16:第三話:単語使役のパラドクス

 とにかく彼女の説明のおかげでなんとなく理解はできた。

 ただ話を聞く限り、どのような法則で動いており、またどのようなことをすればどれだけのことが起きるかなど、ずいぶんと大雑把で(まあ、初等教育よろしく彼女が気を利かせて省いている可能性も捨てきれないが)なんとも定性的だ。

 しかしこれだけの力があればそりゃ科学様の出る幕も無いというものである。

 科学の発展を助けたであろう究極の蟲毒、戦争は火が扱えるだけで十分できる。着火も爆炎も焦土作戦すらお手の物だろう。


 そして彼女の説明は続く。

 魔法に関する才覚というのはどうしてもあるようで一切使えないなどということは珍しいにしても人により限界があるそうだ。

 まあ、現世の技能で例えるならば「走る」というスキルが分かりやすいだろうか。


 ここにきて彼女が急に口ごもる。

「それでじゃな……」

 どうかしたのだろうか。

「なんだ?」

 何か言いずらいことでもあるのだろうか。

「うむ、異端者にできたというような話は聞いたことが無くてのう」

 なるほど。

 これが先程言っていた私に魔法が使えない理由か。

 先輩異端者達の気持ちが痛いほどにわかる。

 それはそれは文化の持ち込みでもしたくなるというものである。

 我々からすれば手から火やら水やらが出てくるなどチートそのものである。

 ライターやペットボトルの一つでも欲しいくらいだ。


 私は一つため息を吐き、

「まあ、やるだけやってみるとしよう」

 ポケットに手を突っ込む。

 大変意外かもしれないが私はかなり往生際が悪い。

 何事も降伏さえしなければ負けという事象は発生しないと心の底より信じてやまない所謂いわゆる阿呆あほうである。

 指より細く、爪より白い棒。

 俗に言うならばタバコというやつだ。

 特に何か吸ったりするような習慣や趣味があるわけではないが、諸事情あって所持している。

 一つ咳払いをしてタバコを手の上に乗せる。

 まずは属性に対する呼びかけから。だったか?

「火よ……」

 ふと思った。

 火は、一体何ができるのだろうか。

 いや、もちろん燃やすことができるとか熱を加えられるだろうことは百も承知なのだが、火に火を付けてもらうのは何というのか変な感じがする。

 文に起こすと「火よ、火を起こしたまえ」だろう?

 違和感を通り越して完全におかしい。

 人間で例えると「佐藤、佐藤を作ってくれ」ということだ。

 いや、そう書くと違和感はともかくとして不可能ではな……やめておこう。

 彼女の方を見る。

「どうすればいい?」

「まず何をしたいか言わんか」

 彼女が苦笑いをする。

「例えばここに火をつけたいとする」

 私は棒の先を指さす。

「ふむ、そうじゃな」


 彼女が改めて説明に入った。

 まず魔法は手の平から出るという訳の分からない説明が入った。

 詳しく説明を聞くとまさにその通りなのだが、呪文を唱えた後、魔法は手の平に発生する。

 というよりは手の上に発生するというのが基本らしい。

 もちろん例外はあるらしいが。

 そのため先ほどのタバコの例だと、タバコに火が付くどころか燃えてしまうわけだ。

 つまりはどうすればいい?

 片手をライターのように使ってもう片手でタバコに火を付ければいいか。


 またありがたい説明をいただいたが問題は解決しない。

 タバコを置き、彼女の方を見る。

「呪文がどうも難しくてな」

「まあ、それに関しては慣れかもしれんのう」

 などと言われてしまった。

 どの世も世知辛いな。

 その言葉を聞き私は落胆する。

「まあ、とりあえずやってみるがよい。

 そう言われタバコを持ち直す。

「大事なのは火が出ることを想像することじゃ」

 イメージか?

