10:第十話:悠久の時を喰らう家屋

 木の屋根も薄くなり彼女も傘を差し始めるころ。

 森の終わりが見えてくる。

「ついたのう」

 どうやらここが噂の村か。

 村と呼ぶには、ずいぶんと栄えているが、村と呼ぶには古めかしいの域を超えている街並みが気になる。

 まあ、双方を足して割ったら村に落ち着いたのだろう。

 実に合理的だ。

 レンガ造りの家や木造のもの様々存在しているがやはり目につくのはその煙突の多さだろうか。

 これだけあればサンタも困らないだろうな。

 どちらが主流かは私の知るところではないが木造が多いようにも見て取れる。

 もっとレンガ率が高ければ私好みの街並みだが。

 森に囲まれた辺境であろうここに何がどうしてこのような栄え方をしようというのか。

「村というにはずいぶんと栄えているな」

 とはいえ村という領域を外れるには五千人を要する。

 さすがにそこまでは無いだろう。

 ただまあこの立地でこれだけというのはなかなかのものだ。

 交通網の整備された場所であるとか、何かその地でのみ行われる産業があるだとか、何かしらの条件が無ければここまで栄えることは珍しいだろう。

「そうじゃな。

 ここは少し変わっておるからのう」

 彼女が上に羽織り直し答える。

 やはり特殊なのだな。

「さて、先を急ぐぞ。

 目的地はこの奥じゃ」


 いや、その理由を述べたまえ。


 まあ、仕方がないか。

 また今度詳しく聞くことにしよう。

 彼女が歩き出し、村の中を行く。

 少し反応の遅れた私は彼女を追いかけるように村へと入ると、不思議な格好の少女を見かける。

 和服?巫女さん、なのか?

 それともシスターさんか何かか?

