でも検査してみるか。

「そうだな。

 手を貸してもらえるか?」

「うむ、だから何をすればよいかと聞いておる」

 ああ、手を貸せってそう言う意味もあったな。

「ああ、いや、そうじゃなくてだな。

 何といったらいいのか、手そのものを貸してくれないだろうか?」

「ああ、こっちの手をのう」

 そう言って彼女が右手を差し出す。

「一応、利き手じゃない方にしたいのだが」

「そうか」

 そう呟いて彼女が左手を差し出す。

 右利きかどうか定かではなかったが、どうやら右利きだったらしい。

 彼女の手首の上あたりを取り、裏返す。

 なんというか、そうだな、細いな。

 あと吸血鬼だからもあってかひんやり、といった感触である。だが体温が無い、というわけでも無いらしい。

 さて、そんな感想はどうでもいい。

 彼女の手首へアルコールを少し付ける。

「ん?なんじゃそれは?」

 何をしたかと言われると先ほど上述の通り。

 何をするつもりかと聞かれれば所謂パッチテストだ。

 アルコール消毒に対して過剰反応をする人間が世の中にはいると聞く。

 そのため消毒を行う際にはよくそのような反応について聞かれるが、彼女にそれを聞いてもまともな答えが返ってくるとは思えない。

 そんなわけで現状に至る。

 で、どれほど待てばいいのだったか。

 とりあえず2、3分待つか。

 その間に少し談笑でもするとしよう。

 とはいえ何の話をしたものか。

「さて!というわけでだな」

「どういうわけじゃ」

 彼女が何か温かみとはかけ離れた視線を向けてくる。

「少し話をしよう」

「まあ、それはいいのじゃが……」

 何かを含むように彼女が口を止めると目線を落とす。

「はなしてはもらえんか」

 なるほど私からかということか。

 さて、どうしたものか。

「ではそうだな。

 先ほど君が魔法を使った時にだな……」

 私の話を断ち切るように彼女が言う。

「じゃなくて手を放してくれんかと」

「あーこっちをと。

 すまない」

 天丼はしない主義なのだが。

 まあ事故みたいなものだ。仕方ない。

 彼女が左手を足の上に置くと右手を添える。

「痒かったりするか?」

「いや、なんともないぞ」

 今のところは大丈夫そうか。

「ところで先ほど何を聞こうとしておった?」

「ああ、そうだ。

 先程、君が魔法を使った時に、何といったらいいのか。

 紫色の風とでも呼ぼうか。

 何か光のようなものが見えた気がしたのだが、

 あれは一体なんだ?」

「あれは魔力反応と呼ばれておる。

 魔法は使った時に光を放つのじゃよ」

 なるほど。

 まあ演出としては悪くないとは思うが。

「紫なのか?」

「ん?

 あー……あれは属性によるのう。

 風属性だったから紫だっただけじゃよ」

 風属性が紫なのか?

 私個人としては緑色のイメージが強いのだが。

「他は何色なんだ?」

「他は、

 火属性が赤、

 水属性が青、

 地属性が黄色

 じゃな」

 他はどうも順当そうだな。

 どうした風属性。反抗期か?

「なぜ風属性は紫なんだ?」

「なぜと言われてものう。

 そういうものじゃろ?」

 彼女が首を傾ける。

 そうか。

 彼女、もしかすると及び異人たちは、風属性をそういうものだと思っているのやもしれない。

 概念に対する色彩のイメージは、私が思うに初等教育で決まる。

 分かりやすい話がこれだ。

 君たちは国語と言われた時に何色をイメージする。

 理科は、社会は、算数は。そんな感じだ。ちなみに私としては国語が赤、理科は緑、社会が黄色の算数が青だ。

「結局何を塗られたんじゃこれは?」

 彼女が左手首を見る。

「ちょっと貸してもらっていいか?」

「手をじゃな?」

 彼女が左手をまた差し出してくる。

 見たところ様子に変化はない。

「本当に痒かったり痛かったりしないな?」

「そういったことは無いのじゃが。

 そもそもそのようなことを聞かねばならんようなことをなぜしたんじゃ?」

 ごもっとも。

 そうだな、なんと説明したものか。

 私は彼女の手を放す。

 科学の発展に犠牲はつきものとでも説明しようか。

 いや、それだとまるで彼女を犠牲にしているように聞こえるな。

 毒を以て毒を制すとでも説明するか?