 また一つ咳払いをする。

 意識は右手に寄せる。

「火よ、我が手中にその姿を現せ」

 火が飛び出るイメージも添える。

 こんな感じでどうだろうか、かなり彼女の呪文に寄せたつもりだが。

 しばらく様子を見る。


 返事がない、残念ながら失敗のようだ。


……なんだか気恥ずかしいというのか。

 趣味でそれなりに耐性は付けたつもりだったが、やはり口にするのは厳しいか。

 たまらず彼女に声をかける。

「どうだろうか?」

「失敗みたいじゃな」

 そうか。

 タバコをしまう。

「やはり難しいかの」

 彼女が呟く。

「異端者にはできないとかいうアレか?」

「うむ、そうじゃろうな。

 呪文としては悪くなかったと思うんじゃが」

 難しいな魔法。

 ただ、この経験を経てまた一つ疑問が生まれる。

 なぜ、異端者にはできない。

 異端者にできないということは分かったが、ならばなぜできないのか。

 できないをできないで終わらせては何事も成功しないのだ。

 できないのならばなぜできないかを明確にするべきである。

 見えない障害を取り除くことができる人間はいない。

 逆に言えばなぜ現地の人間、そちらの世界から見て異世界の住人達。

 本書では異人としておこう。

 彼ら異人はなぜ魔法を使うことができるのかを究明すべきである。

 異人と異端者の差を明確にし、その差を埋めることができたならば異端者が魔法を、いては私が魔法を使える日も訪れることだろう。

 そうともなればやることは一つだ。


 身体検査といこう。


 そうと決まれば彼女に説明せねばなるまい。

 私は持ってきていた冷めきったお茶を飲み干し立ち上がる。

 どうでもいいが冷めた飲み物は冷した飲み物よりも腹に来るのは私だけだろうか。

「一つ、手伝ってほしいことがあるのだが」

「ふむ」

「説明は後で詳しくするとしよう。

 とりあえずついてきてくれ」

 湯呑をわしのように勢いよく掴む。

「うむ、よかろう」

 しかしまあ、よくこれで承諾したものだな。

 何を要求されるかわかったものではないというのに。

「ああ、ついてこい」

 当時の私はそんなこと考えてもいなかったようだ。

 勢いよく部屋の出口に向かい、勢いそのままに扉を開け、廊下へ出る。

彼女が後を付けてくる、が止まる。

 何故ならば私が止まったからである。

「すまない、玄関まで案内してくれ」

 彼女はため息をついていた。




 廊下を歩く。

 ふと、一つ思う。

 魔法と言えば兵器、武器に近いイメージがある人が少なからずいるだろう。往年のRロールPプレイングGゲーム、いやゲーム全般のせいだと思われるが。

 この世界にとってはどうなのだろうか。

「魔法というのはどのような扱いになっている?」

 彼女が返事をする。

「どういう意味じゃ」

 まあ、それもそうか。

 抽象的すぎる質問ではある。

「なんというか、例えば武器として使われているとかそんな感じだ」

 何も具体化するのは質問であるとは限らない。

 解答を具体化するのもまたコミュニケーションのテクニックだ。

「うむ、無論武器としても利用されておる。

 道具でもあるし、あるいは移動手段にもなりえるかのう」

 用途は様々か。

 電気などと同様に様々な場所で用いられている大変都合のいい存在なのだろう。

 まあ、バッテリー一つで熱、空力、物質生成1、物質生成2まで行える時点で電気の域は超えているが。

 というかバッテリー自体が人間に埋め込まれているのだ。

 もうそれは都合が良すぎるというものだ。


 そして私の発想力豊かな脳はまた一つ思う。

 詠唱破棄の存在だ。

 作品によって名称は変わるかもしれないが、須らくは詠唱や呪文など魔法の行使に必要なそれらを用いずに同様の力を行使する行為の事だ。

「あと一つ聞きたいのだが」

「うむ、なんじゃ」

「詠唱破棄というのか、先ほどの呪文とやらを唱えずに魔法を使う方法はあるのか?」

 彼女が少し黙った後に答える。

「存在するぞ。

 じゃがそのようなことができるは稀かのう」

 今彼女はといった。

 この世界の人間は多分、悪魔と人間という違いに対して少なくとも私以上には敏感なはずだ。

 つまるところ、悪魔には少なからず居ると。

「結局のところ呪文も手段にすぎぬ。

 魔法によって成したいことに意識を集める方法が口にすることだったというだけじゃよ」

 彼女が人差し指を揺らしながら楽しそうに解説している。

 ようは魔法に対するイメージに意識を集中させるということだろう。

 呪文はその補助輪の一種として用いられているということか。

「なるほど?」

 詠唱破棄はしたいことに意識を集中させるだけで達成可能ということだ。

 つまり魔法の起動手順としては煩悩に一念するだけでよいということか。

 ということは鮮明に妄想をすることができるとかいう頭のおかしい人種には詠唱破棄が容易にできそうだな。

 まあ、仮に異端者と異人との差を埋めることができればの話だが。

 そんなこんなで勝手に納得していると彼女が口を開く。

「しかし、貴様……なんじゃ?

 知らぬという割にはずいぶんと魔法の知識があるではないか。

 噂じゃが貴様の世界には魔法が無いのであろう?

 詠唱破棄などという言葉がありそうもないのじゃが」

 言われてみれば。

 確かに魔法が無いのに魔法に関する単語があるとか矛盾が過ぎるな。

 私はこれを単語使役のパラドクスと名付けることにする。

 多分今後使うことはない。

 さて、冗談はさて置き怪しまれているのだろうな。

 これ以上怪しまれるのは非常にまずい。

 仕方ないな。

 少し情報を開示するとしよう。

「ああ、そうか話していなかったな」

 そうだ、私としていたことがうっかりしていたな。

 いやはやうっかりうっかり。

「私の居た世界でもこちらの世界から流れ着いたものが数人報告されている。

 その者たちからの話が私のところにも流れていてな」

 本当で嘘の事だ。

 二文目中腹あたりで彼女は歩みが遅くなり、私が話し終わるころには完全に止まっていた。

 彼女が呟く。

「そうか」

「どうかしたのか?」

「いや、なんでもない」

 彼女が振り返り笑いかける。

 人間関係の構築が稚拙である私だが、これだけは私でもはっきりと言い切れる自信がある。

 彼女には浅からぬ闇がある。

 前からも少し見えてはいたが、これから先は地雷を踏まないように、より注意したいものだ。

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