12:第十二話:世界最悪の返答

 日はまだ折り返していないほどだろうか。

 彼女が歩きながら聞いてくる。

「さて、せっかく村に来たのじゃからこちらで朝食でもどうじゃ。

 とはいえ、もうすぐ昼食になってしまうがのう」

 昼食。

 この世界にも存在しているのか。

 話によるとどこぞの発明王が私利私腹のために広めた文化だと聞いていたが。

「そうだな。

 それもいいかもしれない」

「うむ、何か要望でもあるか?

 さすがにそれは難しいかの」

 ん?ああ、私が異端者だからか。

 確かに何の知識も無しに要望を言うのは難しいだろう。

 知識のないカードゲームを始めるのにどんなカードが欲しいか聞かれるようなものである。

「まあそうだな。

 要望と言っていいかはわからないが、

 簡単な物が望ましいな」

 自慢じゃないがランニングコストはかからない。

 いや、食事が億劫であると言った方が適切なのだろうが。

 簡単に食べることができれば特に何でもいいのだ。

 作ることも簡単となればさらに言うことなしだ。

 私の中で最強の食事とはお茶漬けである。

 ほぼ米を炊くだけであり、流し込むことも可能だ。

「ふむ、簡単なもの。

 コフェルスとか、

 どうじゃろうか?」

 どう、と言われてもだな。

 それは一体なんだ程度の返答しかできないのだが。

「なんだそれは?」

「ほほう。

 知らぬのか?」

 彼女が何やらニヤついている。

 極めて何か無知に対する侮辱を感じる。

「よかろう。

 異端者も知らぬ料理を食わせてやろう。

 ついてくるがよい」

 彼女が移動を始めたので後をつける。



 彼女の後をついていくと何やら購買を始める。

「何をしている?」

「む?」

 彼女が振り返る。

「いや、そのなんといったか」

「コフェルスじゃろ?」

「あーそうだ。

 それをだな」

 私がそこで止めると彼女が返事をする。

「じゃからそのための材料を少々のう」

……作るのか。

 飲食店という概念が存在しないのだろうか。

 それとも私がとてつもなく面倒なことを言い出したのだろうか。

 彼女が面倒なことを始めたという可能性もあるが、彼女が材料とやらを抱えながら移動する。

「貸せ、持とう」

 彼女が紙袋を抱えながら移動する。

「いや、大丈夫じゃよ」

「いやせめて持たせてくれ」

 何もせずただただ後ろや横を歩いているだけというのは

 途轍もなく居心地が悪い。

「さすがに何もしないというのはな」

「うむ、そうじゃな。

 では托そう」

 彼女から材料の入った紙袋を渡される。

 不思議な模様の紙だ。

 我々日本人、もしかすると私だけ。にとっては洒落たイメージの強い紙袋だが登場はかなり遅い。

 そもそも紙自体が高価だった時代のはずなのだ。

 そんな環境でそれを無償で、まあもしかしたらレジ袋よろしく多めに金銭を要求している可能性もあるが。

 客に持たせるとは思えない。

「どうした?」

「ああ、いや。

 なんでもない」

 彼女が不思議そうにこちらを見ていた。

 これが独自進化というやつか?魔法という存在の混入がやはり文明の成長に何か影響を与えているのだろうか。

 彼女の後をついていく。

「そうじゃ、何か食べれぬものなどはあるか?」

 苦手な食べ物とかそういうことだろうか。

 いや、それとも宗教的な話なのだろうか。

 どちらも特に問題は無い。

 苦手な食材が無いと言えば嘘にはなるが、食べられないとまでは言えない程度の薄い趣向、言うなればつまらない舌をしている。

「いや、特には」

 まあ、それは買い始める前に聞くべきだとは思うが。

 まだ買い始めてすぐだから問題ないのだろうか。

「そうか」

 静かになる。もちろん町の喧騒けんそうはあるのだが。

 今までも別に歩いていて無言になることは何度かあったが、今回のは何かが違うと私の肌が言っている。

「どうじゃ異世界というやつは」

 少しして彼女が前を見ながら話し始める。

 どう、か。

 案外異世界の人間も人間しているのだな。

 といったところか?

 まあ、様々なカラーリングの髪が存在しているのが特殊だが、それ以外は特に変わった様子もない。

 悪魔とかいうイレギュラーな存在も居るが話せる奴ではありそう。

 とか、まあそんな感じか。

「……暮らしていけそうか?」

 彼女がこちらを見る。

 そういうことか。

 表立って出してこなかったり、私の受容能力の低さだったりで分かりにくいが、どうも心配をかけていたらしい。

「安心しろ。

 帰るまでのちょっとした宿泊だ。

 そのくらい耐えてみせるとも」

 必ず帰って異世界の存在を証明してみせる。

 そのためにもまずこの世界についての資料をまとめなくてはな。

 帰ったら取り掛かるとしよう。

 彼女が前を見る。

「そうか」

 なあ、吸血鬼よ。

 その“そうか”は一体なんだ?

 正直、此度の宿泊での一番の難点は彼女であるということはみんなとの秘密である。



 しばらく歩き村の外れ森の近場まで来た。

「そうじゃそうじゃ。

 何か欲しいものはあったりするかの?

 なければ屋敷まで戻るつもりじゃが」

「いや、特には」

「では帰るとするかの」

 彼女が森に進もうとする。

「そうじゃ。

 変わるぞ?」

 彼女が私の持っている紙袋に手を掛ける。

「いや、大丈夫だ」

「大丈夫なわけないじゃろ?

 来た時のことを忘れたか?」

 ああ、そうか。

 森か。

「すまない」

 彼女に紙袋を渡す。

「うむ」

 我ながら情けないものである。

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