 顔は見ていなかったが、追いかけて進みながらもその姿だけはよく覚えていた。

 何よりも印象的だったのが、そいつの隣を歩いた時のこと。

「待っていてください」

 私は耳を疑った。

 ひとしきり耳へ尋問し疑いが晴れたころ私は振り向きその姿を探す。

 少し振り向くのが遅すぎたのかそれとも、横切った人物のせいか、その姿が目に入ることは無かった。

 後方から彼女の声が聞こえる。

「どうかしたのか?」

「あ、ああ、いや、なんでもない」

 振り返り彼女の姿を確認する。

 不思議そうにこちらを見ている。

 アレは一体何だったのだろうか。




 私はその声が忘れられないまま彼女の目的地までたどり着く。

「ここじゃな。

 まったくあやつは相変わらずじゃな」

 私は例の“あやつ”とやらを見たことは無いが、彼女の言わんとすることは何故かなんとなくわかる。

 その人物の特性を目前の建物が物語っていた。

 村から離れた一角、森との境。

 木々が少し薄れ、木陰も汚したようにまばらな場所。

 その中にぽつりとそびえ立つ建物。

 その建物はつたまみれ、薄汚れながらヒビや何かよくわからない網状の透明な糸が見受けられる。

 しかもその上を何か得体のしれない者が動いていたのは気にしないでおく。私はその光景を見て、体が固まった。

 デッキとでもいうのか、玄関口に屋根も設けられ日影もあったり。

 なんとも洒落た建物なのだが。

 如何せんそのすべてを愉快な仲間たちが蹂躙している。

 文字通り蹂躙している。

 彼女がドアを叩く。

 屋根の隙間から照らされた一柱にドアからの風の躍動を感じさせる何か粉末が飛んでいる。

 詳しくは成分を調べる必要があるが十中八九じゅっちゅうはっく名称は埃だろう。

 長らく開かれていないことが分かる。

 果たしてこんなところに人が住んでいるのだろうか。


 返事がない、ただの空き家のようだ。


 彼女がもう一度大きく叩く。


 返事がない、ただの空き家のように見受けられる。


 彼女が懲りずに叩き続ける。

 彼女が延々と叩き始めて体感は七秒ほどのころ、中から怒号が聞こえる。

「だぁ!うっせぇな!」

 ドアが勢いよく開き、それを避けるように彼女が後ろへ引く。

「んだよテメェか。

 何の用だ」

「生きておったか」

「あ?ああ、まあな。

 誰だソイツ」

 彼がこちらを見てくる。

 私よりも少しばかりたっぱが長いだろうか。

 少し青みのある白い髪がぼさぼさと生い茂り、深く青い目がこちらを見ている。

 色白なんだろうか、それとも出不精でぶしょうでもたたったか、体調不良でも疑うほどに白い。それはもうもはや青さも感じるほどだ。

「安心せい、人間じゃが素性は知れておる」

 彼が一つため息を吐くと口を開く。

「まあいいか。茶でも入れてやる。

 上がれ」

 そう言って彼女を横から通すようにジェスチャーをする。

「うむ、失礼する」

 彼女が彼の横を通り中に入ると、

 彼が私の方を睨むように見る。

「お前も入れ、人間」

「あ、ああ」

 彼に威圧されながらも返事をする。

 その様子を見ると彼はドアを閉じた。


「は?」


 いや、平然と閉めるな。

 入れるつもりなのか入れないつもりなのかどっちだ。

 まあ、セルフサービスということにしておこう。

 私は一つため息を吐くと、ドアノブに手を掛ける。

 渋々しぶしぶ自らドアを開けると手はドアノブに握られて止まり、ドアは壁をきしませるも開くことは無かった。

「は?」

 ドアノブから手を放し、立ち尽くしていると中から声が聞こえる。

「何をしとるんじゃお主は」

「いや、なんかむかついたから」

 どうやらご丁寧に鍵まで閉めやがったようだ。

「相変わらず短気じゃのう。

 さっさと開けてやらんか可哀そうじゃろ」

 締め出された子供みたいに言うな。

 私はその会話を聞きながら一人ドアの前で佇んでいた。

「ったくしゃーねぇな」

 扉がもう一度開く。

「ほらよ、入れ人間」

 彼はそう言ってまた私を見ながらドアを引く。

 私はドアに足を掛けドアを止める。

「バレたか」

 彼が私を見下すように笑う。

 ずいぶんと厭味いやみったらしい事この上ない微笑だな。

 私は彼を睨みつけながら笑った。

「天丼はしない主義だ」

 彼の背後から誰とは言及しないがため息が一つ聞こえた。



 難無く中に入るとゴミ屋敷

……などということは無く、結構生活感のあるような状態となっていた。

「お前名前は?」

「あ、ああ……」

 私はふと気づき

「あ。」

 と漏らす。

 名前、名乗っていいのだろうか。

 いや、名乗らないと不自然なのはそうなのだが。

 本名を名乗るべきか、偽名を名乗るべきかという話である。

 つまりは異端者であると彼に打ち明けてよいか、否かという問題だ。

 彼女に聞くのを忘れていた。

「アアアアなんて名前付けられてんのか。

 なんか可哀そうだなお前」

 やめろ。

 私をそんな熟練救世主のような名前にしないでくれ。

 近年では壁を抜けたり空を飛んだりなど手練れの域を超越した者も多く見受けられるとかそんな解説を行っている場合ではない。

 彼が心の底からか道端のミミズを見るような目で私を見てくる。

「いや、違うんだ。

 私の名前はルアト・ザン・インフェンスだ」

 そう。

 とりあえず偽名を名乗っておこう、そうしようと言い始めたその時。

「俺の名前はセシル・ビイレ・ドゥリフティスだ。

 よろしくな」

 彼が満面の笑みで私の手を握る。

 実に爽やか極まりないが貴様、わざとやっているだろう?

「早く茶を入れんかー」

 彼女の声が奥から聞こえると

 彼が振り向きながら一言漏らす。

「ったく図々しいったらありゃしねぇな」

 訂正する間もなく彼は奥へ行ってしまった。

 遠ざかる背中に羽が生えている。

 やはりこの家に人は住んでいなかったのか。

 玄関らしき場所に靴が置かれている。

 彼女の靴だろうか。

 彼の靴は見受けられないがどこかにしまってあるのだろうか。

 彼、なんの所作もなくそのまま奥に行ったあたり靴を履かずに対応していたようだ。

 酷いな。

 せめてスリッパぐらい履きたまえ。

 いや、この世界にスリッパが存在するかわからないが。現状スリッパ的な簡易性に富んだ履物は見受けられない。

 私は靴を並べると、奥へ進んだ。

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