15:第二話:魔法とは何であるか

「魔法とはなんだ?」

「ふむ、魔法についてか」

 そう、魔法についてだ。

 魔法=何、などというような単純な話ではないだろうとは思うが。とにかく魔法についての知識が欲しい、欲を言えば使いたい。

 そう思うのが人間だろう?

 機械よりも便利か否かに関わらず魔法とは所謂いわゆる巨大ロボットなどと同様、人類と呼ばれる集合意識におけるロマンの一つであると願っている。

 その程度の事を考えていられる間が開いてから彼女が唸る。

「えらく難しいことを聞くではないか?」

 難しいのか?そんなつもりは無かったが。

 ああ、あれか?

 よくある「右について説明しろ」のような、一周回って難しい定義になってしまうのだろうか。

 天下の辞書ですら大抵の場合北を向いた時に東がある方とか、南を向いた際に西がある方とかいう荒業で解決している。

 読んで字のごとく右も左もわからないやつに東西南北なんてわかるかという話だが、それほどまでに難解だということだろう。

 そのような難しい事は考えるな。

 世界の解は皆等しく、我思う故に我ありである。

 そんな哲学的な方面に向かいたいわけではなく、正直な話とにかく私が使えるのならば問題はないのだが。

「いや、とにかく魔法が使えるようになればそれでいい。

 あまり難しいことを要求したいわけではない」

 そう、使えさえすればもう何でもいいのだ。

 魔法さえ使えればこの先何が起きても耐えられる気がする。

「いや、それもちと難しいかもしれんぞ?」

 な……。

 とんでもないことを言われてしまった。

 あれか?

 この手の話でよくありがちな「人間には使えませんよ残念でしたぁ@zamaAAAAAAAAAAAAA.co.jp」みたいな感じなのだろうか?

「それは、本当か?」

 私の言葉を聞き、また彼女が唸る。

「異端者……異端者のう……

 そこについても詳しく話すとするかのう」

「ああ、頼む」

 私が即答すると彼女が勢いよくお茶を飲み干し立ち上がる。

「ヨシ。

 場所を移すぞ。

 茶は飲み切ったかの」

「ああ、いや、まだだ」

「であれば持ってくるがよい」

 私は湯呑を握ると彼女に連れられ屋敷へ向かう。




 屋敷に入り、また長々と廊下を歩く。

 まさに迷路、ダンジョンだな。

 湧くモンスターはクモやスライムは居るとして、幽霊、ゾンビなどのアンデット系が多いとみて間違いないだろう。

 聖水でも散布すれば一掃間違いなしである。噴霧器を用意しておくことを推奨する。

 まあ、冗談はさて置き。

 しばらく歩くと彼女が止まる。

「ここじゃ」

 そう言って彼女がドアを開け中に入る。

 私も入るとドアを閉める。

 ここは何だろうか。

 壁に深緑ふかみどり色とでもいうのだろうか。

 黒にすら達するであろう色合いの壁が右手の壁の大部分を占めている。

 その根元には手のひら程度の幅を持つ出っ張りのようなものがあり、壁に擦り付けたであろう粉を吸収できそうな物体が二つ、隅に追いやられて並んでいる。


 これは、黒板か?

 黒板に向かって左手に窓、通常の学校と同様の設計をしているな。

 どう見ても教室だ。

 そう思って壁と反対側を見る。

 椅子と長机が大量に階段状に並べられている。

 これは教室というよりは講義室に近いだろうか。

 これはつまりそういうことだな。

 私は黒板の出っ張り、なおば“粉受こなうけ”を見る。


 この世界には異端者という単語が存在する。

 それは異端者という存在、異世界から来た人間という存在を世界という集合意識が認知しているからに他ならない。

 それを証拠に我々の世界には異世界から来た人間に対して用いる具体的な名称を持ち合わせていない。

 せいぜい「異世界人」だとか、名称紛いの造語しか持ち合わせていない。

 つまるところ私以外の人間、異端者がこちらに知識を持ち込んでいるか?