 いや、間違ってはいないのだがなんだかな。

 いっそ消毒について説明するか。

「消毒、と聞いて理解できるだろうか?」

「聞いたことが無いのう」

 無いか。

 概念として存在していてもおかしくないかと思ったが、まだ少し早かったか。

「消毒。

 人間、多分悪魔もだろうな。

 に対して害を成す存在、毒」

 正しくは人間、あるいは特定の生物に対して、他の物質に比べて、極端に少量の摂取だけで害を成してしまう存在の事であり、水やら塩やら油やら。

 摂取可能な量が多いだけでこの世のありとあらゆるものは過ぎれば害を成す。

「その存在を消す行為の事だ。

 ただしコイツもただ消してくれるというだけではなくてだな。

 人間やらに害を成す場合もある。

 君はどうかわからないから試したということだ」

「なるほどのう」

 さて、ではテストも終了したことだ本番に入るとしよう。

 血液を検査するのだ、無論血を取る必要があるだろう。

 あ、さすがに彼女に聞かずしてやるわけにはいかないな。


 私が今からやろうとしていることについて説明する。


「どうだろうか?」

「うーむ」

 彼女が少し考える。

 何か問題でもありそうか?

「何か問題でもあるか?」

「いや、特に問題はないじゃろう」

 そう言いながら彼女が手を差し出してくる。

「そうか」

 私はその様子を見ると立ち上がり、ある機械を隣にある机の中心、というよりは彼女と私の間に置く。

「これは?顔か?」

 私の居た研究所はイカれたマッドサイエンティストばかりではなく。

 ちゃんと便利な物を開発する慈愛を練って固めたような人間も存在する。

 そう、こちら顎の外れた真実の口のような外見をしているふざけ倒した機器。

 我が研究所開発の自動採血機である。

 手を突っ込むとAIが腕を画像認識。

 良い感じの場所に針を刺して後は採血をしてくれるという優れモノだ。

 なぜ顎が外れるレベルまで無茶をして真実の口を模したかは不明である。

 というかAIと言っておけばなんでもありな風潮はどうかと思う。

 なんだろうか、熟練者を付けた教師あり学習でもしたのだろうか。

 正直心配である。

「この中に手を入れてくれ。

 あ、分かっていると思うが左だぞ?」

「う、うむ」

 彼女が恐る恐るといった様相で手を入れていく。

 それもそうだ。こんな外装にされれば手首を切り取られやしないか警戒するというものである。

「どこまで入れる?」

 まだ手首までだ。

 正しい真実の口だな。

「もっとだ肘ぐらいまで入れて貰いたい」

「うむ、そうか」

 と言って彼女が腕を捲ると滑るようにして椅子から降りてしゃがむ。

「あーちょっと待て」

 そう、慈愛にあふれた開発者というものはなにからなにまで気が回るものでな。

 高さの調整が可能になっている。

「こんなものでどうだ」

 彼女がそれを聞き座りなおすと肘まで入れる。

「うむ、大丈夫じゃ」

「で、手のひらを上に頼む」

「ぬぅ、注文が多いのう」

 少し顔をしかめながらも機械を突き抜けた手のひらを回転させているのが見える。

「では始める。

 少し、あ、いや結構痛いと思うが絶対に動くなよ?」

「う、うむ」

 機械を動かすとどうやらその点に関しては問題なさそうだ。

 入り口が何やら閉じられていく。

 さすがに動かないようになっているか。

 彼女が何やら怯えているように見える。

 たぶん気のせいだろう。

 少しして彼女は目を強く閉じ顔を機械から遠ざける。

 どこの世界も反応は変わらないようだな。

 さて、この機械は採血前の消毒と後の処置までやってくれる優れモノである。

 採血は終わったようでブツが出てきた。

「もう終わっただろう楽にしてくれ」

 彼女が一つ息を吐く。

 ため息というよりは息を止めていたか?

 何気なく検体を手に取り私は椅子に座る。

 検体を確認して私は驚く。


 そこには得体のしれない無色透明な液体が入っていたのだ。


 若干涙ぐんでいるように見える彼女に言う。

「君の血は何色だ?」

「なんじゃその質問は」

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