 それは生態系、まあ文化なのだが。の保全に大きく反する活動だ。許せん。

 こちらの文化を嗜むのであれば避けなければならない愚行である。

……まあ、あんな宇宙船デカブツを持ち込んでしまった私が言えることではないのだが。


 視界を少し動かし今度は粉受は中央、ある穴を見やりゆっくりとそれに近づく。

 途中通りがかりの机状のものに湯呑を置きつつ、その前に立つとちゃんと確認していないが確実に存在するであろうそれを引き寄せんと手を粉受の裏側に掛け、引き出す。

 私は手に招かれるように引き出されたそれを見て、それの中の一本に手を掛ける。何かは言うまでもなくチョークだ。

 私はそれを壁に押し当て、壁に線を引く。

「知っておるのか?」

 彼女が口を開く。

 いや、むしろ今までよく黙っていたな。

 もしや観察されていたか?

「ん?ああ。

 まあな」

 彼女の方を見る。

 何故か嬉しそうだ。

 心なしか羽も元気そうである。

「私の故郷ではよくあった代物だ」

 それはもう、目が酢漬けになるほどには見た。

「そうか」

 今度はなぜか落ち着いたようだ。

 なんでだ?

 私は我に返り片手が重いことに気付く。

「ああ、すまない」

 私はチョークを置くと黒板消しで線を消す。

 線が消し終えると部屋の奥、黒板の端を見る。

 さすがにクリーナーは無いようだ。

 その場に黒板消しを置いた。

 彼女が壇上に上がる音が聞こえる。

「好きな場所に座るがよい」

 どうやら彼女が教鞭を執ってくれるようだ。

 いつもだったら後ろの方に座り黙々と講義を受けるのだが、さすがに今回ばかりは前の方に座るか。

 無難に中央、前から二番目の長机は一番左の席に座っておく。

 彼女が机に手を着く。

「さて、何から説明したものかのう……」

 まだその問題は解決していないらしい。

 そこをなんとかお願いしたいものだが。

「そうじゃ。

 貴様にとっての魔法を話してもらおうかの?」

 私にとっての魔法。つまりは私なりの認識と来たか。

 魔法についての造詣ぞうけいはかなりあると自負している。


 魔法。

 それは多種多様な解釈がなされており、十人十色いや十品十色でどれもこれも違う。

 もはやそれだけで辞書のような厚さの図鑑、目録とでも呼ぼうか。そのようなコレクションが完成しそうなほどだ。

 杖や本を要するものや、道具そのものがそれらであるもの。

 あるいは特定の動作によって起動するものや、意思によって起動するもの、言葉を要するもの。

 属性によってすみ分けがなされているものや、その運用目的や規模ですみ分けがなされているものなど、その他分類因子を挙げていけばキリがないほどに存在している。

 それらを踏まえ、私の語彙で以上のすべてを表す言葉はただ一つだ。


「とても都合のいい、便利な物だ」

 決して皮肉を言っているわけではない。

 あくまで私ならではの解釈であるとしておく。

 少し間が空いてから彼女が反応する。

「う~む。

 まあ都合はともかく間違っておらんかもしれんのう」

 そのあとは彼女がなんとか説明してくれた。

 ものすごく試行錯誤を重ねた講義であったため、本書ではその努力をすっ飛ばし私の理解の及ぶ範囲で説明することにする。


 「魔法」を一文で説明するのならば、


 言葉によって事象を作り出す不可解な技術。


 である。

 その魔法を利用するにあたって用いられる言葉は「呪文」と呼ばれ、その言葉は一定の形式を要する。

 火、水、土、風に四つのどれか、もしくはいくつかに対して呼びかけなければならないようだ。

 たぶんいわゆる属性なのだろうことだけは理解に容易い。

 四大元素、かつての錬金術など有名な話だ。

 大抵の創作物で属性の話が出てくる場合はコレ、またはこれをアレンジしたものか、五行、そしてその派生である。

 すまない、話が逸れた。

 その属性を指定した後に目的を口にする。

 言わば属性に対して頼み事をする感じなのだろう。

 彼女が見せてくれた実例では


 風よ、我らに存在を示したまえ。


 という一文とともに彼女が手を前に出すと、その手から放たれたとは考えにくい微風が教室に発生した。

 それと少しばかり紫色のような光が見えただろうか。

 物理法則に反している。

 これが魔法か。

 ところで、


 わざわざ移動した意味とは?

 そんな疑問を浮かべながら私はなぜか持っていた湯呑を置いた。

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